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インド洋大津波から12年 日本の故事に防災学ぶ

2016-12-11 07:30:00 | 報道/ニュース

11月17日 国際報道2016


インドネシアのアチェ州は12年前
スマトラ島沖地震の後に発生したインド洋大津波で16万人以上という膨大な犠牲を出した。
バンダアチェ市内にある津波博物館。
インド洋大津波の記憶を後世に伝えようと2009年に開館した。
館内には巨大津波で被災した品々が多数展示されている。
新たに設けられたのは
日本の「稲村の火」を公開するコーナーである。
「稲村の火」とは
1854年 安政南海沖地震が起きた際
潮が引いていくのを見て津波の襲来を予想した商人 濱口梧陵(ごりょう)が
刈り取ったばかりの自分の稲の束に火をつけて村人に危険を知らせ
多くの命を救った
という話である。
(訪問者)
「津波の兆候がどんなものか初めて知りました。」
このコーナーの設立にかかわったムザイリン・アファンさん。
ムザイリンさんは地元の大学で津波防災の研究をしている。
日本の研究者との交流の中で「稲村の火」の話を知り
自己犠牲と他人への思いやりの精神に心を打たれたと言う。
(ムザイリン・アファンさん)
「自らの財産を燃やしてまで 
 多くの人を救ったことに感動しました。」
ムザイリンさんが防災の研究を始めたのは自身の苦い経験がきっかけだった。
両親と兄弟 合わせて8人をのみ込んでいく津波を前になすすべがなかったのである。
(ムザイリン・アファンさん)
「津波のことを知らず
 何が起きるのか予測もできませんでした。
 『逃げろ』と言えば逃げる時間もあったはずなのに。
 家族を救えなかったことを悔やんでいます。」
復興が進むアチェでは住宅や道路が整備され
人口も増え始めている。
しかし新しく移り住んだ人や子どもたちは津波の恐ろしさを知らない。
(住民)
「そんなに頻繁には起きないでしょう。」
「防災訓練に参加したことはありません。
 津波はもう来ないと思っています。」
二度と同じ悲劇を繰り返したくない。
ムザイリンさんは大学の授業でも「稲村の火」の物語を教材に使っている。
(ムザイリン・アファンさん)
「地震が起きたら
 高台に避難して命を守るよう子どもたちに意識付けるには
 どんな方法が効果的でしょう?」
この日の授業では
津波を知らない子どもたちにどうやって非難の仕方を教えるのかを考えた。
そして子どもが口ずさめるよう「稲村の火」を題材にした歌を作った。
(学生)
「どんな旋律なら子どもが覚えやすいでしょうか。」
「ドラえもんは?」
「え~ドラえもん?」
(学生)
「この歴史から教訓を学ぶことができます。
 後世に残すべき話です。」
ムザイリンさんは学生たちを連れて地元の小学校を訪ねた。
そこで歌を子どもたちに歌ってもらった。
もし海面が下がったら
高台に逃げて
津波の日に思い出して
濱口梧陵のお話を
(生徒)
「どうすれば津波から身を守れるか
 わかる歌でした。」
「歌だとわかりやすかった。
 高台に逃げて家族を守ります。」
(ムザイリン・アファンさん)
「“稲村の火”は人々を救っただけでなく
 災害時の被害を抑えるという教えです。
 私たちも濱口梧陵の行動を共有していきたいです。」
ムザイリンさんは
今後 州政府とも連携して
歌やセミナーなどを通じてインドネシア各地に「稲村の火」の教訓を伝えたい
と話している。
同時に
大津波を経験した人たちの証言記録を集め
博物館で誰もが疑似体験できるようにして
津波の記憶を残していきたいということである。

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