新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

読めないのはキラキラネームだけじゃなかった

2022-01-23 10:35:24 | コラム
どうやって「オウノショウ」って読むのか?

昨日、相撲を見ていた息子が画面に出た「阿武咲」を、アナウンサーが「オウノショウ」と読み上げたのを聞いて「これをどうやってオウノショウと読めというのだ」と嘆いた。彼は滅多に相撲の中継などを見る機会がないので、言うなれば初めて見た四股名だったのだ。私も相撲には余り詳しくないのだが、確か阿武松という力士がいたなという程度の知識はあった。そこで、あらためてWikipediaで確認した所、確かに「阿武」は「オウノ」と読み、彼は阿武松部屋の所属だった。

そこで思い浮かんだことがあった。それは、北勝富士と書いて「ホクトフジ」という四股名になる力士もいたということ。ということは、四股名には他にもかなり読みにくいものがあるようだった。だが「美ら海」も沖縄の言葉を知っていれば「チュラノウミ」と読めるのだが、そうでなければ極めて難解だろうと思った。

この直後に、週刊新潮に五木寛之氏が連載されている「生き抜くヒント!」を読むと、“私は『遠野物語』の作者の名前を〈ヤナギダクニオ〉と読んでいた。〈ヤナギタ〉と濁らない方が正しいと知ったのは三十歳を過ぎてからだった。一方、清沢満之は〈キヨザワ〉である。これも後から気付いて、それからはちゃんと読めるようになった。”と述べておられるのを知った。勿論、漢字は柳田国男である。尤も、今私は「イツギヒロユキ」と入れたら出てこなくて「イツキヒロユキ」としたら正解だった。「五木の子守歌」は「イツギノコモリウタ」ではないようだ。

他の例も紹介してみよう。もう50年以上も前のことだが、藤沢のクリニックで順番待ちをしていたときの経験も印象的だった。当時は番号などで呼び出すのではなく患者の名前で呼んでいた。先生は「次の方。「タカタニさん」ですか「タカヤさんですか」「コウヤさんですか」「コウタニさんですか」と言って呼ばれた。患者さんはやおら立ち上がって「タカヤ」ですと一言。漢字は「高谷」だった。

ここまでで止めておけば良いような気がするが、余談になることを一席。Wikipediaによれば、上記の柳田国男氏は松岡家から柳田家に養子に出られたのだが、その実弟の松岡静雄氏は鵠沼海岸に住んでおられ、母の姉(即ち叔母だが)の嫁ぎ先の遠縁に当たっていた。そういう縁で、昭和16年から21年も鵠沼に住んでいた私は、松岡静雄氏の奥様とご長男の松岡磐木氏を存じ上げていた。特に磐木さんは我が湘南中学から一高と東大の秀才で、日本製鉄勤務を経て後年は法政大学の教授を務めておられた。

ここで何が言いたいのかと言えば、このように系譜を辿っていくと、仮令血縁はなくとも方々に思いがけない親類縁者がいることになってしまうものなのだということ。

参考資料:Wikipedia