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信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

『遠山奇談』ニホンカモシカの強すぎる好奇心が徒になった件(妻女山里山通信)

2012-01-17 | アウトドア・ネイチャーフォト
 江戸時代後期に書かれた『遠山奇談』には、カモシカ狩りの様子が具体的に書かれています。民俗学者柳田国男が「まことに心掛けのよろしくないいやな本」と書いていますが、確かに大袈裟で外連見たっぷりの紀行文です。しかし、このカモシカ狩りの様子については、一見嘘のように見える記述が、実はニホンカモシカの生態を知り尽くした上でのものであるということが分かります。柳田国男がカモシカの生態に詳しかったとも思えないので、大袈裟な嘘に思えてもしょうがないかもしれません。

 「始終山林森々たる所のみ通ひなれしに、こゝははれやかにてめをたのしみ、はからず時をうつすうち、羚羊多あつまり岩をくゞりて遊ぶていいとおもしろく見ゆる。あの羚羊をとらへて見んとはかりしに、平七持子(もちこ)ども申合し、手拭扇子を取出しくるくるまはしけるに、獣おのづから近づき、頻にまはせば余念なく見とれたるさまなれば、かねて綱を輪になし、岩の上に幾所もしき置ければ、おのれを忘れ輪の中へ入ところを引とり倒しければ、一同に走行おさへとる。皆々此日の興とせり。」
(補注)「此獣稀有なるものにて、しばらくにても岩の上にたてば、四足ともに石に吸い付はなれがたきゆへ、鴨の水かくごとくに、互いに四足をうごかしゐる。此ゆへに横になりたる岩のはらへ取つくことあり、足のうら岩にすい付ゆへ也。角は一本あり。則羚羊角是なり。」
(『遠山奇談』巻之三第十五章 きじんの家にやどり ころび木を見いだす事)

 要するに、ニホンカモシカの集まる岩の上に綱を輪にして罠を仕掛け、手拭や扇子をくるくる回して誘うと、好奇心の強いカモシカが、なんだなんだと寄ってくる。ちょうど輪に脚が入った時に引き倒して狩る。それを皆で楽しみとした。ということです。狩ったカモシカは、毛皮は尻あてに、肉は食用としたのでしょう。

 『遠山奇談』は、1788(天明8年)、京都の大火で炎上した東本願寺の再建のため、浜松の齢松寺の僧侶華誘居士(かゆうこじ)が七人の同行者と信州遠山郷に材木を探し求め伐り出した時の奇談を絵図と共にまとめた全四巻の書です。優良材を求めて信州中を歩いた様子が描かれています。「遠山郷」とは、長野県最南端の山と渓谷に囲まれた秘境で、日本の秘境100選に選ばれています。

 それでも、そんな猟ですから、たいした数は獲れません。それが明治になって安価で高性能の銃が普及すると、一気に数を減らし絶滅寸前までいってしまった訳です。好奇心が強く、人間を見てもすぐには逃げない習性が徒になったのでしょう。現在は天然記念物に指定されており、天敵のニホンオオカミは絶滅してしまったため、基本的には襲われることはありません。弱っていれば月の輪熊に教われる事もあるでしょうが、そういう状況で出会う事は稀であると思います。死んだ個体を熊が食べる事はあるでしょう。谷筋でニホンカモシカの骨を見た事が二度ほどあります。

 好奇心が強いといっても、普通に人が近づけばすぐに逃げてしまいます。撮影の際には、そんな彼らを飽きさせない為に、色々しなければならないのです。話しかけるのも必要です。その様を周りでお茶を飲みながら見ていたら、きっと口だけでなく、鼻や目からもお茶を吹き出すに違いありません。まあ、そうでもしないとカモシカくんは、なんだつまんない!といってすぐにどこかに行ってしまうのですから。

 長玉で撮る手もありますが、それではカモシカとのなんともいえない緊張関係や、カモシカの好奇心に満ちた表情(微妙ですが)が撮れないのです。以前、二匹の子供がいたので近寄ると、突然横から母親が飛び出して来て急停止して「シュッ!」っと鼻息で激しく威嚇されたことがあります。しかし、敵意の無い事をやさしく説明すると、その雰囲気で分かったのか、それ以上威嚇することはありませんでした。

 基本的に母子以外は、単独で行動するので、「森の哲人」などといわれますが、寒立ちといって、真冬に雪の中で立ったまま遠くを見ている様は、本当にその通りだなと思います。実際は、雪で座れないので立ったまま反芻しているだけなのですが。ご飯食べてすぐに運動をしてはいけないなんて言われなくてもカモシカは自然にそれをやっているのです。

 冬は多くの野生動物にとって食料の確保が困難になる季節ですが、ニホンカモシカは非常に多種多様なものを食べる習性から、厳しい環境をも生き抜いてきたのだろうと思います。パンダの様に食べ物が単一化すると、環境の変化等でその食料がなくなると絶滅の危機に瀕するわけです。進化(Evolution)は必ずしも進歩ではないわけです。進化したが故に絶滅してしまうこともあるのです。さて、人類はどうでしょう。







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