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梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

国旗と国家とアイディンティティ

2012-06-07 13:10:33 | 雑記
前に「アメリカのアイディンティティ」と言う話を書いたことがある、この話題は色んなブログが有ってそれぞれ面白く読ませてもらったし未だに検索されている様だ、
実は自分がこのテーマを考えたのは少し屈折していた、元々は「我々日本人のアイディンティティ」と言う事を考えた事が有り、「自己確立」の中で国家と言う物が今の日本人にとってどう言うものになっているのかと言う事を考え国家の成り立ちや日本国民、或いは日本と言う社会を考えてみた。
殆どの人は普段自分が日本人であると言う事なぞ自覚することは無いとは思う、しかし自分を提議する時に一番基本的なファクターとして「日本人」と言う部分は真っ先に来るのではないだろうか
此れは日本だけではなく世界中で文化を営む人の殆どはそうではかと思う
哲学的な自己認識は其れとは別に存在するだろうが「帰属する国家」は国際法以前に自己確立に必要なものではないのかと思っていた、
国家は個人の集まりで出来ているのだが其れは人種であったり、エリアであったり、宗教で有ったりしている、多くの国家はこのファクターで統一されていると言えるだろう、
特に日本は宗教を除いて単一民族国家であり所謂「島国」の為にエリアもかなりはっきりしている、宗教に関しては世界4大宗教の様なカテゴリーではなく(当然日本人の多くはこのどれかに属してはいるのだが)精神的な「日本人宗」みたいな物がある様な気がするので他の国の様に「国家宗教」の様な物は無い、
永い鎖国のせいで国際的な「国家アイディンティティ」の様なものも若干他の国とは違うかも知れない、
何故こんな事を考えるのかと言うと何度も繰り返し報道される「国歌斉唱、国旗掲揚」問題のからである、
「日の丸と君が代は戦争の記憶が有るので」から「日の丸と君が代は又日本を戦争に駆り立てる」になり更には「国旗や国家は帝国主義の象徴だから不要であると言った論調まである、
此処に至った発言者に「彼方は何人でしょうか?」と聴いてみたいのだ、無論日本国を構成するのに「国旗と国家が絶対に必要だ」と言う論拠は無い、しかし国家と言う組織に帰属し税金や法律以前に群れの結び付きの精神的な拠り所として国旗と国歌は有効で有ると言う事は国連でも国際法でも「国を表記する国旗を掲げる」事は決められている事からも解る、
民族としての象徴が「不要だ」と言う方々にとって「国家」と言うものは一体どう言うものなんだろうかと思う、
「愛国心」と言うものが「他国を排除する、或いは他国を併呑する」と全く違うのだと言う事は少し冷静に考えれば解ることだと思う、マクロで言えば家族愛が友人を排除する事に葉なら無いと言う事と原則同じ事なのだ、
彼らの考えが普遍的良識だと思うならもっと冷静に話し合う事は出来ないのか、話し合う前に実力行使では彼らの多くは教師だけにその結果がこの怠惰な若者文化の一因だとしたらその方が恐ろしい