世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

要求③

2018-05-31 04:12:50 | 風紋


アシメックはまたしばし黙った。彼の脳裏の中では、青い空が広がり、その中で一羽の鷲が舞っていた。彼の心はまさにその状態だった。何かに取りすがろうにも、何も見えない。

今まで、まずい、と思うことは何度かあった。そのときは、神の教えを思い出して、正しいと思う方を選んだ。そうすれば必ずうまくいった。ならば、どうすればいい。今このとき、どうすればいい。神は何を教えてくれた。

正しきものついには勝たむ。

正しいことは何だ。お詫びだと言ってまた何かを持っていけば、余計に悪いことになるだろう。どうすれば、ヤルスベとの関係を元に戻せるのか。

「ゴリンゴと話をする」

アシメックは言った。それしかない。とにかく今できることは、それだけだ。

寄り合いが終わると、アシメックは早速楽師たちのところに行き、川岸で歌を歌ってくれるように頼んだ。お互いに行き来するときは、川岸で歌を歌って事前にそれを向こうに知らせる習わしになっていた。だが、カシワナの楽師たちがその準備をしている最中に、ヤルスベ側から歌が聞こえてきた。

明日いく
明日いく
ゴリンゴがいく
準備して待て

知らせを受けたアシメックが慌ててケセン川の岸に行くと、向こう岸でヤルスベの楽師たちが丸太をたたきながら繰り返し歌を歌っていた。聞いたこともないような調子だ。ヤルスベの歌は、カシワナ族の歌とは少し違うが、リズムの軽い、聞いておもしろいものだった。それなのに今聞いている歌は、まるで歌とも思えないような歌だ。低いところで抑揚のない音階を繰り返している。まるで怒った時の獣のうめきのようだった。




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要求②

2018-05-30 04:12:49 | 風紋


だが、人間の感情というのはどうしようもない。神の教えがあるから、表向きはおとなしくしているのだろうが、見えないところで何かがくすぶっているような気がする。

「ゴリンゴは怒っているのか」
セムドがダヴィルに聞いた。ダヴィルは大仰にため息をついて、言った。
「もちろん。そうきついことは言わないがね。態度が冷たい。オラブがあんなことをしなければ、あの女もいい女になったかもしれないんだ」

アシメックは苦いものを噛むように顔をゆがめた。なんとかしなければならないという思いはあったが、雲行きはどんどん怪しくなっていた。ケセン川でも漁師同士の小さな小競り合いが頻発している。大きなケンカに発展しないよう互いにバランスはとっているが、それもいつ破たんするかわからない。

「どうする、アシメック」
ダヴィルがアシメックを見て言った。アシメックは目だけを動かしてダヴィルを見た。場に沈黙が流れた。みなの目がアシメック集中する。しばらく奥歯を噛んだあと、アシメックは口を開いた。

「ミコルの占いでも、何にも出ない。神は何も言ってくれない」

「そうなのか」

「そうだ」

役男たちは息を飲んだ。神が何も言ってくれないということは、よほど大変なことなのだ。村に何か嫌なことが起きたときは、今までなら巫医を通して神が必ず何かを言ってくれていた。




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要求①

2018-05-29 04:43:18 | 風紋


その年の春、アシメックは例年参加している鹿狩りに参加しなかった。歌垣の楽師役もほかのやつにたのんだ。そのことに、村のみんなも不安を感じ始めていた。オラブのことが原因で起こった、ヤルスベ族との間の険悪な雰囲気は、日に日に濃くなっていた。

「もともと、評判のよくない女ではあったらしいんだ」
歌垣が終わって数日の後、アシメックの家に役男が集まって話し合った。ダヴィルの報告を聞くためだ。ダヴィルはヤルスベとの付き合いが深かった。だからヤルスベに行って、つてを頼っていろいろと調べてきたのだ。

「向こうの知り合いに、いろいろ話を聞いてみた。あの女、まだ若いんだがね、言いがかりをつけて無理矢理人のものを奪うなんてこともしたことがあるらしい」
ダヴィルは言った。アシメックは囲炉裏を見ながら、苦い顔をした。

「あれから何度かお詫びの品を届けに行っただろう。あれで味をしめたらしいんだ。わざと怪我をして、人のせいにして、お詫びの品をせびるなんてことをやってるんだと。それでヤルスベ族は困ってるそうだ」
場からため息がもれた。役男たちは呆れた顔を見かわした。膝を打って嘆くものもいた。

「オラブのやつめ! なんてことをしてくれた!」
「どうする。こんなことになったのもカシワナのせいだって、ヤルスベ族の人間は言ってる」
「まずいな。鉄のナイフがもらえなくなるかもしれない」

役男たちは口々に言いあった。アシメックは目を閉じ、考え込んだ。先祖の知恵やカシワナカの教えの中に答えを探そうとした。だが何も見つからない。ヤルスベ族との間の感情が、こんなに険悪になってきたのは初めてだ。今までにも、何度かケンカじみたことはあったが、なんとかうまく行っていた。神の名前は違うが、どちらの部族の神も、みだらにケンカをしてはいけないと教えていたのだ。




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イメージ・ギャラリー⑳

2018-05-28 04:12:43 | 風紋


Jeremy Winborg

モラのイメージです。
太古の時代は、こんな年でも子供を生んでいることは珍しくありませんでした。
女性はたくましく子供を生んで育てていました。
男性が協力してくれることはほとんどなかった。
ネオのような男は、実に珍しかったのです。





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テコラ誕生⑧

2018-05-27 04:12:56 | 風紋


冬は乗り越えた。もうすぐまた鹿狩りの季節が来る。キルアンがいなくなったからそれは幾分楽になるだろう。しかし、アシメックの胸からは不安が去らなかった。

オラブが残した遺恨が、ヤルスベ族の人間の目を暗くしていた。ケセン川でも、漁師たちが陰険な目を交わしているという。

何かが起こる気がする。それは何なのか。

狩人組がイタカにいき、鹿を七頭も仕留めたころのことだった。アシメックは漁師から噂を聞いた。

オラブが怪我をさせた女が、働かなくなっているらしいということを。





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テコラ誕生⑦

2018-05-26 04:13:15 | 風紋


「わかった。弓の作り方くらいなら、教えてやる」
「ほんと?」
ネオは目を見開いて、サリクを見た。
「狩人組に入りたいなら、弓の作り方は基本中の基本だからな。今から覚えておいて損はない。入れなくても弓作りで協力できる」
「うん、うん!」

ネオは飛びつくようにその話に乗った。

ネオがサリクに習って、弓作りを熱心に覚えている話は、アシメックの耳にも入った。大人の男になりたくて、うずうずしているらしい、と、ある日シュコックがおもしろそうに彼に話したのだ。

「狩人組には入れそうか」
アシメックも笑いながら言った。
「サリクに言われて、見てはみたんだがね、ないとは言い切れない。もう少ししたら体が伸びてくる。骨組みなんか見ると、それなりに大きくなりそうな感じはするよ」
「シュコックがそう予想するなら、見込みはあるんだろう」

アシメックは、ネオの姿を思い出しながら言った。確かに、まだ細いが、何かものになりそうな雰囲気はする。おもしろいやつだ、とアシメックは思った。何かになりそうな気がする。注意して見ていこう。将来的に、何かがあるかもしれない。

族長というものは、男というものを常に見ていなければならない。村を守り、何とかしていけそうないい男がいれば、子供の時から押さえておかねばならない。アシメックもまたそうだった。前の前の族長は、アシメックが十五になる前から、いずれこいつは族長になると思っていたらしい。そういうことを思わせる何かが、アシメックにはあったのだ。

族長は村を守らねばならない。村のみんなの幸せを、守らねばならない。




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テコラ誕生⑥

2018-05-25 06:29:13 | 風紋


「サリク、おれ、子供ができたんだ!」
「ああ、生まれたのか」
サリクはいきなり飛び込んできたネオに、少し驚きながらも、快く迎えた。そして喜んでお祝いの言葉を言ってやった。自分に子供ができることは、男にとってもいいことなのだ。ちゃんとしたいい男であることの証明になる。

「男か、女か?」
「女! テコラっていうのさ、かわいいんだよ!」
「そりゃ、赤ん坊はかわいいさ。おれも妹ができたときは、よく抱いてあやしてたよ」

目を輝かせながらいうネオの顔を、笑って見返しながら、サリクは言った。よほど子供ができたことがうれしいらしい。

「ねえサリク、おれを狩人組に入れてよ」
「おいおい」
突然ネオが言うので、サリクは苦笑した。

「狩人やりたいんだ。おれ、いい仕事して、テコラにいいものやりたいんだ」
「まだ早いよ。十二になったばかりだろう。狩人組は十七くらいにならないと入れない。それも、体の大きなやつだけだ」
「おれ、でかくなる、必ず! だからシュコックになんとか言ってくれよ」
「わかった。なんとなく話しといてやるよ。でもすぐには無理だぞ。狩人組は厳しいんだ」

サリクは言ったが、ネオはまだ納得しかねるようだった。何かをしたくてうずうずしているらしい。子供が生まれて、親になったからには、もっとすごいことがしたい、なんてことを考えているのが、目を見たらわかる。男はこういう目をすることがある。サリクも男だからそれはわかる。でもネオはまだ十二だった。歌垣には出られるが、大人の男に入るにはまだ早い。

しかし悔しそうな顔をしているネオを、そのまま突き放すこともサリクにはできなかった。釣りだけでは満足できないのだろう。少し考えたあと、サリクは言った。




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テコラ誕生⑤

2018-05-24 04:12:44 | 風紋


家ではソミナがコルの腰布を換えてやっていた。小便で汚したという。ソミナはこのところコルに夢中だ。世話をしたくてしょうがないのだ。小便で汚れた腰布でさえ、うれしげにつまんで、いそいそと洗いにいく。アシメックはそんなソミナの様子を満足そうに見た。妹が幸せになっていくのは、彼の悦びだった。

その幸せを阻むものは、なんとしてでも何とかせねばならない。アシメックは囲炉裏のそばに座りながら、また考え込んだ。漁場の交渉をした時の、ゴリンゴのいわくありげな目つきが思い浮かんだ。

常に不安なことはあったが、その冬は平穏に過ぎた。春の風が吹き始め、イタカにミンダが咲き始めるころ、モラは子供を生んだ。娘だった。

モラが一晩苦しんで産んでくれた娘を抱いた時、ネオは震えて涙を流した。神に出会った時でさえ、こんな目はしないだろうというほど、大きな驚きの目をした。

「これ、おれとモラのこども?」
「そうよ」

モラは寝床で疲れた目をしながら、満足そうに答えた。初めての出産は怖かったが、なんとか自分でやり終えたことが、自分でもうれしかったのだ。ネオが自分の産んだ娘を抱いて、泣いて喜んでいるのも、おもしろかった。そんな男など今まで見たことはなかったのだ。

「か、かわいいな。名前、なんてするの?」
「テコラってつけるの。わたしの好きな名前。いいでしょう」
「うん、いいよ、いいよ」

ネオは素直に喜んだ。それは「気持ちのいい香り」という意味だった。女の子らしくていい。花やおいしい食べ物の香りみたいに、きっといてくれるだけでうれしい娘になるだろう。ネオの手の中で、テコラは指を吸いながら眠っていた。小さいのに、もうまつげがある。爪も生えてる。そんなことが不思議でたまらなかった。なんていいものなんだ、これ。

ネオはテコラをモラに戻すと、飛び上がるように立ち上がり、そのまま何も言わずに家を出て行った。そして走って村を横切り、サリクの家に飛び込んだ。




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テコラ誕生④

2018-05-23 04:12:42 | 風紋


おもしろいやつだな。一度話をしてみるか。セムドが帰った後、アシメックはそう思いながら、家を出た。冬の澄んだ空が広がっている。最近やたらと、空を見る。何か不穏な空気が、村を覆っているような気がするのだ。その中で、ネオの話は妙に明るいことのような気がした。これは何かのきざしだと感じる。何のきざしだろう。

アシメックはその足で、セムドに聞いていたモラの家の前に行ってみた。突然訪ねるわけにもいかないので、外から様子を見ようと思い、しばらく家を観察していた。粗末で小さな家だ。話によると、モラという女はまだ母親と一緒に暮らしているという。兄弟はひとりいるが、まだ小さい。親は干した木の実から腹の薬を作る仕事をしている。モラはそれを手伝っている。小さい家で、家族だけでも狭いのに、ネオが転がり込んできて困っているという。

「だがそう小さくもないな。ひとりくらいはなんとかなりそうじゃないか」
アシメックは家を見ながら思った。

しばらくすると、どこからともなく細い子供が現れ、いそいそと家に入っていった。近くでアシメックが見ていることにも気づかない。手には銀色の魚を持っていた。ほう、あれがネオか、とアシメックはうなずいた。

まだ子供だが、大人のように鋭い目をしていた。十二歳になったばかりだという。それくらいならまだ親の家を離れるのは早い。だがネオは女の家に入っていくのに、まるで我が家に入っていくかのように、挨拶も遠慮もしなかった。

普通、男が女の家に入る時は、かなりおびえるものだが。もう遠い昔になってしまったが、この自分も女の家に忍んでいくときは、周りで誰かが見ていないかときょろきょろしたものだった。だがネオにはなんの迷いもない。

家の中から、ネオと女が話す声が漏れ聞こえたが、何を言っているかはわからなかった。しかし女が魚をよろこんでいるらしいことはわかった。それなりになんとかなっているようだ。アシメックはひとつ息をつくと、自分の家に戻った。




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テコラ誕生③

2018-05-22 04:12:53 | 風紋


冬は平穏に過ぎていくようで、何かが確実に変わっていた。アシメックは、ネオという子供が女の家におしかけて、一緒に住み始めたという話を聞いた。

「ほう? 女のほうは身ごもっているのか」
「歌垣で一度交渉してから、女になついちまったんだ。親が困ってるんだが、どうする?」
セムドが少し渋い顔をしながら、アシメックに相談した。男が女の家に押しかけるなどということは、これまでになかったからだ。

「女の方はどうなんだ?」
「別に痛いとは思ってないらしい。ネオは毎日魚を釣って、女にやってるんだ」
「ほう、魚が釣れるようになったのか」
「子供にしてはうまいそうだ」

アシメックはおもしろいと思いながらあごを撫でた。エルヅのことでもそうだが、彼は変わったやつというのが、けっこう好きなのだ。

「ネオの親は、戻って来いと言ってるそうだよ。女の方の親も戸惑っている。トラブルになると困るが」
「様子を見よう。誰かにそう迷惑がかかるわけでもないだろう」
その場はそれだけで終わった。




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