まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

霊苑の仕事

2021年09月21日 | 少し働く日々

昨日は、お彼岸の入りで、祝日。
シルバーバイトで、街の霊苑の駐車場出入り口の交通誘導をおこなってきた。

自身は宗教に対する強い信心はないし、おおかたのみなさんもそんなものだろうと思ってきた。

加えて、昨今はお葬式なども簡略化がすすみ、形式化してきたという話題が多く聞こえてくるようになった。

街に住むみなさんが、お彼岸のお墓参りにくるのだろうか?

そんな気持ちでのぞんだのだけれど、まさしく老若男女、いろいろな方がお参りに見えて驚いた。

物質的に死者の霊があるのかないのかは分からないけれど、なくなった方の思いという点では、今を生きている人の心のなかで生き続けているのは間違いない。

霊とは、先人の思いであり、自分自身であると最近は感じることもある。

お墓、お遺骨は、自分の中に生きるその思いと向きあう、自分自身とひととき向きあうためのきっかけとか窓口である。

宗派を問わず、お墓参りという行為を通じて、同じような価値観を共有する。

おなじような時間、価値観を持つことは、他を思いやるときのもとだと思う。

個々には強い信心はなくとも、お釈迦様の教え、仏教という傘の下で生きている日本人はまだまだたくさんいることを目の当たりにして、日本は今なお仏教国なのだなと感じることができた。

人間関係不得手の私に、実践はなかなか難しいけれど、まず他を思いやり、次に自分を意識するという行為は、人間関係を円満にし、ひいては自分もラクに生きられることになる。

実際の交通誘導の作業は、慣れないこともあり、いつものへっぽこ誘導員でみなさんにご迷惑をかけたことは言うまでもないけれど、飲料を頂いたり、ご苦労さまとあたたかいねぎらいの言葉をかけていただき、良い時間を過ごすことができた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昨今のお葬式

2021年09月12日 | 読経の日々

隣の親爺さんが亡くなった。

もう四十年近く前に、カミさんと結婚式を上げる際に、(頼まれ)仲人をお願いした人である。

長く地域の役員などをしてきた人で、子供の頃からの、社会人として地域に参加してからの、いろいろな思いがある。

しかし、世はコロナ禍。

ワクチン接種は進んできたけれど、片田舎でも、日々ポツポツと感染報告が上がっている。

昨今の例で、喪主の意向で、家族葬・一日葬で行い、地域の会葬等は辞退するとのことで、「ある意味、静かに」フェイドアウト。

九十年以上もこの地に生きてきたにしては、なんだか、さっぱりし過ぎである。

核家族化が極端に進み、生まれたときも両親、父母くらいしか祝福されない。

連絡もない。

年老いて、一人旅立つときは、年老いたツレ合いと少数の子達に送ってもらう。

生前の挨拶もない。

一人で生まれ、一人で生き、一人で死んでいく。

これは人の生きる現実だけれど、なんだかとても寂しい、生きにくい世の中になってきた。

そう思う。

人は、仏性を持った人の間で育まれ、成長し、自らの仏性を感じ、他へ布施する。

田舎には、班という小さな地域グループが残っていて、今年はその班長をしている。

喪主に話を通し、みさなんに声をかけて、午前中、お焼香に行ってきた。

遺影、お位牌をみて、ああ、亡くなったんだとちょっと区切りがついた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シルバーバイト入った

2021年09月06日 | 少し働く日々

9月に入り、1日(水)はバイトに出たが、その後は、雨天中止とコロナワクチン接種で休んでいた。

バイトはみなそうだけれど、交通誘導のバイトは、日給月給なので、管制から仕事の指示(と言えばかっこいいけれど、あそこへ行ってという紹介)がなければ、生活レベルがすぐに変動する。(笑)

今月の収入を伴う日は、まだ1日のみ。

ばりばり働くつもりはないけれど、そろそろバイトも欲しい。

コロナワクチン接種2回めの副反応は心配したほどではなく、1回めと変わらず、接種翌日は腕が上がらなかったり、頭がボンヤリしたけれど、今日はほぼ普通に戻った。

雨止みを使って、畑を万能鍬で荒起しで耕したり、小屋の雨漏り部分のトタンをはりかえたり、持病の薬を貰いに行ったついでに、ほっておいた特定健診も受けてきた。

年老いたワンコ先生とも、よく語り合った。

家事・私用=自分の生活では、まあまあ頑張れたかと思う。

夕方、シルバーバイト先の社長から、「大丈夫?」とのメールが入り、OKをだしたら、近くの、『ダンプ出し』の現場を紹介してくれた。

出入りの時間を把握したり、大型車両なので道路に出るときは、両車線の車をとめる必要がある。
歩行者や自転車もある。

でも、通行止めのように、通行者との会話の必要はないし、私的には得意業務。

有り難い!

日々、素直に生きて、困ったとき他人(観音様=お釈迦様)に頼る。

素直(これ難しいかもしれないけど)に生きていれば、周の人は観音様だらけだ。

日々の言動は、きっと明日に繋がる。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さて、4年後は?

2021年09月05日 | PC弄りの日々

Windows11にグレードアップできるPCの機種などが発表され、このところWindows11関連の話題を多く目にする。

一方で、話題性としては地味ではあるけれど、Googleさんが『パソコン版ドライブ(Drive for desktop)』をリリースし、アカウントの切り替えを進めている。

Androidスマホを持つまでは、MSさん専門だった私も、ここ数年ですっかりGoogleさんに取り込まれ、『クラウド版のGoogleドライブ(バックアップと同期)』を使ってきた関係で、PCへのアプリのインストールとアカウントの切り替えをおこなった。

参考:パソコン版 Google ドライブのスタートガイド
https://support.google.com/a/users/answer/9965580?hl=ja

インストールを行うと、Desktopに、MS Officeとも互換性のある「Google Docs(ワープロ)」「Google Sheets(表計算)」「Google Slides(プレゼン)」のショートカットが作成される。

ブラウザのChromeがあって、この3つのアプリがあれば、日常使いには十分である。

作ったデータは、Google Driveに保存するか、PC内の特定のフォルダのデータ(オフラインでも使える)とGoogle Driveをミラーリングしてバックアップするか、使いやすい方を選択できる。

これって?と考えた。

Windows PCのChrome book化では?

『パソコン版ドライブ(Drive for desktop)』を使い、馴染むことは、Chrome OSのお試しであり、刷り込みである。

今回、Windows11に乗り換えられない古いPCのWindows10は、あと4年くらいはMSさんのサポートが続くようだけれど、さて4年後は?と思う。

Chrome OS PCは、安価で、起動もはやい。
安価で、使い勝手の良いAndroid スマホとの連携もよい。

『パソコン版ドライブ(Drive for desktop)』により、Chrome OSでも十分だと納得できれば、Windows10 PCから、Chrome OS PCへの買い替えがそうとう進むのではないだろうか。

それほどお金も使わす、先を見越したなかなかよい戦略であると思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Full Vaccinated

2021年09月04日 | 日記

本日、新型コロナワクチン2回め接種が終わった。

かかりつけのドクターのところではなかなか予約がとれず、行政の行う集団接種の情報は未定で入らず、面倒だからやったことにして、結了!とも思ったのだけれど、ワクチン接種は、自分を守るためよりも、自分がコロナにかかったことを知らずにたくさんの人達に広めてしまうことを防止する手段だと考え直した。

老眼鏡をひっぱりだし、PCで、細かい文字の書かれた予約サイトにようやくログインし、隣街の病院で予約がとれ、今日に至った。

1回目のときも、肩、腕の痛みなど副反応が出たが、2回めの方が強いという。
今日、明日、明後日は予定を入れず、休養予定。

痛いのはいやだ、軽く済むといい。

そして、2週間後には、新型コロナへの抗体ができる。

この状態を、Full Vaccinatedというらしい。

ラジオの新型コロナの話題の中で、「フルチン」という言葉を聞いた。

昭和人の私の「フルチン」のイメージは、「相撲取りスポンポンで、マワシも落ちた状態(下半身が生まれたままの状態)」である。

そこで、調べて分かったのが、標題にも使ったFull Vaccinatedという言葉。

この「フル」と「ワクチンを接種した」という動詞の「チン」をとったものらしい。

言葉は、時代とともに変わっていくものだから、容認するしかないのだろうけれど、昨今は訳のわからない略語のような言葉がほんとうに多い。

そういう言葉のいくつかをジジイの自分も知らず知らず使っていたりするわけだけれど、「フルチン」という言葉に、固定的なイメージを持っている自分としては、これはちょっとなぁと感じ、苦笑いだった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする