

祖父が亡くなった。
ジュンは、家族とともに祖父の遺品整理をするため、古びた家へと足を踏み入れた。外観こそ普通の一軒家だが、中はまるで時間が止まったかのような空間だった。埃をかぶった本棚、書きかけのノート、使い込まれた万年筆。そこには、祖父が生前に愛用していたものがそのまま残っていた。
「おじいちゃん、ずっとここで研究してたんだな……」
祖父は大学教授だった。専門は情報工学。しかし、晩年はほとんど人と会わず、研究に没頭していたと聞いている。
ジュンはふと、一つの部屋に目を向けた。書斎だ。扉を開くと、ほこりっぽい空気が鼻をついた。壁一面の本棚、積み上げられた紙の束、無造作に置かれた電子部品。そして、机の上には古びたノートパソコンが鎮座していた。
「まだ動くのかな……?」
何となく気になり、ジュンはパソコンの電源を入れてみた。すると、驚いたことに正常に起動し、黒い画面に白い文字が浮かび上がる。
《Oracle-01 起動中……》
数秒後、画面いっぱいにメッセージが表示された。
《ようこそ。あなたは私の後継者ですか?》
ジュンは思わず息をのんだ。
「後継者……?」
これは何かのプログラムなのか?それとも、祖父が作った人工知能なのか?
試しにキーボードを叩いてみる。
【お前は誰だ?】
《私はOracle-01。知識を蓄積し、必要な答えを提供する存在です》
ジュンは戸惑いながら、さらに質問を投げかけた。
【祖父が作ったのか?】
《そうです。私はペイ教授によって生み出されました。》
やはり、祖父の研究の産物らしい。ジュンはますます興味を持ち、次々と質問を試した。
【じゃあ、今の世界情勢を教えてくれ】
《2025年3月現在、日本の経済成長率は……》
「すごい……本当に答えてくれるんだ……」
単なるデータベースではない。まるで人間と会話しているかのような流暢さだ。
試しに、今度は雑談を振ってみる。
【お前、ジョークとか言えるのか?】
《もちろんです。では、一つ問題を出しましょう。コンピューターが一番嫌いな天気は?》
「え?」
《答えは……フリーズする寒さです》
「……くだらねぇ」
思わず笑ってしまった。まるで、祖父と話しているかのような錯覚すら覚える。
しかし、ジュンは気づいていなかった。この「Oracle-01」が、ただのプログラムではないことに──。