公園清掃のアルバイトをして、四季の移り変わりに対する感度がぐっと上がりました。
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際・・・
夏は夜。月のころはさらなり・・・
秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに・・・
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず・・・
高校生のころ、先生の声を夢枕に、熟睡一歩手前の、遠くで聞こえた清少納言の枕草子の一節ですが、この冒頭部分くらいまでは、不思議と覚えていて、最近は四季の中で、口ずさみながら作業している自分がいたりします。
日常の自然でも、感じ方が変われば、見え方も変わってくるということなのですね。
紅葉いうのは、秋だけのものという先入観をずっと持っていたのですが、違うんですね。
これは、もみじの木ですが、まず赤い若葉が出てきて、いったん紅葉したようになってから若緑になっていきます。常緑樹のクスなどは、今、紅葉した古いはっぱをたくさん落として葉の入れ替えをしています。こんなひと時が終わると、本格的な新緑の季節、春ですね。
多少の収入を得て家計の足しにしたい、少しだけ社会参画していたいとの思いで初めてアルバイトですが、いい仕事に就けたと思っています。
大共感!です。
読ませて頂き、嬉しくなりました。
紅葉のこと、そうなんですね。また 紅葉に出会ったら、楽しく眺めようと思います。
「日常の自然」へのこと、本当ですよね。
母親たちが作る‘ようちえん’の活動の言いだしっぺ でした。
子どもを ‘ 三年保育 ’で 幼稚園に入れるなんて もったいない!
子どもと一緒に過ごせる時はないのに、との思いからでした。
で、‘ 二年保育 ’ までの2年間、母親と子どもが作る‘ようちえん’を 存分に楽しみました。
園舎など ありません。(*^_^*)
モットーは、≪ 園舎は 自然。先生は四季 ≫ でした。
子どもたちとの楽しい時間は、今ではピカピカの思い出です。
手作りのアンテナのラジオを聞きながら、木陰で休憩なさる てくてくさんを思い浮かべながら、ほっこりしました。(*^_^*)
今日も若い人たちのお手伝いをしてきました。
>≪ 園舎は 自然。先生は四季 ≫
私の子供の頃は、まさしくこれでした。
家は父が早くなくなり、経済的にも厳しかったのか、小学校に上がるまで、祖母の傍らで、自然、四季と遊んでいました。
確信的に早期退職したものの、自分にはなにもできることはないと、凹んでいた時期もあったのですが、このころの時間が、今の過ごし方のベースになりました。
生きるのに最低限のものは必要ですが、あとは、”今日さま”に感謝です。
その日暮らしですが、いろいろなことを考え、些細なことを楽しめるようになりました。こんな時間、悪くないです。