世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

いろいろと個性的な人々

2012-01-31 07:39:02 | 画集・ウェヌスたちよ

冒頭は、「竪琴弾き」。
彼も月の世で罪びとたちを導く青年たちの一人ですが、少々変わっているのは、竪琴で魔法を使うことです。一応背中に、竪琴らしきものを背負っているのが見えます。
「骨」の編で彼が最初に登場したときには、私の頭の中では、彼はもっと目深に帽子をかぶっていて、上着も帽子も月のような黄色でした。でも描いてみると、なんとなくこうなってしまいました。

襟に紋章など入れてみましたけど、まあ、なんとなく、いいやつだな、て感じの人でしょ。本当に、いい人なんですよ。



「半月島の先生」。
なかなかの男前になりましたが、眼鏡をかけると、なんだかやぼったく見えますね。それらしく白衣なども着せてみましたが、これが半月島の人の垢というものかな。彼には一人助手の少年がいますが、彼の正体は今のところ、謎です。多分、ほんとは、罪びとを導く少年のひとりなんでしょう。

カメリアと先生とのこれからのかかわりも、もっと知りたいところだけれど、どうなるかなあ。



「オウムと老人」
オウムじゃなくてキバタンだし、大きさもちょっと小さいけど、そこらへんはご勘弁を。
この老人の正体は、ある聖者とも、ある力高い魔法学者とも言われますが、そこは謎です。魔法の家に住んでいて、地獄めぐりをして、あちこちの地獄の月光を集めたり、飲んだりするのが趣味というか、仕事のようです。

ロマンスグレーの、なかなかすてきなおじいさまになりました。


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2012-01-30 07:33:38 | 月の世の物語・別章

月の世に天の国があるように、日照界には日の都がありました。その都には、深い緑の森の中に、点々とたくさんの石でできた建物が散らばり、中央の丘には、磨かれたアラバスターで表面を覆われた、輝かんばかりに白い巨大なピラミッドが建っていました。

そのピラミッドの麓、一群の木々を挟んで少し離れたところに、同じようにアラバスターで外壁を覆った大きな四角い建物があり、そこが、日照界のお役所でした。今、その建物の中の一室で、ひとりの若者が、自分専用の知能器の前に座り、次々と変わる画面の画像を見ながら、風のような速さでキーボードを打っていました。

一連の情報を知能器に打ち込むと、彼は一息つき、右手で魔法をして小さなお茶の器を呼び、それを一口飲みました。そのとき、開いた事務室のドアをたたく音があり、振り向くと、そこに同じ水色のスーツを着た彼の上司が立っていました。若者はあわててお茶を置くと、立ちあがって上司に挨拶しました。上司は彼の挨拶に答えると、少し目を細めて、彼に言いました。

「…気の毒なんだが、この前の君の誕生願い、却下されてしまったよ」それを聞くと、若者は目を見開いて驚き、思わず抗議しました。「なぜです?このたび、月の世に降りたという神の御計画に参加するために、今、魔法使いや僕たちのような者が、たくさん地球上に生まれるために入胎準備をしていると聞いています。なぜ僕が、それに参加できないのです?」
「残念だが、上部のお決めになったことだ。逆らえない。君は愚かではない。わかっているだろう」そう言われると、若者は目を伏せ、素直に「…わかっています」と言うしかありませんでした。上司は彼のその顔をしばし見つめました。若者はその若さに似合わず、金色の髪と髭を長くのばし、実の年齢よりだいぶ大人びて見えました。上司は小さく息をつき、言いました。「…これは、言いにくいことだが、君は、イエスに傾倒しすぎている。それは、改めた方がいいと、わたしは思う。君が地球上に生まれたら、うかつにイエスのような真似をしかねない。そうして君がむごい目にあってしまうと、君自身の魂に悪い影響を及ぼす。賢き人に学ぶことはいいことだが、その真似をして今の自分の段階を無理に超えるような真似をしてはいけない」
「…はい、そのとおりです」若者は目を伏せたまま、答えました。上司は元気づけるように彼の肩をたたきき、「大丈夫だ。君は十分に神の御計画に貢献している。幼きガゼルの魂を導くのも、大切な神のお仕事のお手伝いだ。やるべきことを、やってきたまえ。それが神の御心だ」と言いました。若者はただ、「はい」と小さく答えました。

上司が部屋を出ていくと、若者は椅子にかけていた自分の水色の上着をとり、それに袖を通しながらお役所の外に出ました。そして森の方に向かい、木々の枝の下に入ると、指をぱちんと弾き、目の前に小さな扉を作りました。その扉をあけると、どこまでも広がる緑の広い草原があり、そのあちこちに、かわいい角をしたガゼルの群れが、散らばっていました。若者は扉をくぐると、魔法を行い、手にガゼルの紋章のついた白い旗を出しました。それを草原の真中に突き刺すと、旗は大地にそそり立つ大きな緑の木に変わりました。彼は口笛を吹いて、額にただ一本のまっすぐな角を持つ大きなガゼルに変身すると、その木の根元にゆったりと座り、とぅとぅ、と大きな声をあげて、ガゼルの群れを呼びました。するとガゼルたちは、その声に引き込まれるように一斉に彼を目指して歩き出し、やがて木の周りにはたくさんのガゼルの群れが集まりました。一本角のガゼルは、また、とぅ、と鳴き、彼らに座るように命じました。するとガゼルたちは素直に彼に従い、その場に行儀よく座りました。

「君たち、元気かい?」一本角のガゼルは、やさしくガゼルたちに呼びかけました。ガゼルたちはざわざわと答えました。

げんき?げんき、げんき、げーんーきー!

「そうか、それはよかった。君たち、この前のお話しは、覚えているかな?」

おはなし?おはなし?それなに?しらない、しらない、しらない?

「そうか。もう忘れたんだね。じゃあまた覚えよう。『愛』だよ。あい。その言葉、ちゃんと、覚えようね」

あい、あい、あーいー、しってる、あい、いいもの、とっても、いいもの。

「そう、そうだ。かしこいね。いい子たちだ。では君たち、『獅子』という言葉は、知ってるかな?」

しし、しし、いや、それ、いや、しし、きらい、しし、たべるの、がぜる、たべるの。

「獅子」と聞いただけでガゼルたちの間に不安が広がり、ざわざわと群れが乱れ始めました。中にはとても苦しいことを思い出して、きゅうきゅうと悲鳴を上げて震えだすものもいました。一本角のガゼルは高い口笛を吹いて、彼らを静まらせ、言いました。

「大丈夫だよ、ここには獅子はいない。獅子はこわいねえ。君たちに、とてもいやなことをするね。でもね、君たちがね、獅子に食べられてしまうのは、とてもよい勉強なんだよ」

べんきょう?べんきょう?べーんんきょーう?

「…そう、大切な、大切な、勉強だ。愛はね、とても大切なことを教えるんだ。獅子はね、とても苦しい。君たちがいないと、とても苦しい。おなかが減って、おなかが減って、つらくってしょうがない。でも君たちを食べると、獅子はうれしい。こどもにも、食べさせることができて、獅子はとてもうれしい。君たちはね、獅子に、とてもやさしいことをしているんだ。食べられるというのはね、自分をみんな、神様にさしあげてしまうってことなんだよ。それはね、とてもたいせつな、勉強なのだ。愛はときに、自分が壊れてしまうほど、とてもつらいことに、耐えねばならないからだ…」

一本角のガゼルは深い声で、ガゼルの群れに語りかけました。ガゼルたちは、きょとんとしました。群れがざわざわと動きはじめ、いや、いや、いや、と騒ぎだしました。

いや、いや、しし、きらい、たべるの、しし、たべるの、がぜる、たべるの、いや、つらいの、つらいの、いたいの、いたいの、いや、いや、いや!

「でもね、それが愛なんだよ、つらいことにたえるという、大切なことを、君たちは、ガゼルとして、勉強しているんだ…」

一本角のガゼルが言うと、突然一頭のオスのガゼルが立ちあがり、いやだ!と叫びました。

いやだ、いやだ、あい、いやだ、あい、きらい、きらい、あい、いいもの、ちがう!

「だめだよ、愛をきらいだなんていっては…」一本角のガゼルは言いかけましたが、ガゼルたちはもう彼の言うことに耳を貸しませんでした。一斉にその場に立ち上がると、いや、いや、いや、と声を合わせて騒ぎ、一本角のガゼルに背を向けて、あっという間にみんな向こうに行ってしまいました。

一本角のガゼルは、ガゼルたちに背かれて、ひとりぽつんと木の下に残されました。

「Oh, Jesus! なんてこった!」ふと、上の方から誰かの声が降ってきました。一本角のガゼルは元の若者の姿に戻り、上を見上げました。すると木の梢の上から、ガゼルを導く精霊の一人が、くすくすと笑いながら彼を見下ろしていました。「場所は鹿野苑てとこですが、状況はイエスにそっくりですね」精霊が言うと、若者は「からかわないでくれよ」と口をとがらせました。精霊は上司のような声で、彼をたしなめました。「ガゼルにあんな難しいことを教えても、わかるものですか。嫌われるだけですよ」すると若者は腕を組み、ため息交じりに言いました。「幼き魂を導くのは、かくも難しいんだ」。

精霊はあきれたように返しました。「あなたはイエスに感化されすぎです。せめて、その髪と髭はやめたらどうです?」そう言うと精霊は一息の風を起こし、若者の顔をなでてその髪と髭を消しました。するとそこに、まだ輪郭に幼さを残す、なんとも愛らしい青い大きな目をした少年のような顔が現れました。若者は、駄々っ子のように首を振り、すぐに元の髪と髭の顔に戻しました。精霊はやれやれ、とため息をつきつつも、そこを離れず、ガゼルたちに去られてしまった彼の胸の寂しさを、補おうとしました。

若者はポケットから蛍石のカードを出し、それをキーボードに変えて、今日のガゼルたちの指導記録を打ち込み始めました。その上から、安心させるように、精霊が言いました。
「大丈夫ですよ。さっきあなたが言ったことなんて、ガゼルはもうすっかり忘れています。みんなもう、草や水のほうに夢中だ」若者は精霊の言葉には答えず、指導記録を打ち込み終わると、一息つき、ガゼルたちの草原を見渡しました。精霊の言ったとおり、ガゼルは忘れっぽく、一本角のガゼルがいたことすらも、もう覚えていないようでした。

「僕たちにも、あのガゼルのように、小さい時があったんだろうか?」若者はふと、言いました。精霊は、「さあ?だれも、自分の魂生の全てを覚えている者はいません。わたしも、気付いたら、いつの間にか精霊をやっていて、歌ばかり歌っていました」と答えました。「でもきっとわたしたちにも、ああして幼い時があって、このように誰かに導かれていたんでしょう」精霊は遠くガゼルの群れを見渡しながら、言いました。

若者は、キーボードに目を落とすと、青いキーをポンと打ちました。すると、目の前に、黒い髪に美しい青い目をした彼の人の肖像が現れました。若者はその顔に見入り、どうしてこの人の目は、こんなにきれいなんだろう?とつぶやきました。精霊は、ふうと息をつき、「幼き魂を導くのは、かくも難しいからですね」と、言いました。

若者は、精霊が多少の皮肉をこめて言っているのにも関わらず、ただ、その人の青く澄んだ目の中に浸り、いつまでも心を吸い込まれていました。



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2012-01-29 08:12:33 | 月の世の物語・別章

女は、戸棚を開け、そこから来客用のお茶の葉の入った袋を取り出しました。今日は、カメリアのことを調べるために、日照界からの調査員が彼女の家を訪れる予定になっていました。

彼女はもともと一人が好きな性格でしたが、カメリアが彼女の元に来てからというもの、赤ん坊や子供を見たくてしょうがない人が、よく彼女の元に薬を求めに来たり、用もないのに何かと物を持ってきて、カメリアを抱いたりあやしたりしに来ることが多くなりました。

赤ん坊や小さな子供というものは、だいたい地球生命の成長途中のごく幼い時の姿であり、本来月の世にも日照界にも存在しないはずのものでした。ここにいる人間はみな、だいたい二十代から三十代の姿をしており、たまに、自ら好んで、あるいは罪の償いのために、老人の姿をしている人がいるくらいでした。カメリアは今三才、かわいい盛りでした。こんな小さな姿をしている人間は今、カメリアのほかには、月の世にも日照界にも、絶無なのでした。

女が駄々をこねるカメリアに、村の人からもらった布の人形を与え、あやしていると、扉をとんとんと叩く音があり、頓狂とも聞こえる「こんにちは!」という大きな若者の声が聞こえました。女は「はい」と答えると急いで扉を開け、客を迎えました。扉の外には茶色の目と茶色の髪をして、顔面いっぱいに微笑みを浮かべた、女には戸惑いを感じさせるほど明るい、背筋をまっすぐにのばした若者が立っていました。挨拶を交わすと、女は彼を中に入れ、客用の椅子に座らせると、簡単な魔法でお茶を作り、彼の前のテーブルに置きました。

客は礼を言ってお茶を一口飲むと、さっそくですが、と目を輝かせ、テーブルの上にぽんとキーボードを出し、女に質問を始めました。カメリアは部屋の隅で、賢く、人形で一人遊びをしていました。

「カメリアちゃんが生まれた状況については、だいたい月のお役所からの情報で把握しています。今の段階でも、彼女の他に人間に戻った怪はいません。この世界で赤ん坊から大人に育っていくってことも、かつてないことだし、日照界の僕らもカメリアちゃんには興味しんしんなんです。で、質問なんですが、あなたはどうやってカメリアちゃんを育てているんですか?」
若者は明るいはきはきとした声でたずねました。女は、彼のまっすぐなまなざしを微妙によけながらも、しっかりした母親の声で答えました。
「はい。こちらの赤ん坊は、おむつがいらないので、地球上の子育てほどの苦労はありませんでした。夜泣きに困ったときが一時はありましたけれど、それはカメリアが遠い昔のことを思い出してしまうからだと、役人さんに教えられて、慰めの子守唄ですぐに対処することができました。言葉もすぐ覚え、最近ではよくおもしろいことをしゃべります。地球上の子供と違って、幼い時から、わりあいに難しいことを、よく理解します」
若者は、女のことばを聞きながらカチカチとキーボードに打ち込んで行きました。彼は次に、カメリアの食べ物について尋ねました。

「ええ、赤ん坊のときは、月光水だけで大きくなりました。でも一歳を過ぎてから、他にも食べ物を与えるようにと役人さんに指示されたので、夜麦と豆真珠のおかゆを食べさせています。他には、野菜と果物を柔らかく料理したものを。それと、半月島の先生からいただいたお薬を、一日に一回月光水に混ぜて飲ませています。カメリアの体の中には、怪だったときの毒がまだ残っていて、その薬を飲んで解毒を続けないと、成長が止まってしまう恐れがあるそうですので」
「半月島?ああ、日照界でやればいいものを、わざわざ月の世に来て研究しているあの酔狂な人たちのことですね!」
若者が微塵のためらいもなく言った言葉に、女は、は?と目を見開いて驚きました。女は呆れてしばしものも言えませんでした。まあ、なんと口の軽やかな若者だろう。日照界の人とは、皆こうなのかしら?
「日照界にも、怪はいますよ。ここほど豊かではありませんが。日照界の方が設備も整っているし、ここよりずっといい環境で研究できるのにな」
若者はただただ明るく、親切心のみで言っているようでした。女は、困ったように、はあと答えつつ、若者のまっすぐな瞳をよけてテーブルの上に目を落としました。

若者はそれからいくつかの質問を繰り返し、そのたびの女は自分の経験してきたことを全て語りました。調査は一時間ほどで終わり、青年は立ち上がると、相変わらずためらいのない明るい元気な声で、「ありがとうございます!」と言って、女に握手を求めました。女は少し慣れてきて、彼を真似て明るく笑いながら、握手に答えました。

女はカメリアがおとなしく人形で遊んでいるのを確かめてから、若者とともに家の外に出て、彼を柵の外まで送り出しました。若者は柵を出ると女を振りかえり、別れの挨拶をしようとしました。そのときふと、彼は戸惑いを含んだ女の微笑みに気づいて、びっくりしたように目を見張り、突然、言いました。
「奥さん!あなたは、お美しいですね!」

女は一瞬わけがわからず、は?とまた目を見開いて、若者の顔を茫然と見つめました。若者はしばし見とれるように、微笑みながらその女の顔を見ていました。
「…いや、わたしは、師たる聖者にお尋ねしたことがあるのです。なぜ女性は、あのように美しいのですかと。そうしたら師はこう答えられました。なぜなら女性は、さまざまな屈辱に耐えながら、それをいやと言わずに『はい』と言って受け入れ、微笑んで全てを良きことにしてきたからだと。ほんとうに、どんな大変な苦労をしても、文句を言わず、ただ『はい』と言って、ずっとずっと、陰で静かに働いてきたからだと…。いや、そのときは、半分も師の言葉の意味がわかりませんでしたが、今、あなたを見て、ようやくわかりました。美しい女性とは、あなたのような人のことを言うんですね!」

女はまるまると目を見開き、体を震わせ始めました。恥じらいなのか屈辱感なのか、わけのわからぬ感情が胸をうずまきました。目の前の若者は、ただ素直に、自分の思っていることを彼女に伝えただけでした。それはわかっていましたが、彼女は突然の事態にどう対処していいかわからず、自分でも知らないうちに目に涙があふれ出し、あわてて前かけで顔を隠し、思わず駆けだして、家の中に飛び込んでしまいました。若者はその時になって初めて、日ごろ「おまえは軽々しくものを言い過ぎる」と師に戒められていることを思い出し、「…そうだ、女性に、うかつなことを言ってはいけないんだった…」と自分に言いながら、頭を抱えました。

女は背中で閉めた扉の前で、しばし前かけで顔をおおったまま、流れ続ける涙を拭いていました。そんな彼女を見て、カメリアが、「ああ」と声をあげました。女はカメリアに微笑みかけ、「だいじょうぶよ」と彼女に声をかけ、息をはげしくしながらも、胸を押さえながらなんとか自分を落ち着かせようとしました。そしてようやく涙がとまり、なんとか自分を立て直すと、今度は取り乱した自分の態度が恥ずかしくなり、もう一度若者に挨拶をしなおさなければと、扉に手をかけました。そのとき、扉のすぐ向こうから、若者の小さな声が聞こえました。

「申し訳ありません。失礼なことを言ってしまいました。…これは、おわびです」
すると、女の目の前で小さな白い光が踊り、いつしか丸い銀の手鏡が、女の手に握られていました。「あ、あら」女はあわてて扉を開け、外に飛び出しました。でも、日照界の若者の姿はそこにはありませんでした。

「ど、どうしましょう…」女は戸惑いから抜け出せず、手に持った小さな手鏡を見ました。と、不意にその鏡に月光が映りこみ、鏡は白い月光を反射して、その光の中に、水晶のように透き通った百合の花が現れ、ゆっくりと回り始めました。女はその美しい百合の花に驚いて、しばし見とれてしまいました。
そして、一体これをどうしたらいいのかと、若者の姿を求めてあたりを探し回りました。でも若者はもう日照界に帰ってしまった後で、どこにもその姿はありませんでした。

女は手鏡の映し出す百合の花を、月光の下で静かに見つめました。そのうちに、驚いていた心が、だんだんと静まってきて、彼女は普段の自分をようやく取り戻しました。そして、目に少し涙をともしつつ、まあまあ、と呆れたように言いました。

「男の人から、花をもらうなんて……」

露草色の空にかかる月が、彼女の胸に生まれた静かな喜びを見て、かすかに「いいんだよ」とささやいたような気がしました。



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天の国

2012-01-28 08:13:23 | 画集・ウェヌスたちよ
冒頭は、「梅花の君」です。「ばいかのきみ」と読んでください。
これは彼女が、王様の魂が姿を変えた鶴が飛び去って行くのを、静かに見送っているところです。
「梅花の君」は、王様に恋をしています。真実の、清らかな恋をしています。激しい思いを胸に秘めつつも、いつも王様の傍らに静かによりそい、王様のため、皆のために、清らかな仕事をしています。天女たちを導く、知恵高く頼りになる美しい姉の君です。



こちらは、「醜女の君」。もちろん、「しこめのきみ」と読めますよね。
彼女には、実は実在のモデルがいます。その人は学生時代の友達で、頭もよく、よく気のきく賢い女性で、心もやさしいのに、美しくないというだけで、男の人にも女の人にも、軽んじられていました。誰も、彼女の力や仕事を、正当に評価しようとはしませんでした。女の人の苦しみのひとつですね。女性は、美しくても、美しくなくても、よく人に馬鹿にされます。

この醜女の君は、美しくはありませんが、瞳がかわいらしく、心の優しさが前面に出ていて、なんだかとても愛らしくなりました。彼女も、いつも、人の役に立ちたくて、額に汗しながら、自分のできる仕事を一生懸命にやっています。清らかな心で。

王様はだから、「美しい」ていうのに、彼女ったら、絶対に信じないんですよ。



これが、王様。王様と言ったら、恰幅のいい中年のいかにも立派な紳士という感じを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。実は私も最初は、そんなイメージを思い描いていました。
ですがある日、面長の美しい天使の顔を描いて、髪をオールバックにしてみたら、直感的に、「あ、これ、王様だ!」と思って、頭に簡単に髷など描いてみました。そうしたら、何とも美しい青年の姿をした、清らかな瞳の王様になりました。黄色の着物は、王様の印です。
こんな人が王様だったら、わたし、自分の家に肖像画を飾っちゃいそうだな。

この王様と、梅花の君が見つめあう情景を思い浮かべると、なんだかとても美しいですね。



最後は、「菜花の君」。「さいかのきみ」ですが、「なばなのきみ」でもかまいません。そっちのほうがかわいいかな。どっちでも好きなほうで読んでください。彼女は天女の中ではもっとも若いので、髷も小さく、顔も幼げにしてみました。

天の国の人たちの髪形や衣装は、和風というか東洋風というか、そんな感じですが、どれも資料など参考したことはなく、適当に描きました。それなりに、雰囲気があればいいかと。

そこらへんはまあ、天衣無縫ということで。


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2012-01-27 07:26:25 | 月の世の物語・別章

老人はいつものように書物を開き、光る文字を読み上げ、書棚の横の赤い紐をひっぱりました。今日は、「氷河の月」という地獄へと向かう予定でした。そこでは、山のように巨大な氷塊の中に、死んだように青ざめた月が凍りついており、何千人の罪びとが、月の光を求めて、何とか氷を溶かそうと、凍えながら舌で氷をなめ続けているはずでした。

しかし、家が横滑りに移動していく途中で、何か、ぎり、という妙な音がして、不意に家が傾きました。老人は、おや?という顔をして書物から顔をあげました。すると家全体ががたがたと揺れ始め、老人は床に尻もちをついて、あわててテーブルの脚につかまりました。オウムは、ばたばたと宙に飛び上がり、くるっ、くるっ、と驚いた声をあげました。

「何事です?何事です!?」オウムが叫ぶと同時に、老人は床に横たわりながら書物を開き、光る文字を確かめました。「いかん、誤植だ。文字に余計な一画がある」その間にも、家はがたがた揺れながら、思いもしない方向へと動き、やがて、ひゅうっと音を立てて下に落ち始めました。

「止めなければ、とにかく止めなければ!」老人は振動する床の上にようやく膝を立て、書棚の横の紐にすがりつき、思い切り引っ張りました。すると家は、悲鳴をあげるように、きいいっと割れるような音を立て、左右にがたんがたんと何度か大きく揺れたあと、次第に静かになり、よほど時間を待って、ようやく静まりました。老人とオウムは、同時にほっと息をつきました。

「やれ、災難だ。しかし困ったぞ。どこまで来てしまったのだろう?」老人は言いながら窓を開き、外の風景を見ました。するとそこには、墨を流したような黒一色の闇があり、その真中に、奇妙に白く光るものが浮かんでいました。よく見るとそれは、白い髪に白い顔、白い服を着た小さな老人でした。オウムが窓辺に飛びついて空を見、叫びました。

「ご老人!ご老人!月が、月がありません!」
その声に老人も空を見上げました。確かに闇空深くどこまで見渡しても、白い月の光のかけらひとつ見えませんでした。それなのに、闇の中に浮かぶ老人は、自ら光るようにはっきりと白く浮かんで見えました。窓の老人は下をも見ましたが、そこにも、どこまで見ても底のようなものはなく、ただ果てもない闇の奈落ががらんと開いているだけでした。

窓の老人は、白い老人の姿を、よく見てみました。すると、白い老人の頭を、月光のこもった水晶の太い大きな釘が、後頭部から額にかけて鋭く貫いているのがわかりました。その釘を見て、老人ははたと思いいたりました。
「これは、イエスを殺した人だ!」オウムはまさにオウム返しに、「イエスを?」と言いました。

窓の老人は書棚の前に戻り、並んだたくさんの書物の中から、一冊の薄い本を探し出しました。「比較的新しい罪びとだ。ほんの二千年前の」書物をぱらぱらとめくりながら、老人は光る文字を探しました。するとページの間から、少し血なまぐさい匂いが漂ってきました。それは、その本に書いてある項目が、まだ新しい歴史の中で起こったことであり、いまだに流された血が乾いていないからでした。薄い本にも関わらず、目指す項目はなかなか見つからず、老人は何度も本をめくりなおして、やっと、かすかに虹色に光る小さな文字を見つけました。「あった!これだ、『キリストの怪』!」

「キリストの怪?」オウムがまたオウム返しに言いました。老人はしばし書物に書かれた文字を読み込み、ほおお、と声をあげました。「これはなんとも、すさまじい」そういうと彼は窓に飛びついて空を見上げ、オウムを呼び、「ごらん」と言いました。老人は闇空を指差し、闇に隠れて見えない雲が動くのを待ちました。やがて、上空に風が起こり、雲が流れて、かすかな白い光が見え始めました。オウムが目を見張りました。

「ご老人!あれは、月ですか!?」「ああ、あれがここの月だ」「しかし、あれは月ではありません!月は丸く、あるいは丸いものが欠けている形をしているものです!」
闇空に浮かぶその光は、細い光の棒を二本組み合わせた、十字の形をしていました。老人は言いました。「書物には確かにこう書いてある。この地獄の月は、白い十字架の形をしていると」。老人とオウムは、ふたりで、目の前に浮かぶ白い老人を見つめました。しばらく見ていると、老人は、十字架の月から白い光の糸が一筋下りていて、それが白い老人を突き刺している水晶の釘に結び付けられ、彼が闇の中にマリオネットのようにぶら下がった格好になっているのに気付きました。老人は、なるほど、と言い、「あの一本の糸がキリストの愛なのだ。それが彼の存在を、奈落に落ちてすべて否定されることから助けている。あれほどの目にあいながらも、彼はあの人たちを、すっかり見捨てることはできないのだ」と言いました。

老人は窓辺を離れ、部屋を歩きながら書物に深く読み入りました。「二千年の昔、ユダヤの国に、イエスという理想に生きる若い愛の人がいた。彼はただ、愛のみを動機として人々に語りかけ、彼らの魂を、幸福な神の国へと導こうとした。だが彼の言葉は、当時の人々には理解できず、彼はかえって人々の誤解と嫉妬を買い、群衆の憎悪によってむごく辱められ、暴力に苦しめられ、最後には木の十字架に釘打たれて死んだ。その罪によって、ユダヤの民族は、一日にして滅んだ…」
「はい、それは今、だれもが知っているお話です。たくさんの神話的な尾ひれがついて、地球上に広がり、イエスは今、神としてたくさんの人に信仰されています」
「そのとおり、たぶん彼の名を知らぬ者は地球上にほとんどいない。…彼が死んだ後、自分たちの罪を何とかしようとした人々が、彼の生きていた証しを、神の域にまで高めて、命すらかけながら、あらゆる国にキリスト教を広めたのだ。人々は、十字架にはりつけられたキリストの像を繰り返し描き、あるいは木や石に彫り、それを神として崇め、祈りの対象としてきた。地球上で彼を信仰する人は今や本当にたくさんいる。実数として、あらゆる宗教の中ではキリスト教徒が一番多いだろう。だが、彼らは、そのキリスト教に奇妙な呪いがかかっていることを、知らない」
そう言うと老人は指をぱちんとはじき、目の前に大きなキリストの磔刑図を出しました。それはゴシック様式のいかにも豪華な絵で、金箔をはられた輝く背景の中に、十字架にはりつけられて死んだ痩せ細った男の絵が描かれていました。男は貧相でありましたが、頭上には神の子の証拠である光る金の輪をかぶっていました。
老人はその絵を指差しながら、「これを、『キリストの怪』という」と言いました。

「キリストの怪?」オウムはまたまた、オウム返しに言いました。老人は、そう、と言い、悲しげな目で、茨の冠に血を流している男の顔を見つめました。「なんとみじめな姿だろう。なぜ、人々はかわいそうなこの姿を、あんなにも崇めるのだろう?考えたことはあるかい?」
「さあ?いろいろと解釈する人はいるようですが?」
「これは、いかにも悲しい誤解なのだ。人々はこの図に神の姿を見、祈り続けてきた。しかし彼らは、この図の後ろで、ひそかな呪いが、繰り返し同じ言葉をささやいていることに、気付かなかった。それはこう言っていたのだ。『もし、この世界で、この男のように、愛や善や正義を行おうとすれば、必ずこのような目にあう』と」
それを聞いて、オウムは老人をふりかえり、呆れてものが言えないというようにぽかんと口をあけました。「それは、…たしかに。たしかに、そういえば、そんな声が、聞こえる…」オウムは茫然と磔刑図を見上げました。老人は続けました。

「そう、人々はこの惨い図を通して神に祈りながら、ずっとその呪いを聞いていたのだ。そして、人々は、とても『賢く』なった。もともと賢くはあったが、それがずっと巧妙になったのだ。彼らはイエスのようにはなりたくなかった。地球上で、本当に良いことや正しいことをやろうとすると、多くの人々がそれに嫉妬し、みんなでそれをやめさせ、神への高みから地上の地獄に引きずり落とした。それでも言うことを聞かぬ者は、イエスのように全員でいじめて、殺した。そして、表面上は善き信者のふりをして、よく言うように、裏で、うまいことをやった。つまり、悪を行ったのだ。中世の魔女狩りなどはその最も惨い例だろう。彼女らは多く、ただ美しいという理由だけで燃やされて死んだ。多くの善き信者たちによって」

老人は再び指をぱちんとはじきました。すると磔刑図は消え、代わりに、黒い髪と髭をのばした若い男の肖像が現れました。それは一見、さっき見たやせ細った男の顔に似ていなくもありませんでしたが、その青い眼は鋭く澄み渡り、見る者の胸を深くつかむものがありました。オウムは思わずその図に近寄り、「こ、この方はどなたです?!」と叫びました。どこかで会ったことがあるような気がしたからです。老人はそれには答えず、言いました。

「あれから二千年、人類はようやく、イエスが本当は何を言いたかったのかを、理解しようとしている」老人は指をまたはじき、オウムの目の前のイエスの肖像を消しました。すると窓の向こうの、人形のようにぶら下がっている白い老人の姿がまた現れました。窓の老人は、白い老人に向かって、言いました。

「そして人類は、茨の道を歩き始める。ただひたすら、まっすぐに。彼の人の待つ、神の国へと向かって」
オウムはごくりとつばを飲み込みました。と、目の前の白い老人が、かすかに顔をゆがめたように見えました。窓の老人はその顔を見据え、その口元が震えて、何かを言ったのを聞き逃しませんでした。オウムが口を開き、その言葉を代弁するように、恐れ多くも厳かな声で、ささやきました。

「イエス」




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2012-01-26 07:13:22 | 月の世の物語・別章

そこは、深い緑の森に囲まれた、静かな湖でした。森の向こうの遠くには、高い山の白い頂が、幻のように空に浮かんで見え、湖水はどこまでも青く澄んで、その白く清いものの姿を自らにまとうように映しこんでいました。

夜が明けてまだそれほど間は立たず、空はようやく青く見え始めていました。湖には、たくさんの白鳥たちが、あちこちで羽根を休め、まだ覚めやらぬ夢の中にいるように、水の上を漂っていました。

しかし、白鳥たちの気づかぬところで、季節の神は静かに動いていました。山の雪が、かすかに揺れ動く音を、神は聞き逃さず、冬の終わりが来ることを、風に告げました。雪の中に小人のように潜んでいた花の魂が、硬い花芽をおずおずとゆるめ、かすかな光と香りを放ちました。風は大喜びで、その香りをあたりかまわずふりまきました。

太陽が高く上る頃、十分に体の温まった白鳥たちは、かすかな異変に気付きました。この香り、どこかでかいだことがある。軽い記憶の石の中に、うずくものがあり、白鳥たちは何故にか、そわそわし始めました。

その頃、湖の岸辺では、水色のスーツを着た一人の青年が、白い布に紋章を描いた旗を、空をかき回すように大きく振っていました。その姿は、白鳥たちには決して見えませんでしたが、その人がやっていることこそが、彼らの心をかきたてている魔法の一部なのでした。

白鳥たちの一羽が大きく羽根をばたつかせ、ようやく気付き、高く声をあげました。

ああ!帰らなければ、帰らなければ!ふるさとへ、ふるさとへ!

岸辺の青年は、いっそう旗を強く回し、上空にいる季節の風の精霊に合図しました。すると精霊は白鳥たちに温かい風を吹き付け、彼らの情熱をかきたてました。白鳥たちは互いに鳴きあい、翼をばたつかせ、何かに焦るように首を空に向けて、高く叫び、激しく何かを求めていました。

ああ、思い出したわ!思い出したわ!
たまご、たまご、たまご、こども、こども、こども、そして、すてきな、すてきな、こいびと……!

帰ろう!帰ろう!いえに帰ろう!みんなで帰ろう!

気の早い白鳥がさっそく水の上を走りだし、空に飛びだしました。すると湖の上の白鳥たちが次々と彼の後を追い始め、空に大きな白鳥の群れが浮かびました。季節の風の精霊は、群れの数が十分に空に集まったのを確かめると、口笛のような音を立てて、岸辺の青年に合図し、そのまま群れを導いて、高い山の方に向かって飛んでゆきました。

ほとんどの白鳥が、空に飛んでいったのを確かめると、青年は旗を振るのをやめ、それを魔法で消してから、指笛で小さな旋律を吹き、一羽の大きな鳳(おおとり)に姿を変えました。湖のすみには、ただ一羽だけ、群れの後を追えずに、残っている白鳥がいました。

彼はもうだいぶ年をとっており、とっくの昔にこいびとを失い、自分もまた見えない病気に侵されて、生命の力を失いつつありました。それでも白鳥は、何とかして空に飛び上がろうと、必死に足でもがき、力のはいらぬ翼を広げようとしていました。湖の水が冷たく、彼から体温を吸い取ろうとしていました。

ああ、たまご、たまご、たまご、こども、こども、こども、すてきな、すてきな、こいびと……
ぼくもいく。ぼくもいく。ああ、かえりたい、ふるさと、ふるさと、ふるさと……!

力をふりしぼって叫んだそのとき、彼は岸辺に、どこかで見たことがあるような大きな鳥がいるのを見つけました。その鳥は、姿は白鳥に似ていましたが、頭に瑠璃色のきれいな冠羽があり、孔雀のように長く白い飾り尾を後ろに引きずっていました。その長い尾の先にはそれぞれ、瑠璃の珠をはめ込んだような丸い模様がありました。

それは、一羽の白鳥が地球上での生命を失った瞬間でした。鳳は、白鳥に向かって一声、ふぉう、と鳴きました。それは、おいで、という意味でした。白鳥はその声に引き込まれるように翼をはばたかせました。すると思ったよりもずっと軽く、体はふわりと浮かびあがりました。鳳もまた、翼を広げ、空高く飛び上がりました。白鳥は鳳の後を、追い始めました。風が彼に歌を歌うようにささやきました。彼は歌いました。

ああ、たまご、たまご、たまご、こども、こども、こども、すてきな、すてきな、こいびと…。帰ろう、ふるさとへ。なつかしい、ふるさとへ…。

ふと気付くと、鳳の後を追っているのは、彼だけではありませんでした。白鳥だけでなく、雁やヒタキ、鷺や鶴、スズメや鴉などもいました。そしてそれぞれが、それぞれの声で、歌っていました。

たまご、たまご、たまご、こども、こども、こども……、ああ、なんで、なんでこんなにつらいの?くるしいの?ああ、たまご、たまご、たまご、こども、こども、こども……

すると鳳が、その声にこたえて、不思議な声で言いました。
「君たちが苦しいと感じているのはね、愛というものだよ」

あい?あーいー、あい、あい、あーーいーー?それなに?

「それはね、とてもいいものだ。君たちには、まだ難しい。でも、ことばだけは覚えておいで。すべては、愛なんだよ。たまごも、こどもも、こいびとも、みんな、みんな、愛なんだ」

いいもの?いいもの?それって、おいしいもの?

「それも、愛だよ。いいかい、決して、愛から離れてはいけない。こどもがおやから離れてはいけないように、決して、愛から離れてはいけない。覚えておいで。決して忘れてはいけない。みんな、みんな、愛なのだ。君たちも、みんな、愛なのだ」

やがて、あたりは夜になり、星が見え始めました。それは彼らが青い空の天井を超え、宇宙空間に飛び出したからでした。ふと、ヒタキが一羽、高い声をあげました。

ああ、思い出した。あれが、ふるさとだ。

そのとき、鳳が、また、ふぉうう、と鳴きました。するとまるでだまし絵のように、鳥たちの群れの前に、宇宙空間の模様をした透明なカーテンが現れました。カーテンは真空の風にそよぎ、その向こうからかすかな懐かしい香りをはこんできました。

そうか。帰るのだ。ぼくたち、帰るのだ。ほんとうの、ほんとうの、ふるさとに。

鴉が鳴きました。するとすべての鳥たちが、昔、本当にいた場所のことをいっぺんに思い出しました。あそこだ、あそこがほんとうのふるさとなんだと、鳥たちはそれぞれに言いました。鳳は鳥たちの群れを率いてカーテンをくぐりました。カーテンの向こうには、また青い空が広がり、森と山に囲まれた鏡のような湖があり、緑の山の向こうには、広い川の河口のある青い海が広がっていました。

白鳥をはじめ、水鳥たちは湖に降りて羽根を休め、ヒタキなどの小鳥は森の木々の枝にやすらいました。海鳥たちは山を超え、海へと向かいました。そしてすべての鳥たちがそれぞれの場所に帰ったのを見届けると、鳳はふぉっと一息鳴いて、また湖の岸辺に降り、すぐに元の青年の姿に戻りました。

太陽は九時の位置にあり、鳥たちを明るく照らしていました。上空を飛ぶ精霊が歌を歌い、それぞれに生きてきた鳥たちの魂の疲れをいやしました。青年はポケットから一枚の蛍石のカードを取り出すと、それをはじいて薄いキーボードに変え、何かをカチカチと打ち込みました。彼の水色の上着の胸には、日照界の紋章がありました。

彼は鳥たちのまだ幼い魂が、病に侵されずにすべて健康であることを確かめ、キーボードに打ち込むと、それをすぐにまた元のカードに戻し、ポケットに入れました。そして後を精霊に任せると、パチンと指をはじき、目の前に小さな木の扉を呼びました。彼はその扉を開け、ゆっくりと中に入って行きました。彼が姿を消すと、扉もまた消えました。

鳥たちは、それぞれの場所でやすらいながら、生きていたころの、幸せな夢を見ていました。

ああ、たまご、たまご、たまご、こども、こども、こども、そして、そして、すてきな、すてきな、こいびと……




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ナオミ

2012-01-25 07:58:41 | 画集・ウェヌスたちよ

黒人の美女が描きたくて、描いてみました。もちろん念頭にあったのは、あのナオミ・キャンベルです。でも、描いてたとき、パソコンは壊れてたし、資料を他から探してくるのも面倒だったので、すべて、記憶と想像だけで描きました。だからモデルにはほとんど似てません。

黒人の肌を描くのはとても難しかったです。でも出来上がってみると、とても美しい女性になりました。ほほえみとまなざしがかわいらしい美女になりました。

赤い石を金の板にはめこんだイヤリングやペンダントなど、簡単に描いてみましたけど、黒い肌には、ほんと、金がよく似合いますね。

黒い瞳には、ほんのり、緑をまぜて、なんとなく、夜の明かりに澄んでかすかに緑色を見せる深い水の闇の色など、思わせてみました。




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爆弾☆

2012-01-24 08:02:49 | 画集・ウェヌスたちよ
冒頭の画像は、「ジュディス・ベンサム、18歳」。
赤毛は、西欧世界では嫌われるようですが、ジュディスはあまり気にしないようです。ポーズにはあまり意味はなく、なんとなく、彼女の活動的なところが表現できればと、動かしてみました。
「星」の編で、彼女は結婚することを嫌がってたけど、私は彼女と結婚するピーターソン氏のほうがかわいそうだと思いますね。だって生きてるうちに彼女に変なことをしようなものなら、死んだ後で、彼女に何をされるか、わかったもんじゃないじゃないですか。



これは題して、「緑山の湖水の美女」。彼女の緑の瞳の美しさを、タイトルにしてみました。色白で細身ながらも、胸元が豊かなのは、男性の視線が、よくそこらへんにそそがれることが多いということを、魔法使いは知ってるからです。さすがに経験豊かな魔法使い。男心は深く研究しているようです。いやあ、ずるいですね。



これが、「古道の魔法使い・本性」。誰かに「お嬢さん」と声をかけられて、「なあに?」と振り返ったところです。この絵を見てくれたある男性は、おれならもういっぺんに逃げるとおっしゃいました。黒い肌に金色の目は、恐ろしくも、よく似合いますね。

古道の魔法使いは、物語の中でも、とっても好きな登場人物です。だって、わたしの言いたいことをみんな代わりに言ってくれるし、なんと言っても、とても優れた魔法使いで、いやな男性をみんなやっつけてくれますから。なんとなくコミカルなところも魅力的。

男性のみなさん、お気をつけください。女性をなめすぎると、時にひどい目にあいますから。これは本当。爆弾には、くれぐれもさわらないように。


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2012-01-23 07:41:45 | 月の世の物語・別章

その夜、天の国は、弓張月でございました。いつもの花のお庭で、天女たちが今宵の最後の曲を奏でていました。鈴を振る天女がその最後の旋律の始まりを告げ、竜笛がそれを追い、光に導かれたかすかな風に流されるまま、皆がそれぞれの音の和に酔うて流れるように指を動かし、美しい幸福を光の中に描き出しました。やがて琴が最後の音をはじき、それが風の中に消えて聞こえなくなるまで、彼女たちはじっと動かず、静かな歓喜の余韻に浸っていました。

一拍の沈黙があり、皆はふと目を覚ましたかのようにそれぞれの楽器から口や手を離しました。そして天女たちはさわりとさわめき、皆の目が一斉に、一人の天女の方へと注がれました。その天女の名は菜花の君といい、奏楽の天女たちの中でも最も若い天女でした。菜花の君は、震えながら、竜笛を口から離し、目をひざに落としました。梅花の君が、皆をたしなめようとしたちょうどその時、王様がお宮からお出になり、手をぱちぱちと打ちながら、今宵の奏楽はまことに素晴らしかったと、皆をほめたたえました。天女たちは頬を染めながら無邪気にそれを喜び、王様に深くお辞儀をすると、また、それぞれの持つ別の仕事の元へと、帰ってゆきました。

皆がいなくなった後、梅花の君だけは後に残り、いつものように何かとりおとしはないかと花の庭を見まわしていました。すると、王様が梅花の君を呼び止め、何事かを、彼女にささやきました。

その頃、菜花の君は、ひとり自分の仕事には戻らず、天の国の端にある銀の川のほとりに降り、竜笛を口にして吹き始めました。今宵の奏楽において、彼女は三度も音を間違い、そのたびに他の天女の奏でる音に助けてもらっていました。その自分のふがいなさが苦しく、彼女は空を突くように、高い音を鳴らしました。

「菜花の君」ふと、背後から呼ぶ声がして、菜花の君は振り向きました。するといつしか、そこに梅花の君がいらっしゃり、微笑んで彼女を見つめていました。梅花の君は、まだ童女の面影の残る菜花の君のお顔に、母のような慈愛を感じながら、やさしくおっしゃいました。「今宵はお花のお世話はなさらないのですか?」すると菜花の君の目から涙が流れ、今宵の奏楽の失敗を悔いていることを、素直に告白しました。梅花の君はおっしゃいました。

「天の国の愛と幸福をたたえる奏楽の天女が、音を間違えるなど、滅多にないこと。菜花の君、本当のことをおっしゃってください。もしかしたら、どこかお心のお具合でも悪いのではないですか?」
すると菜花の君は、くっと唇をかみしめ、目を伏せて少し顔をそむけました。まだ幼さの残る頬が、かすかに震えていました。梅花の君は懐から小さな薬入れを取り出し、その中から小さな白珠を一つ、手のひらの上に落としました。「蓮花の君から、いただいてまいりました」梅花の君は言いながら、それを菜花の君に差し出しました。菜花の君は驚いてかぶりを振り、言いました。「いけませんわ。それは王様のためのお薬。わたしなどがいただいては…」
「その王様が、ぜひあなたに、これをさしあげてくれと、おっしゃったのですよ」「王様が?」「はい、そのとおりです」
菜花の君はしばしためらった後、王様のために深く頭を下げ、その白珠をありがたくいただきました。彼女はそれを口に入れると、奥歯でこりりとそれを噛みました。するとえも言われぬ澄んだ香りが全身をめぐり、胸に空いた小さなうつろを豊かに温かく埋めてくれるような気がしました。菜花の君はしばしその感覚の中に浸ったかと思うと、突然たまらぬというように声をあげ、岸に膝をついて泣き始めました。

「わからぬのです。わからぬのです。国は、こんなにも豊かで、平和で、幸福に満ちているというのに、なぜか、なぜか、わたしは、さびしくてたまらないのです。なにかが、なにかが、足らぬような。なにか、なにか、忘れているような…」菜花の君は笛を握りしめると、訴えるような目で梅花の君を見上げました。
「天の国の幸福をほめたたえるためにある奏楽の天女が、さびしいなどとどうして言えましょう。わたしは、わたしは…」そうして涙を流し続ける彼女に、梅花の君は駆け寄ってやさしく抱きしめました。菜花の君は姉の君の胸に素直に甘え、その腕の中で細い嗚咽をあげて泣き続けました。
(この方も、何かを感じていらっしゃるのだわ)梅花の君は思いながら、やさしく菜花の君の背中をなでました。そのときでした。

銀の川の岸辺から、少し離れたところにある小さな州に、一羽の白い鶴が、音もなく静かに、ひらりと舞い降りました。梅花の君はそれを見て、一瞬、激しい衝撃を受け、菜花の君を抱いたまま石のように固まりました。そして、自分の中に奔馬のように駆けだそうとする感情を感じたかと思うと彼女は瞬時にそれを手綱でしばりあげました。それでも心が言うことを聞かぬとわかると、彼女は一寸の迷いもなく、それを自らの手で引きちぎり、投げ捨てました。そうして彼女は、何もなかったかのように美しく微笑み、菜花の君にわからないように、白い鶴に向かって、かすかに頭を下げました。

鶴はしばし、梅花の君の顔を見つめたかと思うと、白い翼を広げ、ゆらりと姿を変えました。そしていつしか、小さな州の上には、なつかしい真の王様が、一本の若木のように凛々しく、まっすぐに立っていらっしゃいました。王様は、激しくも気高い梅花の君の心を、悲哀にも似た澄み渡る瞳で受け止め、かすかに微笑みました。そして彼女の心の中にしか聞こえぬ声でおっしゃいました。(梅花の君よ。冷酷な冬の厳しい刃さえ恐れぬ、美しい花の君よ)梅花の君はかすかにうなずき、彼女もまた、王様にしか聞こえぬ心の声で、おっしゃいました。(おやさしいお方。すべてに、おやさしいお方)。

王様と梅花の君は、しばし静かに見つめあいました。そして王様は目を閉じ、かすかな息をつくと、再び目を開け、この上なく愛に満ちた瞳で梅花の君を見、おっしゃいました。(みなのことを、たのむ)。すると梅花の君は、小さくうなずき、目を伏せて頭を下げ、(承知いたしましてございます)とおっしゃいました。そして彼女がまた目をあげたとき、もうそこに王様の姿はなく、代わりにまた白い鶴が、細い一本の脚を州に刺して、静かに立っていました。

梅花の君は微笑みながら菜花の君の背中をたたき、おっしゃいました。
「菜花の君、ほら、ごらんなさい」
すると、菜花の君は顔をあげ、梅花の君の指さす方を見て、驚きの声をあげました。「まあ、なんとすばらしい鶴!」彼女は驚きのあまり、梅花の君の胸を離れ、岸辺に駆け寄りました。鶴は彼女の突然の動作に驚くこともなく、ただじっと州に立っていました。
「あれが何なのか、ご存知ですか?」梅花の君が問うと、菜花の君はすぐに答えました。「もちろんですわ。あれは、地球上に今生きる、善き人の夢の化身なのです。地球の生に苦しむ善き人が、夢で鳥となり、ひととき安らうため、この国の岸を訪れるのです」
「そう。昔は、それはたくさんの鳥が、ここを訪れたものでした。シギやチドリ、カモメなど…」
「ツバメやスズメ、ムクドリやハトなども、見ましたわ。でも最近ではとんと見なくなりました。きっと、今の地球の生が、苦しすぎるせいでしょう…」

菜花の君は、さっきまでの涙を忘れ、足指を水に浸すほど川ににじりより、笛に唇をつけ、強く息を笛に吹き込みました。笛の音は高く響き、岸辺の上を吹く風を揺り動かし、花がそよ風に揺れるような旋律に笛を導き始めました。菜花の君は、ただ純真に、岸辺に訪れた人の魂を、なぐさめたいだけでした。笛の音に、鶴は一声、こう、と高く鳴いて答え、しばし耳を傾けたかと思うと、やがて白い翼を大きく広げ、空高く飛び上がりました。

梅花の君は、鶴が闇空の向こうに消えて見えなくなるまで、じっと見守っていました。そして菜花の君は、目を閉じて、ただ一心に、笛を吹いていました。



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2012-01-22 07:52:22 | 月の世の物語・別章

寝室の鏡台の前で、ひとりの女が、赤毛を黒く染めた髪を、いらだたしげにといていました。今日は化粧も髪もなかなかうまく決まらず、彼女はそれだけで、今日一日が真っ暗なものになるような気がしていました。

その女の様子を、もう一人の女が、背後からずっと見つめていました。しかし、鏡台の前の女には、その女の姿を見ることは決してできませんでした。背後の女は、長い黒髪に、ぬけるような白い肌をした美しい女で、手に魔法使いの杖を持っていました。

(あいつよ!あの女のせいだわ。あんなやつ、いなくなればいいのに!)鏡台の前の女は、どうしても思い通りにならない前髪を何度もなでながら、心の中で叫んでいました。そのとき、背後の女は、鏡台の前の女の頭上に、明るい金髪の、快活そうな若い女の顔が浮かぶのを見ました。どうやら彼女は、その金髪の女に深く嫉妬しているようでした。魔法使いの女は杖を動かし、もっと詳しいことを知ろうとしましたが、途中でばかばかしくなり、やめました。鏡台の前の女は、前髪を整えるのをあきらめ、茶色のレースのシュシュで手荒く髪を縛りました。そのとき、隣室から、目を覚ました赤ん坊の泣き声が聞こえ、女はあわてて立ち上がり、寝室を出ました。

「ベイビィ、ママはここよ。泣かないで」
彼女が隣室に姿を消すと、魔法使いの女はそっと床から足を離し、宙を飛びながらその家の中をひととおり見まわしました。一家の暮らしはそう苦しくはないようで、リビングルームには、無名ながらなかなかの技を持つ画家の版画など、飾ってありました。魔法使いの女は、郊外にあるその家を出ると、今度は少し離れたところにある都市を目指して飛びました。

魔法使いは、四角い石柱のような鉄色のビル群の間をめぐり、古い時代に建てられた寺院の前にある、年経た木々の並ぶ広場の中を飛んで、古い樹霊に挨拶をしたりなどしました。大きな商店の並ぶ繁華街には、何かとげとげしい小石の混ざっているような音楽が始終流れていました。魔法使いは都市をひとめぐりした後、ある高層ビルのてっぺんの柵の上に座り、ふうと息をついて、傾き始めた日に、青空がだんだんと染まってゆくのを眺めました。

「あ、やっと見つけた!ずいぶんと探したんですよ!」突然上から声が降ってきて、女は顔をあげました。見ると、水色の上下の服を着た十歳くらいの子供が、巻き毛の金髪を風になびかせながら、彼女を目指して降りてくるところでした。彼は黄色いマフラーを首に巻き、それには日照界の紋章が金の糸で刺繍されていました。

女の正体はもちろん、古道の魔法使いでした。彼女は飛んできた子供が隣に座ると、パチンと指をはじいて炎を起こし、自分を焼いて変身を解きました。炎はあっという間に彼女の全身を焼いたかと思うとすぐに消え、中から、燃えるような赤毛を短く刈った、白い肌の女が現れました。子供は微笑みながらそれを見て、「だいぶ準備が進んだようですね」と言いました。女はふてくされたように、「まあね」と言いました。

ことの起こりは、二か月ほど前のことでした。最近、交通事故で死んだという三人組の若い男たちが、古道の魔法使いのうわさを聞き、一体どんな女だろうと、興味を持ったのです。彼らはそろいの黒い上着を着て、髪を派手な色に染め、意気揚々と口笛を吹きながら、彼女の占い小屋を目指しました。もちろん、頭の中では、どんなことをして女をいじめてやろうかと、いろいろなことを考えていました。しかし、そんなことに事前に気づかぬ魔法使いではありませんでした。三人組の中でリーダー各の男が、彼女の占い小屋のカーテンに触れたそのとたん、足元がずぶりと沈み、彼らは悲鳴をあげる暇もなく、あっという間に深い地獄の底へと吸い込まれてしまったのです。

彼らの姿が消えて、しばらくすると、占い小屋から魔法使いが出てきて、足元の石畳を透き見、彼らがどこに落ちたのかを確かめました。三人の男たちは、灰色の泥と無数の毒ミミズの流れる川の中で、ひいひいと叫びながら溺れあえいでいました。たまたま近くを通りかかった通行人が、ひひ、と笑い、馬鹿が粋がるからだ、とつぶやくのが聞こえました。女は手を腰にあて、頭をかきながら、さて、今度は何をやらねばならないのかしら、と考えました。すると、空からひらりと一通の白い封筒が落ちてきて、彼女の白い手の中に納まりました。封筒の裏には、月の世の紋章がくっきりと押されてありました。

「あら、お役所仕事にしては、早いわね」彼女はそう言いながら封を切り、中の書類を読んで、げ、と声をあげました。そこにはこう書いてありました。

「お嬢さん、またやりましたね。毒ミミズの川には、もうすでに救助隊が向かっています。さて、今回のあなたの罪の浄化の件についてですが、以下のように決まりました。

・地球人類として地球上で七十年の生涯を送り、人類のために何かの貢献をしてくること。

つきましては、同封の書類に必要事項を記入し、人生計画書を、三日の内に、日照界のお役所に提出してください」

こうして今、古道の魔法使いは、青い目をした赤毛の女の姿となって、ビルのてっぺんから地球の夕日を静かに眺めているのでした。隣に座った子供は、魔法使いの憂鬱などどこ吹く風と、陽気な声で言いました。
「予習も進んでいるようだし、必要ないかもしれないけど、一応仕事だから、説明しておきますね」言いながら子供はポケットから一枚の薄い蛍石のカードを取り出し、それを指でパチンとはじきました。するとそれはたちまち、薄い蛍石の板に七色の碁盤の目を描いたようなキーボードに変わりました。子供がそのキーボードをカチカチと打つと、見えないガラスの画面に、光る虫のような文字が次々と並び始めました。

「ええと、今回のあなたの人生で、先ず父親の名は、アーサー・ベンサム、中堅の製薬会社で働いています。収入も悪くはなく、生活に苦しむことはありません。母親は、マーガレット・アン・ベンサム、お気の毒ですが、彼女は人間ではありません。人怪です」
「知ってるわ。今見てきたから。かわいい顔して、裏ではかなりきついことやってたわよ」
「人怪は、嘘など平気でつきますからね。あなたの人生にとって、彼女の存在が最初の壁になりそうです。あなたは人の嘘なんてすぐ見破りますものね。…ええと、それに、ベンサム夫妻には現在一歳半になる女の子がいて、名前はジョーン。あなたはその妹として生まれ、ジュディスと名付けられる予定です。そして、今の予定としては、将来の夫の名は、クリストファー・ピーターソン。現在三歳」
「ちょっと待って!あたし、結婚すんの?!」魔法使いは思わず子供を振り向き、大声をあげました。子供はあっけらかんと返しました。
「ええ、あなたの生涯独身という希望は却下されました。クリストファーは常識人ではありますが、かなり嫉妬深い性格です。レディ・ファーストの姿勢は保ちつつしっかり男性優位の思想を隠し持ちます。たぶん、いろんな形で、あなたの夢の邪魔をするでしょう。これもあなたの試練です」
「わあかったわ、少しは男で苦労して来いってことなのね」魔法使いは頭をかかえながら、深いため息をつきました。

子供はまたカチカチとキーボードを打ち、画面を切り替えました。そして相変わらず陽気に輝く瞳で、微笑みながら言いました。
「でも、日照界では、あなたの、詩人及び児童文学作家になりたいという夢を大きく歓迎しています。魔法使いの言葉は、地球世界でも強い力を持ちますから。即効性はありませんが、魂にじわじわと効いてくるんです。それが、地球人類の魂の進歩にとても良い影響を及ぼすのではないかと、ぼくたちは期待しています。何せ、地球生命としての人類の指導教育は、神よりいただいたぼくたち日照界の大切な仕事ですから」
「それはどうも、ごくろうさんね」魔法使いはつまらなそうに言うと、子供に聞こえないように、顔をそむけながら小さく舌打ちしました。子供は何にも気づかず、キーボードをポンとうちました。するとキーボードは白い小さなカードをつるりと吐き出しました。子供は魔法使いにそのカードをわたしながら、言いました。

「あなたの入胎予定日は約半年後、これはその許可証です。では、がんばってください。ぼくたちも、こちらからあなたをしっかり応援します」
「どうもありがと」カードを受け取りながら、魔法使いが言うと、子供はキーボードを元のカードに戻し、すぐに空に飛びあがりました。
「じゃ、元気で!健闘を祈ります!」手を振りながら空の向こうに去ってゆく子供に、魔法使いは面倒くさそうに小さく手を振ってこたえました。

やがて子供の姿が見えなくなると、彼女はまた深いため息をつき、すっかり日の暮れた西の空を見ました。都市の明かりにかすむ桔梗色の空に、白い月がぼんやり浮かんでいました。地球上での今宵の月は、三日月でした。そして、その少し斜め下あたりには、まるで銀の匙からこぼれた金平糖のように、白い明星が静かに光っていました。それを見た魔法使いは、「あ」と声をあげました。

「さっきのあいつ、誰かに似てると思ったら」そう言いながら彼女は右手を振り、手の中に小さなバラを出しました。そしてそれを口元に寄せながら星を見つめ、「たいせつなものは、目に見えない、か…」とつぶやきました。



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