あの男が怪我をした? 本当だろうか。怪我はどれくらいなのだろう。鹿なんて、見たことはないけれど、獣と闘うことが危ないことくらい、アロンダも知っている。
エビの罠をしかけてある、例の川辺まで来ると、アロンダは向こう岸を見た。風は向こう岸から吹いて来る。だが、茅草の茂っている向こう岸は、何も教えてはくれない。
胸が高鳴っていた。涙が頬を伝っていた。そういう自分の変化を、アロンダは心のどこかで悔しく感じていた。
会いたい。会ってみたい。もう一度。
そう思うと、アロンダはいつの間にか川に片足をつっこんでいた。
ぴしゃり、と水の音がした。アロンダは驚いた。自分が起こした音ではない。目を音がした方に振り向けると、そこにいつしか、奇妙な男がいた。
川の中に下半身を浸し、大きな目をして、呆然と自分を見ている。薄汚れた顔をして、髪も髭も何の手入れもしていない。男にしては体が小さめだった。だが、胸に刺青をしていない。
カシワナ族だ。カシワナの男だ。
それを見た途端、アロンダはぞっとした。そして急いで川から足を抜き、家に逃げ帰った。
いやだ、カシワナの男なんて。刺青のない男なんて、考えられない。
転げ落ちるように自分の家に飛び込むと、アロンダは囲炉裏のそばで自分の体を抱きしめた。やはり、自分はヤルスベ族だ。カシワナの男なんて絶対にいやだ。あんな男のことなど、もう忘れてしまうのだ。