チェーホフ、他
ポプラ社 2008年
大みそかです。とうとう今年も終わりですね。大変な年末でしたが、皆さんはどうお過ごしでしょうか。私も今年は大変な年でした。なんとかがんばりましたが。
大晦日にまた本の紹介というのもなんですが、ほかにとくに思いつかなかったので。これは、今年の春ごろだったか、書店で一目ぼれして買った本です。
チェーホフの「かけ」から、ツルゲーネフの「片恋」まで、世界中の名作をこの一冊に凝縮してあるという感じの本です。帯には、「全一冊で読む、世界の文学」と、書いてあります。
筆者の名前だけでも並べてみますと、チェーホフ、ワイルド、シュニッツラー、トルストイ、ホフマン、ネルヴァル、ツヴァイク、シュティフター、ストリンドベルヒ、、云々かんぬんと、この本も、入院中の時間をつぶすのをずいぶんと助けてくれました。あまりに厚い本なので、逆に、こんなことでもなきゃ読破できないということもいえます。大変面白かったです。
人間たちが一体、どんなことを考え、何をしようとしてきたのか。苦悩多い頭脳の中で何を悩んできたのか。馬鹿なことや頓狂なことや、ありえないことなどを経験しつつ、何を表現しようとしてきたか。
これを機に、どれかの作家にのめりこんでいく人なんかも出るのではないのかな。中には、まるで、どこかの芸人がやりそうな、不条理コントみたいな作品もありましたよ。これが書かれた当時はともかく、今やったら、まさにそんな感じですね。時代は変わっても、人間の中にある、もやもやしたあせり、形にならない叫びをなんとかして表現しようともがいている魂の活動は変わらないのかもしれない。そんなことを考えました。
人間は馬鹿ではありません。悩んだり落ち込んだり馬鹿をやったりのたうち苦しみながらも、ちゃんと考えている。そして、何かを探そうとしている。何かを。人間たちが何を求めていたのか。何に苦しんでいたのか。それを気取ることなくそれなりにまっすぐに見据えようとしてきたものが、この時代(19世紀)ごろにはまだあったのでしょう。
現代文学ではどうなのかな。最近の純文学はなんだか頭がねじれそうで、ほとんど読んでいないのです。
それはそうと、ポプラ社さんはいい仕事をなさいますね。装丁の美しさと言い厚さと言い重さといい、宝物みたいな本です。本には、ある種、風格がなくてはね。本棚に並べてると、そこだけだれか違う人がいるみたいですよ。まあ、あなたはだれ?なんて声をかけてしまいそうな美人だ。タイトルもいい。
まるで、現代のジャータカという感じです。