弟子たちの間で、自分たちのうちだれがいちばん偉いかという議論が起きた。イエスは彼らの心の内を見抜き、一人の子供の手を取り、御自分のそばに立たせて、言われた。「わたしの名のためにこの子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。」
(「ルカによる福音書」9.46-48)
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ジョバンニは、ああ、と深く息しました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」
「うん。僕だってそうだ」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」ジョバンニが言いました。
「僕わからない」カムパネルラがぼんやり言いました。
(「銀河鉄道の夜」宮沢賢治)
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ある休日のひととき、午後のお茶を飲みながら、ジュディスは夫クリスと議論しました。
「…つまりは、こういう意味ね。人間はみな、お金だとか地位だとか名誉だとかで、とにかく偉くなりたがるけど、それはみんな、自分には何もないと思ってるからよ。何か、他人に見せつけられるものを持っていないと、自分がいないみたいで、不安でしょうがないんだわ」
すると夫のクリスがすぐに言いました。
「なるほど、それが今回の君の作品のテーマだね。でもそれは、君の敬愛するアントワーヌが、もうすでに書いてるよ。うぬぼれ屋だとか、実業家だとか」
「これが、人間の永遠のテーマってものなのよ。名刺がなけりゃ自信がない人に、それらしいこと言ってかっこつけてほしくなんかないわ。人間はね、何にもなくても、自分がいるだけで、なんでも持ってるの。それが本当の幸せなのよ。わかるわけないでしょうけど、あんたに」
クリスは、口をつけかけたお茶を吹き出しそうになり、あっけにとられて妻の顔を見返し、笑い顔を固まらせたまま、しばし何を言うこともできませんでした。
(「幸」月の世の物語・別章)
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以上、あとがきに変えて。別章はいかがでしたか?
物語を書くのは、本当に楽しかったです。しばらくは、余韻にひたりつつ。