新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

ロシアという国

2022-04-09 09:58:07 | コラム
ロシアになろうとソヴィエト連邦とは変わっていない:

今回のロシアによるウクライナ侵攻には色々と物思わせられることが多い。それらを思いつくままに取り上げていこうと思う。

ノルマ;
ロシア語である。広辞苑には「ソ連時代の制度で労働者が一定時間内に遂行すべきものとして割り当てられる労働の基準量」とある。だが、私は報道にはこれではあの誠に忌まわしきことだった「ソ連軍による我が同胞をシベリアに強制的に連行し抑留して、残虐な強制労働をさせた時に課した労働量の基準」についての言及がないと思う。ノルマ(norma)はロシア語であるが語源はラテン語のようだ。この「ノルマ」はあれ以降、何故か日本語に組み込まれて「ノルマ」は誰にも通用するようになってしまった。他にも帰国された方が持ち帰られた言葉に「ダモイ」=「帰国」というのもあった。

この「ノルマ」を無邪気に使っている現象を見て、当時は中学生だった私は「何でこんな言葉を使うのかな」と、何となく奇異の感を抱いていたものだった。私はそれほどこのシベリア抑留がソヴィエトという国の残虐さと暴虐ぶりを表していると、子供心にも感じていたのだった。ここで「なんでこんな言葉を使うのかな」に関連して脱線することをお許し願いたい。

それは、無名のスポーツ選手や芸人が俄にめきめきと売り出すことを「ブレークする」というようになった時のこと。故岡田眞澄が「何でそんな言葉を使うの。それ(break)は壊れるという意味なんだよ」と指摘したことだった。だが、このカタカナ語の「ブレークする」はその儘普及し続け、結果で定着してしまった。「ノルマ」はロシア語の意味から考えれば言葉の誤用ではないが、唯々諾々と定着させるべき言葉ではなかったとしか思えないのだ。因みに、ノルマを英語にすれば“quota”辺りになると思う。

ロシアに対する制裁:
昨日、岸田総理が記者会見されて、ロシアに対して新たに6項目の制裁を科すことを公表された。G7の一員である以上、同じような行動に出ることは当然のように思えるが、慎重な岸田総理は善くもあそこまで踏み切られたものだとの印象もあった。その制裁に関して確かPrime Newsに出演しておられた元駐ウクライナ大使と国連大使だった角茂樹氏が「報復されると負担が大きくなるような制裁ならば科さない方が」という意味の事を言われていた。現に産経新聞は早速その石炭の輸入禁止の跳ね返りを取り上げていた。私如きにはどうなることか分からないが「難しいものだな」と思わせられた。

これも制裁の範囲内だと思うが、ロシアをUNの人権委員会から追放する決を採ったところ、賛成が93ヶ国、反対がロシアはもとより中国やベトナム等を含めて24ヶ国もあり、棄権に至っては58ヶ国にも達していたと報じられていた。誰だったかジャーナリストが論じていたが、テレビや新聞の報道ばかりに依存していると世界は反ロシア一色の如きだが、現実には中国やインドのようにロシア支持を表明している国がある他に、20ヶ国以上もロシア寄りの国があったのだ。それでは制裁が何処まで効果を発揮するのかなと、少し不安に感じさせられた。

ロシアの残虐さ:
現在ではロシア兵なのかロシア人なのか知らないが、ウクライナの至る所で無辜の市民を虐殺していることが報道され、UNでも一斉に非難されている。ところが、ラブロフ外相を始めとしてロシアの幹部は真っ向から否定し、「フェイクだ」とまで言い出す始末だ。私に言わせて貰えば、彼ら(または後難を恐れずに言えば「白人」だが)が自己の非を正直に認めることなどあり得ないのだから、あの否定の論調はニュースでも何でもないとすら言いたくなるのだ。彼らの思考体系を認識してあれば、彼らの厚顔無恥であることと、彼らと我々との思考体系の相違点を指摘する報道が出来たのではないか。

彼らは証拠写真を突きつけられても平然として「フェイク」だというような頭脳というか精神構造なのである。そこを是非認識して置いて貰いたいのだ。ソヴィエトがシベリアで我が同胞に何をしたのかを想起して欲しいのだ。だが、現在のマスコミにあの時代のことを経験したというか、承知している人がどれほどいるのだろうか。伝聞で知らされただけでは、あの何ものにも例えようがない残虐さを思い出してロシア非難の報道はできないのではないのか。私は彼らが基本的に如何なる人種かを取り上げて報道して貰いたらとすら考えている。彼らの中立条約無視を忘れてはなるまい。


4月8日 その2 MLBの開幕試合を観戦して

2022-04-08 17:18:16 | コラム
開幕投手は大谷翔平だった:

本4月8日は暖かい日のようだったが、外出することもなく家に籠もっていた。昼食後に何気なくNHKにチャンネルを合わせたところ、MLBの初戦であるエンジェルス対アストロズの試合をやっていた。そう言えば大谷翔平が開幕投手だと聞いていたなと思いだした。ところが、なのである、大谷投手は2塁に走者を置いて綺麗なヒットをレフト前に打たれてしまった。辺りが良かったので、左翼手が往年のイチロー君並みの送球をすれば本塁でアウトに出来そうに見えたが、何とその送球が本塁と一塁の間という見当違いの所に来たので悠々とセーフになってしまった。

その様子を見たところで閃いたことはと言えば「今日のエンジェルスに勝ち目はないだろう」だった。投手の大谷君は解説の元MLBの投手として大活躍した岡島秀樹によれば「スプリットの制球が整わず、速球を狙い打たれていた」とのことだった。大谷君はそれでも4回と2/3で80球を投げて敗戦投手の資格(?)を得てDHに専念することになった。その打撃の方もアストロズの左腕・ヴァルデスを打ちあぐねていたし、結局は4打数で無安打だった。投手としてはアストロズの小さな大打者・アルテユーベを3三振に打ち取ってはいたが、あの高目にいった一球で負け投手になってしまった。

私が我が国の野球ジャーナリズムというべきか、テレビと新聞の報道の仕方で疑問に思っていることがある。それは「彼らが沢山三振を取る投手を持て囃すというのか、三振を取ることが防御率や被安打率などよりも大切なことのように扱っていること」なのだ。私がずっと以前から指摘して来たことは「剛速球で三振を沢山取ることは勇ましいが、仮に全打者を三球三振に斬って取ると9回完投すれば81球を投じることになる。一方、全打者を1球で打たせて取れれば、9回完投しても27球で終わり、言うなれば省エネである」なのだ。

本日の試合では大谷君は80球で確か三振を7本獲っていた。一方のヴァルデスは7回途中までで80球に届かず三振も5本だったと記憶する。理屈を言えば、大谷君よりも消耗が少なかったので、7回まで行って勝利投手の権利を持って交替できたのだ。本日の三振と投球数は一例に過ぎないが、私は「三振を沢山獲った」と囃し立てる報道の在り方には疑問を感じざるを得ないのだ。MLBやNPBのように体力も筋力も出来上がっている成人ならば良いのだが、高校野球などで奪三振を過度に褒めそやすのは控えたらどうなのかなどと、つい考えてしまうのだ。

話をエンジェルスに戻せば、今シーズンには昨年は故障で1年を棒に振った強打者のTroutとRendonが復帰して大谷君の後の2番と3番を打っていたので、昨シーズンのように敬遠されることもなくアストロズの投手たちが勝負してきていたのは良い傾向だと思う。だが、ここでも我が国のメデイアは大谷、大谷と騒ぎ立て過ぎるのが気懸かりのだ。考え直して欲しいと思っている。ところで、話は違うが週刊誌の報道では大谷君の年収は30億円ほどになるらしい。テニスの大坂なおみさんは60億円超だそうだ。

単純に比較は出来ないが、団体競技と個人競技では収入の性質が違うと思う。野球の選手たちは年俸を契約しているが、テニスやゴルフでは優勝とうの好成績を挙げないことには、アメリカ中を転戦して歩く負担は大変だろうと思ってみている。何れにせよ、大谷君他のMLBに進出した選手たちと、大坂なおみさんの活躍と幸運を祈って終わる。なお、英語の話だが、開幕投手は“Opening day pitcher”と言われていたと思う。


ジョブ型雇用の考察

2022-04-08 10:10:06 | コラム
Job型雇用の経験者として:

近頃、このアメリカ式の「即戦力となる人材を中途採用し、即戦力であるが故に“job description”を1枚与えるだけで即日業務に就かせる方式」を取り上げて論じ、我が国でもこの形が普及し始めたと報じられている。

私は39歳になっていた1972年8月から、この方式でアメリカの大手紙パルプメーカーに転進し、42歳の1975年3月から転進した2社目でリタイアするまでの22年半ほどの間、この形式を経験してきた。その経験に基づいてJob型の雇用を振り返ってみよう。なお、jobとしているのは、この言葉の発音はUKでも「ジャブ」であるので、ローマ字読みの「ジョブ」を忌避するからである。

ネットで見た某社の解説では「この方式では社内に於ける異動も転勤もない」とされていたが将にその通りで、私は2社目だったWeyerhaeuserでは19年間を一つの事業部で過ごし、担当した液体容器原紙(Liquid packaging paperboard)輸出を専門とする日本駐在マネージャーだった。確かに、その間に勤務地は変わらなかったし、地位(rank)は変わらなかったが、マネージャーという肩書き(title)は与えられた。

ウエアーハウザーが42歳の私を採用したのは、事業部が新規に日本市場に本格的に進出を計画したので、その業務の適任者を既に我が国の紙パルプ産業界で経験を積んだ即戦力となる人材を求めていたところに、偶々経験者の私を見出したということだった。これまでに繰り返して指摘して来たことで、アメリカの製造業界では4年制の大学の新卒者を定期採用して、社風というかその会社の文化に合った教育をして育てていくことは考えていないのである。(但し、銀行と証券会社は新卒者を採用している)

その即戦力と期待して採用するのは、会社の人事部や労務部の仕事ではないのだ。各事業部で人事権を持つ本部長(General managerで、通常副社長の兼務であるが)の裁量で、既存の事業の拡張、新規事業に進出、リタイアした者の欠員の補充等々の為に社内から募集するか、社外の人材を公募するか、他社から引き抜くか、自薦他薦の人材等々をインタビューして採用していくのである。従って、その事業部を構成する人員は全て年齢・経験・職歴が皆異なっているし、年俸も面接の時点でGMとの話し合いで決定するのだから、簡単に言えばまちまちである。換言すれば、我が国の同期入社などいないのだ。

しかも、業務の割り当てというか負担の範囲は構成員ごとにjob description(職務内容記述書)に異なっていて、同じ業務を複数の者が担当することは先ずないと思っていて良いだろう。各担当者(マネージャーの肩書きの所有者が多い)は自分で自分に命令を発して担当する業務を遂行するのであって、同じ部門に所属する者の協力は期待できないし、また同僚の手伝いをすることもないのだ。頼りにするというか支えてくれるのは秘書さんただ一人である。因みに、上司である事業部長が仕事の進め方などの細かい指示をすることはないと思っていて良い。その必要がない即戦力を採用したのだから。

この仕組みの中では毎年1度、その職務内容記述書に基づいて人事権者であり雇用主である副社長兼事業部長と、過去1年間の業績を評価して査定する我が社では“review”と呼ばれていた重要な話し合いがある。ここでは5段階の評価が下されて、最低の段階となった場合には、例の“You are fired.”となるのだ。念の為に述べておくと、もしも最高の査定となって大幅の昇級を勝ち取った場合には、翌年にはその高額な年俸に見合うだけの実績を挙げられなかった場合にどうなるかは、容易に想像出来ると思う。そういう世界である。

また、1990年に副社長に願い出て事業部の本部で全員を集めて「我が国とアメリカの企業社会の間に厳然として存在する文化と思考体系の相違点」というプリゼンテーションをした際にも強調したことがあった。それは教育の違いで「アメリカでは自分の勉強と研究の範囲を教師から言われただけに止めていては評価されず、自分の力で言われていない範囲にまで広げていく必要がある」と同じ考え方で、職務内容記述書に記載された項目だけを守っていたのでは、如何にその範囲内で実績が上がっていても、評価即ち昇給の対象とはならないのである。

具体的にはどういう事かといえば、私の場合には営業担当のマネージャーとして採用されたのだし、その職務内容記述書には品質問題(クレーム)の処理や、品質の改善等々の項目はなかった。だが、現実の日常の業務では、この記載されていない事柄も処理しておかないことには、にっちもさっちもいかなくなるのだった。そこで、それまでの経験と知識を活かして勝手に対処し、結果的には「技術と品質問題も担当して宜しい」との副社長の了解を取り付けたのだった。ここでの要点は「職務内容記述書の記載事項以外にも守備範囲を拡張するよう心掛ける」なのだ。

ここまででお気付きの方はおられると思うが、アメリカの企業社会では「個人の主体性を重んじているし、個人の能力に依存しているのであって、我が国のような皆で一丸となって目標に向かって邁進する」文化が支配していないのだ。我が国で重要視されている「チームワーク」を尊重する精神も希薄だ。敢えて表現すれば「各人が与えられた目標に向かって独自の手法で業務を進めていき、その結果を総合すれば、究極的に事業部の目標が達成される」のである。現実に、私は本部に所属する日本市場以外を担当していたマネージャーが、如何に業務を遂行していたかなどは全く関知していなかった。

ここまでで何を言いたかったのかだが、それは「アメリカのjob型雇用においては個人の能力が主体であり周囲との協調性には重きを置いておらず、各マネージャー乃至は担当者は事業部長の指揮下にあり、横の連絡は不用という組織である」ということだ。換言すれば、各人は職務内容記述書の下に、その担当分野に於ける専門家というか、スペシャリストに徹していかねばならないということ。

しかも、その事業部内では事業部長の下に(偉さという面では)全員が横一線に並んでいるということも認識しておいて頂きたいのだ。しかも、その中から事業部長に昇進することは極めて希なのだ。身分(地位)の垂直上昇が期待できないとは酷ではないかと言われそうだ。だが、そこには年功序列と定年制度がないお国柄であるから、「功ある者には禄を以て報いよ」で何歳になろうと、実績を挙げておけば昇給していく仕組みになっているのだ。

終わりになって言うことではないかも知れないが、私がこのjob型雇用を我が国の会社組織に導入することで効果が挙がるのだろうかと、密かに危惧しているのだ。確かに専門職者を養成していくのは結構かも知れないとは思うが、我が国の組織がそれに向いているとは考えにくいのだ。勿論、人には個性があって向き・不向きがあるのだから「私はこの形の雇用を選ぶ」という人もおられるだろう。立身出世を望む人はおられるだろう。このような組織の中に入れば、余程個人として強くないと、生き残りにくくなる危険性もあると思う。

私が我が国にこのjob型雇用を導入する場合に難しい事態が生じるのではないかと懸念する点がある。木に竹を接ぐようなことになりはしないかということだ。それは、新卒者を採用し社内の多くの部門を経験させて総合職者を養成していく組織であるのに、専門職を育てあげ、定年退職するまで地位の垂直上昇をさせない仕事を選ぶ者が出てくるのかという疑問である。

1990年代に入ってから、某社の三大秀才と言われていた東京大学出身の部長さんを本社に迎え入れて、あの広かった社内見学にご案内したことがあった。そのtourを終えて彼から出た質問は「さっきから気になっていたのですが、この会社では若い人をついぞ見かけなかったのは何故ですか」だった。そうです、そこは即戦力である中途採用者の世界だったのでした。


思いつくままに

2022-04-07 09:14:33 | コラム
あれやこれやと取り留めもなく:

帯状疱疹:
報道によれば、新型コロナウイルスに取りつかれた後遺症で、帯状疱疹に悩まされている人が多いとあった。広辞苑には「ヘルペスウイルスによる帯状の有痛性発疹。肋間、顎、顔面、座骨部など一定の末梢神経に沿っておこり小水疱が群生し周囲が発赤、所属リンパ節が腫れる」とある。また検索すると「ヘルペスは現在単純ヘルペスウイルス感染でおこる単純疱疹および水痘・帯状疱疹ウイルスによる帯状疱疹をさしています。いずれも一度感染すると一生涯その宿主に潜んでしまい、抵抗力が低下した時に再発するという性格があります。」ともあった。

私は昭和36年(1961年)にこれが発症してその余りの痛さに苦しめられた。当時の主治医の診断では「これはヘルペス(herpes)で体力が弱った時に侵入したヴィールス(当時はこう呼ばれていた)とリンパ液が戦って食い殺した残骸が水疱になったものだ。自然治癒しかない」だった。だが、その痛烈な痛さで庭中を走り回っていたのだが、風呂に入ると収まるので、痛みが激しかった左腕を風呂につけて癒やしていたものだった。ヴィールスに冒されたのは左半身で、左半分の頭髪も整えられなくなったのには驚かされた。

また主治医からは「一度かかれば二度とは発生しない」と聞かされたが、数年後に二回目に襲われた。21世紀の現代に後遺症として発症していると聞いたので、それは感染症が治まった後にでも、生き残っていたかも知れないウイルスを抵抗勢力なのだろうリンパ液が滅ぼしたので、帯状疱疹となったのかなどと考えていた。60年も前のヴィールスと現在のウイルスと何処が違うのか知らないが、人間の体の中には抵抗力があるらしいと再認識しているが、これで正しい理解なのだろうか。

余談だが、英語のherpesの発音は「ハーピーズ」なのだ。

煎餅睡眠法:
私は高齢化してから夜間の頻尿に悩まされてきた。甚だしい場合には一晩に6回も起こされてしまっていた、医師の宣告では「3回でも多い」となっているのに。2006年の第1回目の心筋梗塞の後に前立腺肥大となって、ずっと国立国際医療研究センター病院の泌尿器科で治療して頂いてきたのだが、頻尿は収まらなかった。そして、主治医に何度もこの辛さを訴えたが、特に治療もされず投薬もなかった。だが、宣伝媒体に頻繁に登場する売薬を服用してはならないとは言われてきた。

今年になってから、ネットだったか他の媒体なのかの記憶は定かではないが、「就寝前に固い煎餅を噛んでおくと効果がある」とあったのを発見した。「これならば薬ではないことだし、試してみても失うものはあるまい」と考えて、3月に入ってから試してみた。その時に生ずる音はテレビの音声が聞こえなくなるほどだし、頭に響くような感覚だった。するとどうだろう、その晩には2回起こされただけで済んだのだった。偶然の悪戯かも知れないと疑ったがなおも続けてみると、1ヶ月以上経った現在までで失敗というか効果がなかったのは二晩だけだった。

これは霊験あらたかなのは結構だと思っているが、夜9時過ぎての飲食は好ましくないのかと危惧している。次回の泌尿器科での定期診察は5月27日なので、それまでの間に「煎餅を噛まなかったらどうなるのか」等々の実験を繰り返してみようかと思案中である。

ゼレンスキー大統領とUnited Nations:
ここに取り上げるべきではないかも知れない話題だが、ゼレンスキー大統領(Volodymyr Zelenskyy)のUN向けの演説を字幕入りで聴いて「たいしたものだな」と感じたことを挙げてみよう。第一は「淀みなく」と言うのか、原稿を見ることなく語りきったこと。それと比べて何処かの総理大臣はなどと言おうとは思わないが。

あのウクライナの状況下でリハーサルを繰り返してこられたのかどうかなどは知る由もないが、見事なものだと感服していた。話の内容は非常に良く練り上げられていたと聞いたので、即興ではないだろうと理解している。

次に賛否は分かれるかも知れないと解釈したUnited Nations就中Security Councilの解体論を唱えていた点を取り上げたい。この兎角論議の対象にされることがあるCouncilを真っ向から避難したのは古き表現になるが「暴虎馮河」の勇気かなと感じていた。だが、相当程度に尤もだとも受け止めていた。この「理事会」と訳されている集団にロシアと中国がPermanent member(これを常任理事国と訳したのは誰だろう)として拒否権を持って入っている矛盾点?を衝いた度胸は凄いと思った。

私は我が国の要人の中には未だにUNを信奉している方がおられるのを、何とも不思議な現象ではないかと案じている。「敵国条項があるのをお忘れか」と指摘される有識者がおられるではないか。ゼレンスキー大統領が投じられた一石に即効性があるとまでは思えないが、ロシアがあのような挙に出てしまった現時点では、UN全体には何らかの改善策は必要ではないのかという気がしてならないのだ。


2022年3月の新宿区の人口

2022-04-06 08:18:16 | コラム
22年3月の新宿区の人口は前月比373人の減少で340,556人だった:

 新宿区の22年3月の人口は△373人と前月に続いて減少し340,556人となったが、辛うじて永年維持してきた34万人台に止まっていた。この人口を21年3月の344,879人と比べれば4,323人の減少で、その比率は△1.25%だった。日本人は307,162人と対前月比で156人の減少ではあったが、1年前の307,122人からは40人の増加だった。

外国人の減少傾向は変わらず、3月には△217人で33,394人となっていた。21年3月には37,757人だったのだから、△4,363人でその減少率は11.6%だった。外国人が全体の人口に占める比率は9.8%で2月の9.9%とほぼ同様の水準だった。因みに、21年の3月には10.9%だったので1.1%の低下だった。確かに、体感的には今年になってから百人町/大久保界隈では明らかに外国人が少なくなっているし、日本語学校に出入りしている若者の数も少ない。

だが、イスラム横丁には相変わらずの賑わいで、外交官ナンバーと地方のナンバーの車は駐車違反を続けている。一方では、大久保通りの山手線内側のKoreatownは晴雨に拘わらず老若の女性たちで賑わっているのには、個人的に嘆かわしい思いをさせられている。

当方は持病を抱える者として、オミクロン株だかBA.2の感染力を怖れて、外出する際には極力一ヶ所には長時間街中に滞在しないよう心掛けている。だが、高田馬場駅周辺や新宿駅西口の繁華街に目を転じれば、人々は「COVID-19何するものぞ」と見下しているのか、相変わらず大勢が歩き回っている。だが、そこではイスラム教徒その他の外国人は殆ど見かけないのだ、大久保通りの周辺の雰囲気とは大違いなのには、寧ろ羨ましい気さえするのだ。

毎日報じられている東京都23区と全市町村の感染者の数には顕著な変化がある。それは、昨年の半ば頃までは新宿区は不名誉にも世田谷区に続くナンバー2の地位を占めていた。だが、今や我が新宿区は上位10番目からも転落してしまっているのは結構なことだと思わずにはいられない。だが、この事実はウイルスが他の10区ほどで猛威を振るっていることなのだ。私にはそうなって来た原因などは想像も出来ないが、もしかすると東京都の新型コロナウイルス対策に何処か抜け穴でもありはしないかと密かに危惧している。

そう言えば、このところ小池都知事のテレビへの露出度が明らかに減少している。何故だろう。

参考資料:新宿区広報 4月5日号