世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

歌垣⑦

2017-12-31 04:13:08 | 風紋


その日は朝早くから、アシメックはイタカの野に出て、櫓に花を飾るのを手伝った。楽師の道具である丸太も運び込んだ。村の方ではみな、自分の装いに余念がなかった。

日が高くなると、セムドやダヴィルに導かれて、男と女がイタカの野に出てきた。みなきれいに着飾っている。女は花を髪に飾り、一連のビーズの首飾りをしていた。化粧は額に赤い印がついているだけだが、みなあでやかに美しく見えた。男は頬に赤く大きなしるしを描き、髪にフウロ鳥の羽を差していた。胸には二連の首飾りをつけている。中にはどうどうとした鹿皮の肩掛けをつけているものもいた。自分でとった鹿の皮はつけてもいいのだ。

みなそわそわしながら、互いを見つめあっていた。過ぎる時間が遅すぎるというように、足踏みする男もいた。女たちは首飾りをいじりながら、恥ずかしそうにしていた。

セムドが男たちを東側に集め、ダヴィルが女たちを西側に集めた。そしてみなの気持ちが高ぶってきたころ、セムドがアシメックに合図をした。するとアシメックは勢いよく丸太をたたき、リズムを打ち始めた。

うぉ、という男の声があがった。

あとは自然に任せればいい。みな意中の相手をまっしぐらに目指し、歌を歌いかけていた。

山の雪よりもきれいな女
おれの白い衣になってくれ

と誰かが歌っている。するとそれにこたえて、しばらく経ってから女が歌った。

山の雪が解ける前に
わたしをつれていっておくれ

OKだという意味だ。そうするともう、ほかの人間は何も邪魔しない。ふたりは手をつないでイタカを出ていき、どこへともなく去っていく。




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歌垣⑥

2017-12-30 04:12:41 | 風紋


アシメックは考えた。妹は今年でいくつになるだろう。確か母がソミナを産んだとき、アシメックはもう十分に大人になっていた。最後に生まれたソミナは、赤ん坊の時、とても黒くて小さい子供だった。産声も弱く、すぐ病気にかかり、これはもうだめだろうと、みなが思っていた。

だがアシメックはあきらめなかった。せっかく生まれた妹なんだ。大事にしてやりたいと言って、母よりもしげく抱き上げ、あやしてやった。母の乳の出もよかったこともあり、ほどなくソミナは回復し、順調に育っていった。

あのとき何とか生き抜いてくれた赤ん坊が、今こうして、自分の世話をしてくれている。自分のために米をついてくれたり、家の手入れをしてくれたり、こまごまと働いてくれるのだ。いい妹だ。これからも、何かと気をかけてやらねばならない。

男が寄って来なければ、子供は生めないが、一度は子供を育てさせてやりたいと、アシメックはソミナを見ながら考えた。子だくさんの女から、子供をもらえないだろうか。そうすれば、ソミナにも生き甲斐ができるだろう。いつまでも、おれが生きているわけではない。

アシメックはいろいろと子だくさんの女を思い浮かべてみた。そしてそのことを、本気で考えてみようと思った。

そうこうしているうちに、歌垣の日はやってきた。




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歌垣⑤

2017-12-29 04:13:16 | 風紋


「ウソルの邪魔だけはするなよ。やつは女には執念深いんだ。邪魔すると恨んで復讐するんだよ。聞いた話だけど、今年はコダエを狙うんだとさ。だからコダエにはいくな」
「ふうん」
「女にもな、きついやつがいるから気をつけろよ。ドルナとその妹のところには、おまえはいかないほうがいい。馬鹿にして、痛いことをやられるかもしれない」
「痛いことって?」
「男が馬鹿だと見たら、後でいろんなものを要求するんだよ」

歌垣では様々な情報が飛び交う。本番を前に、十分に調整しておく必要があった。だれがだれに歌いかけるかは、存分に話し合って決めねばならなかった。

アシメックは歌垣には参加せず、楽師の代わりに丸太をたたくことにしていた。楽師も歌垣には参加したいからだ。歌垣には音楽は欠かせないものだが、楽師だからと言って、裏方にしばりつけておくわけにもいかない。だからアシメックは家で、丸太をたたく練習をしていた。ソミナはそのそばで、少しおかし気に笑いながら、茅を織っていた。

「あにやが楽師をするなんて、少しおかしい」
ソミナは言った。
「いつものことじゃないか」
「どうしてあにやは歌垣に出ないの?」
「うん? もう年だからな」
「そんなことない。あにやは若いよ。女にも人気があるのに」
「もういいんだよ、おれは。若いやつらに花をもたせてやらんとな」

アシメックは笑いながら言った。ソミナが歌垣に出ないことには触れなかった。ソミナは醜女であることを気にしているのだ。だから歌垣に出たことはない。歌垣の日は、いつも家に閉じこもって、何かをしていた。




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歌垣④

2017-12-28 04:13:10 | 風紋


「女って、どんな感じなの?」
ネオはある日、サリクに尋ねた。あの山での一件以来、ネオはサリクの家に入り浸っていたのだ。サリクはちょっと困った顔をしながら、答えた。
「そりゃあおまえ、いいもんさ」
「どうやってやるの?」
「そりゃな……」

一応、基本的なことは教えてやる。そうするとネオは、目を真ん丸にして、しばらくだまる。女とそんなことをするなんて、信じられなかったからだ。

「心配するな。最初のうちはそんなにがんばらなくてもいいんだ。キトナとかアナエとかにしろ。やつらは小さいやつにやさしいんだ。なんでもおしえてくれる」

「ええ? おれはイディヤがいい」

それを聞いてサリクは困ったように笑った。イディヤは一番人気のある女だからだ。

「気持ちはわかるがな、イディヤはやめろ。いつも男が四人くらい集まって争うんだよ。イディヤは困って、なかなかいい男といいことになれないんだ」
「へえ、そうなの?」
「もてるのも困りものなんだ。イディヤはかわいいしおとなしいから、かなりの男が狙ってるんだよ。寸前まで調整して、誰が呼び掛けていいか、決めてるんだぞ。小さい奴は遠慮しろ。ほかの男に弾き飛ばされる」

サリクはネオに、歌垣での作法を細かく教えてやった。絶対に邪魔してはならない男のことも教えた。




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歌垣③

2017-12-27 04:12:42 | 風紋


恋の儀式というのにも手練れがいる。年かさの男が、若いものに微妙な技を教える。

「いい女はすぐに答えないんだ。じらすんじゃないんだがね、迷うのさ。すぐに乗って来ないんだ。そういう女が欲しいときは、歌を三度歌え。こっちが強くいかなきゃ、あっちからは来ないぞ」
「イディヤがそうだ。去年はあれで三人くらい断ったよな。結局だれとも寝なかった」
「下手だからそうなるんだ。イディヤみたいないい女だったら、三度鳴け、それくらい押すんだよ」

歌垣は神の下に行われる恋だ。だからみな堂々としていた。いい女と寝るために、男はいろいろなことを考えた。目論見が飛び交った。若いやつらは自分の目的の女を得るために、いろいろと探り会った。年かさで経験の濃いやつは、互いにバランスをとりつつ、自分の女を決めた。

歌垣には、女は10歳、男は11歳から参加していいことになっていた。この時代は、みなそれくらいで十分に成熟したのだ。

11歳のネオは、今年が初めての歌垣だった。大人の男に紛れて、一生懸命に歌を練習していた。まだ子供だが、もう意中の女はいた。恋をしているんじゃない。ただ、女がいいという感じなのだ。もちろん女との交渉などしたことはない。




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歌垣②

2017-12-26 04:13:57 | 風紋


女たちはよりあい、髪を飾る花のことや、帯の結び方などを話し合った。男の品定めなどしながら、互いにどの男に目をつけているのかも、探りあった。いい男には人気があったので、本番にぶつからないよう、いろいろと調整もしているようだ。

アシメックを好きな女は多かったが、族長はずっと歌垣には出てくれないので、少し残念だという女もいた。

男たちもよりあい、いろいろと話し合った。族長が参加しないことは、彼らには朗報となっていた。人気のある男が出ると、女たちはみんなそっちのほうにいくからだ。男たちもまた、化粧の土などいじりながら、女の品定めをした。

「キリナは今年でないんだとさ。子供が生まれたばかりだからな」
「へえ、そいつはちょっと残念だな。おれはスソリに目をつけているんだ。まだガキっぽいけど、だいぶかわいくなってきたよな」
「馬鹿、あいつはクストが目をつけてるんだぞ。ほかのやつにしろ」

彼らの好みは、まだ経験のない若い女よりも、子供を二、三人産んだことのある、年かさの、きれいな女に集中した。女は三人くらい子供を産んでからのほうが、一段と魅力的に見えるのだ。若い女では何か物足りないらしい。

歌垣では歌を歌いあって、お互いの心を訴える。その歌も練習せねばならなかった。基本の歌がいくつかあり、それを覚える。本番ではそれをいろいろと歌い変えて、互いの心をはかりあった。

泉の水にかえるがすみ
こよとなく
こいやこい
おれとこい

こんなのが基本の歌だ。男がこれを歌い、それを聞いた女が、いいと言いたい場合にはこう歌う。

森のこずえにとりがすみ
いくとなく
いこやいこ
おまえといこ

ほかにもいくつか歌があり、男も女もみな歌垣の前にそれを練習して覚え込んだ。うまく歌えないやつは相手にされないのだ。いい声を出して、それはつやっぽい目をしながら、相手に訴えねばならない。




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歌垣①

2017-12-25 04:13:02 | 風紋


春が深くなると、アマ草はひいて、カシモ草が生えてくる。そうすると、鹿は山に帰っていく。イタカの野に鹿がいなくなり、鹿狩りの季節が終わると、村は急にそわそわしだす。春の祭りが来るのだ。

歌垣だ。一年に一度の、恋の祭りが来るのである。

鹿の群れが去った後の、イタカの野に夢の櫓を立て、その周りで男と女が踊り、歌を歌いあって、呼びあうのだ。

男と女がいる限りは、恋は限りなく成立する。互いを恋する思いを歌にこめ、この日ばかりはどうどうと胸の内をうちあけあうのである。

肩の怪我もなおり、すっかり調子を取り戻したアシメックは、イタカの野に櫓を建てるのを手伝った。木を組み、鹿皮をかぶせて、美しい櫓を建てる。本番にはこれに花も飾って、たいそう立派な建物になる。カシワナカの印も彫りこんだ板も飾った。神の許しの元、人間はこの日ばかりはと、恋をしあうのだ。

アシメックはもうだいぶ前から参加していないが、その日が近づくたびに、いろいろといいことをしてやった。若いやつらが好きな男や女を見る時の目が、かわいくてならなかったからだ。

エルヅに言って、宝蔵の村の共有財産から、魚骨ビーズの首飾りや鹿の歯の腕輪を貸し出させた。きれいな鹿皮の帯も出した。普段は村でいいことをした男や女でしかつけられない魚骨ビーズの首飾りも、歌垣の日だけは、若いものもつけていいことになっていた。化粧用の赤土も、たくさんとりにいかせた。男も女も、それはきれいに装いたいのだ。




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イメージ・ギャラリー⑪

2017-12-24 04:13:01 | 風紋


Susan Seddon Boulet

アシメックが見た夢のイメージです。
カシワナカはこのように、とてもおおきな男のイメージです。
神話というのは、太古の人間の記憶に根差している。
このように立派な男が、とてもいいことをすると、それが人間の霊魂の中に根付き、一つの神話が育ってくるのです。




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青い鹿⑦

2017-12-23 04:13:10 | 風紋


段取りはすらすらと進み、キルアンは解体されることになった。

肉は切り分けて皆に分け与えられ、半分は三日のうちにみんなが食った。半分は干されて干し肉になった。角は夢のとおり、至聖所で神にささげられた。そしてその青みを帯びた毛皮はしばらく干され、アシメックのものになることになった。

アシメックの回復は早かった。すぐに立てるようになり、七日もすれば生き生きと働けるようになった。そして、キルアンの毛皮を肩にかけたアシメックは、前よりももっと高い男になったように見えた。

きっとアシメックは、キルアンの加護を受けるに違いない。そんな話が村人の中に流れた。それで、きっとすごくいいことがあるに違いない。

キルアンの霊の話はそのまま、カシワナ族の神話に取り込まれていった。山のように大きな青い鹿と闘った、勇気のある族長の話は、こののち部族に長く伝えられていくのだ。

アシメックがいなくても、鹿狩りはシュコックの指揮のもと、毎日行われた。キルアンがいなくなったので、それほど鹿狩りに難しいことは起きなかったが、狩人たちは前よりも鹿を大切にするようになった。サリクなどは、鹿に矢を放つたびに、涙を流して、すまんというようになった。

「ありがたく食うから、無事にアルカの向こうにいけ」

狩人たちは鹿のためにそう祈るようになった。そうすれば、キルアンの霊が喜び、アシメックを固く守護してくれると思ったのだ。

鹿狩りの季節は終わった。キルアンに認められたからか、この季節はいつもより多い鹿が狩れた。村はにぎわった。アシメックは、鹿と神に感謝しようと、みんなに言った。いい肉と皮を鹿はくれる。その鹿をくれるのは神なのだ。みんなが仲良く、いいこと、正しいことをしているから、くれるのだと。




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青い鹿⑥

2017-12-22 04:12:57 | 風紋


オラブのようなものにしたくはない。だからセムドもいろいろ考えたあげく、狩人組に入れてくれと頼んでみたのだが。

役男は常にみんなのことを心配しているものだ。セムドの気持ちはアシメックにも痛いほどわかった。

会話が途切れてしばらくして、シュコックが口を挟んだ。

「キルアンは広場においてある。どうする、アシメック」

「ああ」

アシメックは、その時になって、眠っていた時にみた夢を思い出した。変な夢だったが。アシメックはちょうどそこにミコルがいたこともあり、その夢をみなに話してみた。ただ、ケバルライと誰かに呼びかけられたことだけは言わなかった。

「それはキルアンの霊だな」
とミコルが言った。
「そう思うか」
とアシメックが答えた。
「キルアンは角を神にまつれと言ったのか」
「ああ、そうすれば祝ってくれると。祝うとはどういうことだ? ミコル」
「みとめてやるということだ。アシメック、おまえ、鹿にみとめられたんだろう」
「みとめる?」

みながざわついた。鹿は神がカシワナ族にくれた宝であり、神の使いでもあった。それに認められるということは、実にいいことなのだ。

「吉兆だな。きっとキルアンを食えば村にいいことがおこるだろう」ミコルは言った。
「吉兆か。たしかにいい鹿をとったらみんなにいいことがあるとは言われている」
「キルアンみたいな鹿は今まで見たこともないからな。それはすごい霊なんだろう」
「アシメックはあれをやったのか」

アシメックの夢の話は、瞬く間に村に広がった。アシメックがけがをしたということは、村に衝撃を与えていただけに、村人はその話に飛びつくように乗った。




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