
晴海通りの「築地六丁目交差点」から南側へ向かって伸びている道路を散策していきます。この道路には名前がついていないので、波除神社の前を通る通りと呼ぶことにします。

築地場外市場のエリアの東側を通っているこの通りですが、晴海通りと築地市場の「海幸橋門」とを結ぶルートになっているので、車の交通量が非常に多かったです。

南側へ向かって歩くと「波除稲荷神社」の敷地前にやってきました。築地場外市場の区画の南東角に位置している交差点の全景を撮影しました。

築地場外市場の区画の南側を通っている「波除通り」の全景を撮影しました。この波除通り沿いも、築地場外市場の建物群が建ち並んでいます。

築地市場の北側一帯に広がっている「築地場外市場」ですが、豊洲新市場への移転後も、この場外市場だけは存続されることになります。

波除稲荷神社前からさらに南側へ向かうと築地市場の「海幸橋門」に行きつくことができます。その手前側には「海幸橋」の跡地が広がっています。もともとこの場所には橋が架かっていたのですが、1994年に埋め立てられました。

海幸橋跡地前から波除稲荷神社の敷地の全景を撮影しました。太古の昔はこの場所は海だったのですが、江戸時代の明暦の大火後に埋め立て工事が行われて現在の築地地区が誕生しました。

荒波の影響で工事は難航します。その最中のある晩、光を放ち漂う御神体が見つかり、万治2年(1659年)に現在地に社殿を建て祀りました。その後、波が収まり工事が順調に進んだことから、以降厄除けの神様として信仰を集めることとなりました。

築地市場や築地場外市場と並んで、この波除稲荷神社も観光名所の一つになっていました。

波除神社の境内を散策していきます。境内の中央部には「本殿」の建物が建っていて、現在の本殿は1937年(昭和12年)にできたもので、地元では「波除様」と呼ばれています。

築地市場のすぐそばに整備されている神社らしく、境内には玉子塚や海老塚、すし塚などの海産物を祀ったものが多く並んでいます。左側に写っているのは厚焼き玉子を作る業者の人たちによって造られた「玉子塚」です。

「すし塚」「海老塚」を撮影しました。他に蛤(はまぐり)石や活魚塚、鮟鱇(あんこう)塚などが整備されています。

境内や周辺は、多くの観光客の人たちで賑わっていました。

波除稲荷神社の敷地そばには「海幸橋」の親柱が整備されています。築地川東支川は1994年に埋め立てられ、海幸橋の鉄橋自体は2002年3月に解体され、橋の親柱が残されています。

築地川東支川を埋め立てた場所に建設中だった、築地場外市場の新施設「築地魚河岸」の建物群を撮影しました。2016年10月14日に開業予定となっています。
