雨上がりの鏡台山の登山道で見つけた黄色い物体。緑のトンネルの下で雨露に濡れたその黄色い塔は、木漏れ日を浴びながらてらてらと光っていました。下からマクロ撮影をすると、まるでスペイン、カタルーニャ出身の建築家、アントニオ・ガウディの塔のようです。大きそうに見えますが、マクロで3センチまで寄っているため、実際は横にのびた小枝の太さが5、6ミリぐらいしかありません。鮮やかな山吹色ですが、足下を注意して見ていないと気がつくこともない大きさです。
この黄色いアメーバ状の物体は、変形菌、または粘菌と呼ばれる動物と植物の中間的な存在の生物です。変形菌は、動物の様に体を変形させて移動したり大きくなりながら、キノコの様に胞子を飛ばして増える生物です。菌類に似ていますが、菌類とは異なりセルロースからなる細胞壁を作ります。しかも単細胞生物。その歴史は人類よりもはるかに古く、森の倒木や切り株、落ち葉や枯れ草などに棲み、それらを腐らせる微生物を食料とします。学校の授業でもほとんど取り上げられることもなく、知らない人が多いと思いますが、深山だけでなく公園や庭など、どこにでもいる極ありふれた生物です。気がつかないだけなのです。この粘菌は、脳も神経もないのに迷路を抜けられるのです。以前紹介しましたが、この研究成果で北大の中垣准教授のチームが、イグ・ノーベル賞を受賞したのです。
そんな変形菌ですから、これに注目する人も変わり者が多いのは当然かもしれません。その筆頭は、日本の変形菌研究の先駆者ともいえる南方熊楠(みなかたくまぐす)でしょう。熊楠は、日本の近代民俗学の先駆者であると同時に、隠花植物の先駆的な研究者でもあります。八歳の時に『和漢三才図絵』などを筆写。十三歳の時に『動物学』の冊子を制作したのですから普通ではありません。十七歳で、超難関の 大学予備門(現・東京大学)に入学。同窓生には夏目漱石、正岡子規などがいたのですが、自分の研究に没頭するあまり落第して中退。米国に留学。後に渡英して大英博物館で学びます。並外れて記憶力がよく、「歩く百科事典」と呼ばれたそうです。
多汗症でいつもふんどし姿だったとか、猫好きでいつも汚い猫を拾ってきたとか、反吐を自在に吐く事ができたとか、中米ではサーカス団に入っていたとか、晩婚で子供ももうけ子煩悩だったそうですが実は少年愛の人だったとか、なかなかの変人ぶりですが、昭和天皇に変形菌標本をキャラメルの大箱に入れて進献し、天皇の変形菌採取の案内をし、御前講話も行っています。森羅万象の探求者として多大な功績と研究成果を残しています。また、当時専門家でも気づいていなかった神社合祀への危険性を唱え、神社を中心とする多神教の風土こそ、日本人の情緒の基層をなすものであるとして反対運動を起こしました。しかし、結局この愚策により、村の生活に密着した氏神や産土神への信仰の母体となっていた全国の神社は十九万社から一万七千にまで減少、貴重な鎮守の森や文化遺産の多くが、その歴史とともに消滅しました。詳しくは、『南方二書』で検索を!
現在朝ドラで人気の水木しげるが、南方熊楠の飼い猫の猫楠の視点で描いた漫画『猫楠』は、超おすすめです。
数年前に国立科学博物館で、南方熊楠展が開かれたときに息子と行きましたが、地味な企画展にしてはたくさんの来場者があり、変形菌マニアも結構いるのだなと思いました。科博には、変形菌の立体模型もあり、非常に楽しいところです。ちょうど変形菌のモジホコリを、飼育セットもついてお土産に配布するというコーナーがあり、いただいてきました。もじたろうと命名して飼育したものがこちらリンクの写真です。餌はオートミールです。モジホコリは、変形菌の中で唯一飼育方法が確立しているもので、学校や研究機関など各方面で利用されています。
そこで今回の変形菌ですが、モジホコリ科のキフシススホコリといいます。写真のものは変形体で、胞子を飛ばす子実体になるべく餌が多い切り株の隙間や枯れ葉の下から這い出て、ひたすら胞子を遠くへ飛ばせる高い方へと成長しているところです。雨上がりの日差しなどの刺激によって変身が始まるようです。この変形体というのは、億単位の核がありながら単細胞生物なのです。所々に盛り上がった節ができるのが特徴ですが、これもなるべく遠くへ胞子を飛ばすためだとか。このキフシススホコリは、子実体になると石灰質を排出して結晶化し子のう壁に沈着しスポンジ状の形になります。
変形菌は、餌があれば、餌に近い部分が口になり餌を取り込みます。また、体中が生殖器にもなります。世界には約800種類の変形菌が発見されていますが、まだまだ未知のものが森やジャングルに隠れているかもしれません。変形菌を見たいと思ったら夏の雨上がりの森の倒木や切り株を探すといいでしょう。深山でなくても、雑木林や公園、ときには人家の庭や道ばたにもでます。虫眼鏡を持って注意深く探すときっと見つかります。
その昔、秦の始皇帝はが不老不死の食べ物として「大歳(たいさい)」を探し求めたといわれています。「肉霊芝」ともいわれるそれは、地中にある数十キロにもなるブヨブヨとした固まりで、古代切っても切っても減らない肉塊として食べられていたとか。中国では、何度か発見されていて研究もされているようです。その「肉霊芝」は薔薇のような芳香を持ち、肉のような食感だといいますが、変形菌ではないかといわれています。日本の山にも埋もれているかもしれません。
★変形菌(粘菌)の写真は、【MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery】の変形菌(粘菌)1.2.3をご覧ください。変形菌を食べる昆虫。変形菌が宇宙の侵略者と間違えられた。変形菌は食料になるかなどキャプションも色々。スーパーマクロでしか見えない地球のもうひとつの姿が見られます。ウーン、カワイイと思ったらあなたも変形菌の虜になったということです。さらに専門的には、京大の細胞性粘菌グループのサイトがおすすめ。特にムービーは見飽きません。
★以前日本テレビ『DASH村』で粘菌の解説に、故樋口源一郎監督のムービーと共に私の撮影した粘菌の写真が使われたことがあります。また、ソフトバンクから出版された『カラー図解でわかる 光と色のしくみ』という新書に写真が4枚掲載されました。山梨県小菅村の牛ノ寝通りで撮影したススホコリ、タマツノホコリ、ムラサキホコリ、コマメホコリが載っています。
妻女山の変形菌1
妻女山の変形菌2