新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

1月16日 その3 1月16日の一寸した驚き

2022-01-16 16:35:43 | コラム

イスラム横丁にはマイバッハまで路上駐車していた:

本16日には止むを得ぬ買い物でイスラム横丁を通り抜けて、大久保通りに出掛けた。そのイスラム横丁では日曜日の所為もあったか、新宿区以外の東京都や千葉や埼玉県等のナンバープレートを付けた大量の車が路上駐車をしていた。恐らく東京都近県に住み着いているイスラム教徒が押し寄せたのだろうと思って通過した。だが、その中に大型で黒の「習志野・・・1」という格好良いナンバーを付けたMercedesも駐まっていたが、それ以上は気にしないで通り過ぎた。

そして、大久保通りに出てみれば、そこには何時もにも増した大勢の異邦人と我が同胞たちで賑わっていたし、道路の両側に多数の車が駐まっていた。私はこの様子では小池都知事はそう遠からぬ将来に「蔓延防止等重点措置」を岸田内閣に要請せざるを得なくなるだろうと思わずにはいられなかった。この通りで困ることは、異邦人(異教徒か?)どもは平気で自転車で疾走してくることだ。危険極まりないので1~2度は叱りつけたことがあったが、日本語が解らない振りをされたらそこまでだし、英語が通用するとも限らないので諦めの境地だ。

帰路に一方通行のイスラム横丁の路上駐車の群を通過する際に、何気なく先ほどのBenzの後ろ姿を見て些か驚愕した。と言うのも、それが“Maybach”のSクラスだと見えたからだ。私は自動車のことには暗いが、この車が新車では5,000万円以上もするようだし、中古(があるのだろうか)でも2,000万円ほどだという程度は心得ている。そのマイバッハが新車か中古か知らないが、右ハンドルで流石に人品骨柄卑しいと見えた異邦人が運転席に座っていた。

驚いたという理由は「それほど高価な車を買えるか所有する財力があるイスラム教徒が千葉県下に住んでいて、わざわざ新宿区までハラルフードを買い付けに来るのか」ということだ。中近東の産油国の連中ならば、何も千葉県に住まずとも六本木や麻布界隈のタワーマンションにでも住んで、もっと堂々たる服装のショーファーに運転させてくるだろうし、何も路上駐車などせずに有料駐車場を利用するだろうと思ったのだった。

マイバッハも驚きだったが、COVIDが第6波の到来を確信せざるを得ない状況下で、果たしてワクチンの接種が行き度々いているのかと疑問に感ぜざるを得ない者たちが闊歩している有様を今日のように見せられ、更に我が同胞たちの脳天気ぶりも見せられては、東京都内の感染者が1万人に達したとしても驚くべき事ではないような気がして帰宅したのだった。


1月16日 その2 私のオミクロン株対策

2022-01-16 13:45:09 | コラム

「タダのカゼでしょ」:

昨15日の産経新聞では、花田紀凱氏がそのコラム「週刊誌ウオッチング」で、“コロナに関して、ぼくが最も信頼している木村盛世さん(医師、元厚生労働省医系技官)にオミクロンについて聞くとひと言。「ただのカゼでしょ」と。なのに、今週も各誌オミクロン、オミクロン。”と痛烈に皮肉っておられた。

確かに、COVIDの感染者数は昨15日では全国で25,742人、東京都だけで4,561人と多くの新規感染者が発生していた。小池都知事などは「その90%がオミクロン株だろう」などと語っておられた。その上で、病室の使用率が20%を超えれば蔓延防止措置、50%で緊急事態宣言を要請すると、危機感を訴えておられた。

私は既に何処かの週刊誌の記事の締めの文句「これまでと同じように厳戒態勢で臨む以外に何があるのか」を引用して置いた。また、何方だったか記憶はないが、所謂専門家のお一方が「数字を基にして危機感を訴えるのには違和感がある」と指摘しておられたのは尤もだと思って聞いた。その点を簡単に私流に解釈すれば「その毎日の感染者数の公表は良いことだとは思うが、その数字がその県乃至は都市の人口全体に占める比率を示しておかないと、感染者数の危険性というか、重みは読めない」と思うのだ。

確かに、花田氏が指摘されたように多くの週刊誌は、これでもかと言わんばかりに「オミクロン株」の脅威を「手を替え品を替え」訴えかけている。また、テレビ局も同様で、ワイドショーと言うのかニュースショーというのか知らないが、チャンネルが合ってしまうとテレビ出演がご専門かなのかとついつい疑ってしまう大学の教授が出演しておられて、最新の警戒警報を発しておられる。TBSの「報道1930」などは、晴雨に拘わらず松本哲也国際医療福祉大学の解説から始まっているという具合だ。

私如き超後期高齢者の一般市民にとっては、専門の先生方のご説明や新聞・週刊誌・テレビの警告がどうあろうと、これまで通りに「マスク着用、手洗い励行、人混みを避ける、不要不急の外出をしない、一寸でも異常があれば医師に診て頂く(PCR検査はその指示があってからだと思っているが)」以外に何があるのか」と思っている。先ほども、和田アキ子が「ウイルスは見えへんねから」と言っていたが、これも将にその通りであろうと思う。

私は何はさて措いても「如何にして自分の身を守っていくか」に一意専心すべきだと信じている。それは、確かに我が国独自の文化である「外で皆が集まって一杯飲む」事も大切にすべきだろうとは思うが、現時点はそれよりも何よりも自分の身を守ることに心を配るべきだと思っている。「経済を回す為には」などと如何にも尤もらしく言う方もおられるが、私は何が何でも自分の身を守る人が増えれば、それだけでも感染者の数を抑えられて、その先に経済を回す機会も増えていくだろうと考えている。

マスコミの警戒警報発信は「参考資料だ」と、割り切って聞いておく方が無難かも知れない。月並みなことを言えば「過大に怖れる必要もないが、過大に警戒して身を守る必要はあるのだ」と考えている。事、外出については「遠くまで行こうと、直ぐそこまで行こうと、感染の危険性には変わりは無い」くらいに割り切って考えておく方が無難だろうと思っている。ウイルスは何も遠くにだけいるのではないのだから。

 


McDonald's 物語

2022-01-16 11:24:26 | コラム

アメリカで「マクドナルド」と言ったら通じなかった:

今年になってからだったか、ジムで語り合った方から「アメリカでマクドナルドと言っても通じませんでした」と言われた。それは、その方の責任ではないと申し上げたのだが、アメリカでの発音を何とかカタカナ書きすれば「マクダーナルズ」辺りになってしまうからだった。

先週は心ならずもそのマクダーナルズで夕食という事になってしまった。それは事前に調べておかなかった為に、お目当ての鼎泰豊カレッタ汐留店が閉店されていたとは知らなかったのが原因だった。もう時間的に余裕もなかったので、緊急措置でマクドナルドに飛び込んだのだった。そこで思い起こせば、このアメリカを代表しているかのようなファストフードの店舗に入ったのは、2010年1月のカリフォルニア州はロスアンジェスからバークレーに向かっていた時以来の12年振りだったのだ。

あの時はSM氏に案内して貰って、彼の運転で一泊二日の旅で言うなればサンフランシスコの直ぐ近くのバークレーで、カリフォルニア大学バークレー校と同校ロスアンジェス校(UCLA)という、同じ大学同士のバスケットボールの試合を観に行った旅行だった。念の為に述べておくと、両大学とも州立のカリフォルニア大学なのだ。

その長距離のドライブの途中でSM氏が「窓の外を良く見ていて、マクドナルドがあったら教えて下さい」と言うので、何のことか解らないままフリーウエイの両側を懸命に見ていた。すると、右側に一店発見できたので知らせると「そうですか」とばかりにSM氏はフリーウエイを降りて、その店舗の駐車場に入っていった。別に食事時でもなかったので「何で?」と尋ねると「トイレ休憩です」という返事で、益々解らなくなった。

彼の説明では「こちらでは、マクドナルドには何も食べないでトイレだけを利用しても構わないという了解があるのです」となっていた。なるほど、その時には私にとっては丁度そのタイミングだったので、「大変結構」とばかりに初めての経験で遠慮無くなく使わせて貰ったのだった。

このトイレのみの利用という経験は、永年ワシントン州内のみのフリーウエイしか知らなかった私には、些か衝撃的と言うか大袈裟に言えば「カルチャーショック」だった。シアトル市内か、そこから約40 km程離れた南にある我が懐かしの本社から、州の南部のロングヴィユー工場までは2時間乃至は2時間半のドライブなので、確かに途中でトイレ休憩の必要もあった。

だが、アメリカにはパーキングだのサービスなどという気の利いたエリアなどは無いのだ。そこで、ワシントン州の我が同僚たちはキリスト教会の信者の方が善意で運営されている無料でコーヒーを提供して下さる場所の近所にある公衆の設備を利用するのだった。思い出してみれば、そのインターステート#5(通称I5「アイファイブ」)の周囲にはマクドナルドは無かった。

事、公衆便所についてはヨーロッパに行っても同様だが、我が国のように至る所に完備しているという訳にはいかないのである。以前にも述べたが、往年のキングドームでMLBの野球を見終えた23時過ぎに、時差の影響で救急にその需要に迫られた際には、ドームのガードマンに「近所の深夜営業のレストランに行って、ボーイにテイップを弾めば使用可能だ」と聞かされて無慮5ドルを投資して急場を凌いだことがあった。

念の為に「マクドナルド」について講釈をして見よう。Wikipediaによれば、この会社はマクドナルド兄弟が1940年に創業したものであるので、McDonald’sのように「所有格のs」が付けてあり「マクドナルド家の店舗」であることを表示しているのだ。これはアメリカに良くある事で、創業者かまたは所有者の名字を示す為に「誰それの店」と表示されている一例に過ぎないのだ。

であるから、McDonald’sを「マクドナルド」と呼ぶのは、理屈を言えばおかしいのである。正確には「マクダーナルズ」が正しいのだが、カタカナ語による表記に良くある誤りで、所有格や複数を表す「s」は省略されてしまっているのだと思っている。

もしかして、ここまでお読み頂いて「何だ。これが言いたかったのではないのか」と言われそうだと思うが、そうとばかりではない。12年振りに味わったマクドナルドのチーズバーガーは、年商21億ドルのMcDonald’s のよりも少し美味だったような気がしたのだった。

参考資料:Wikipedia