新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

超後期高齢者が時代の変化を語る

2022-01-09 10:50:54 | コラム

未だ付いて行けていない時代の変化:

昨日だったか、我が家の前にあるイオン系の「まいばすけっと」で、かなり年配のご婦人がやおらスマートフォンを取り出して支払いをしているのを見て「未だ俺は時代の変化に追随し切れていないな」と感じた。と言うのも、ドコモの5回に及ぶダイレクトメール攻勢にほだされたというのか負けたというのか、または説得されたというのか、昨年の10月20日に「らくらくスマートフォン」に切り替えてから2ヶ月半も経た今日、未だに何とかpayも仕込んでいないし、スイカも取り込んでおらず、電話と検索とYahooのニュースを見ているだけだ。

事、支払いの方法(手段?)だけに限って振り返ってみれば、1960年代半ばだったかに親会社の国策パルプが富士銀行(現在のみずほ銀行だが)の系列化にあった事で、会社が当時の憧れのようだったダイナースクラブの法人会員にさせられたのか、社員も確か記名の法人会員となって、身分不相応の「ダイナースクラブ」のカードの所有者になってしまったのだった。別に法人会員だと名乗っている訳ではないので、お陰様で敬意を払って頂ける身分になってしまった。

しかし、その頃では「クレデイットカード払い」が何処に行ってもできる訳ではなかったので、言うなれば宝の持ち腐れのような趣も味わっていた。ところが、幸運に恵まれて1970年の8月に生まれて初めて海外に、それも出張で出掛けることになった。当時ではカードは外国では使えないのでカード会社に申請して「インターナショナルカード」を発行して貰わねばならなかった。

当時の¥360=$1の為替の時代では持ち出せる外貨に限度があり、T/Cと現金を合わせて$300しか持っていけなかった。従って、多くの決済をダイナースクラブのインターナショナルカードに依存していた。今となっては懐かしい訳でも何でもない思い出である。そのカードを何処でどのように使ったかの記憶は全くなかった。だが、フィリピンでホテルの部屋を訪ねてきた現地の華僑系の業者が、私がダイナースクラブの名刺入れを持っているのを見て「ダイナースクラブの会員とは知らずにこれまでの数々のご無礼をお許しください」といきなり平謝りだったのには驚かされた。

それから5年後には偶然と運命の流れでウエアーハウザーに移って、日本市場での業容の発展に伴い、アメリカで過ごす時間が急激に増えていったのだった。そこで見るようになった光景はと言えば、彼らは殆ど現金を持ち歩かずにクレデイットカード払いにするか、私には想像も出来なかったような少額まで、それも長い列があるスーパーマーケットのレジスターでも、やおら小切手帳を取り出して平気で$3などと記入していくのだった。多額の現金を持ち歩くのが危険な国だとは承知していたが、「そんな少額まで小切手かよ」との印象深かった。

その頃には持っているカードも「マスターカード」と「アメリカンエクスプレス(AMEX)カードのゴールドカード」も加わって、何となく金持ちになったような錯覚を起こさせられていた。ところが、ホテルや大きなレストランではAMEXやダイナースクラブのカード払いは歓迎しないような顔をするのだと解った。そこで、あるホテルでチェックインの際にダイナース、マスター、AMEXと3枚並べて「好きな奴を取れ」と言って見た。すると真っ先にAMEXを弾き返して、次がダイナースだった。

理由はと問えば「AMEXは手数料が最も高いから」で「ダイナースも同様だが、アメリカでは余り方々で受け入れていないから」と解説された。また、一流のホテルでは仮令現金払いでも、$100のお札は受け取らないし両替もしてくれないのだ。理由は簡単で「偽札の危険性が最も高いから」だった。

AMEXのゴールドカードは1980年代では「ステータスシンボル」だったが、私はそれを望んで入手したのではなかった。ある日突然にアメリカと日本のAMEXの事務所からゴールドカードが送りつけられてきたのだった。それこそ「頼んでないよ」とばかりに日本の事務所に苦情を言うと「格式高きウエアーハウザーのマネージャーさんだから送った」と言うし、アメリカでも同じ言い方だった。アメリカとはそういう国なのかと知り得たのだった。そこで迂闊にも何となく嬉しくなって、彼らの要望通りに日本の会員になったのだった。

アメリカとは将にそういう国で、その頃に我が副社長が某商社の常務さんに「アメリカ経済の現状と問題点」と題して語ったときに、テーブルの上に数枚の同じ銀行のオーバードラフト付きキャシュカードを並べて「これらは全部銀行側から勝手に送ってきたのであり、これらの支店とは取引はない。だが、これらのカードを使ってオーバードラフトをして、返済は次の支店のカードを使って回せば良いということになる。これでは私の資産の何倍かの金を使っても良いかというのと同じである」と解説した。

彼は「これぞ現在のアメリカの実体を伴っていない『信用膨張の経済』で私は好ましいとは見ていない」と批判的だった。私にAMEXのゴールドカードを送りつけたのと同様な手口で、信用できそうな状況にある者には貸し付けて行こうという経済のようだと思っていた。後に、AMEXのカードは年会費が高いだけで使い勝手が悪いので返却した。現にYM氏がビジネススクールの教員の頃には、いきなりブラックだったかプラチナだったかのカードが送られてきたそうだ。

AMEXだが、私が返却した頃に何とウエアーハウザーでは「コーポレートカード」に指定され、全員がそれを持つようになった。この仕組みは社用だけにこのカードを使うと、決済は全て会社の口座から落ちるようになっているという具合だ。そうすれば、出張や接待費の支払いをその都度社員が出す経費伝票に基づいて社員に渡し、あらためて銀行の口座に入金する手間が省けるそうだった。但し、このカードを使用の支払いに充ててはならないので、使うときは慎重になってしまうし、私用と社用の使い分けは面倒だった。

コーポレートカードは1994年1月末のリタイヤーの時に返却したのだった。それから早くも28年も経ってしまった現在では、QRコードをスマートフォンで読むことや何とかpayの支払いが当たり前の時代になってしまったが、当方は未だ時代にキャッチアップする勇気も無く、カードで払うほどの大きな買い物をする必要も殆どないので、何時も少額の現金を持ち歩く程度で済ましている。

出掛けるときにはシルバーパスを極力活かして、バスなり都営の交通機関を使っているので、パスモもスイカもお呼びではない。何と言ってもシルバーパスには年間¥20,510も収めているのだから。でも、何時かはパスモかスイカをらくらくスマートフォンに仕込んで「どうだ。時代に追い付いたぞ」と胸を張りたいと思ってはいるのだが。

最後に、矢張り英語の講釈を。「クレデイットカード払いにできますか」を“Can you take credit card?”と言って通じなかった」という話がある。中には「“Yes. I can.”と言われて取られた」という冗談まである。でも、これでは「取れますか」と聞いていることになっているのだ。英語では面倒くさい単語を使って“Do you honor credit card?”と言うらしいのだ。この“honor”はアメリカ英語の綴りで、英連邦では“honour”となる。アメリカの発音は「アーナー」に近いが、UKでは「オナー」となるようだ。