世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

オラブ⑤

2017-11-30 04:12:59 | 風紋


アシメックがいなくなってしばらくすると、オラブは木の陰から出てきた。それは髭も髪も荒れ放題に伸ばした、醜い小男だった。青白い顔をして、痩せている。手にはネズミの頭蓋骨を持っていた。腹をすかせたときにそれをしゃぶるためだ。

オラブは入り口から山を出ると、イタカの野に目をめぐらした。そして遠目の効く目で、もう誰もいないことを十分に確かめた。オラブは知らなかった。自分が人よりずっと目がよく、遠くのものや暗いところにあるものを、実によく見ることができることを。だから人が暗いところに隠した栗の壺なども、すぐに見つけることができるのだ。

「へっ」

オラブは入り口を覆う木の下に、アシメックの大きな足跡を見つけると、つばを吐くように言った。馬鹿馬鹿しい。謝るなんていやだ。おれはここで、ひとりで暮らしている方がいいんだ。

オラブはねぐらにしている木の根元に戻ると、シロルから盗んだ栗の壺の中に手を入れた。そして皮をむいた栗の実をふたつとりだして、それを噛んだ。火で煮ていない栗は硬かったが、それでも食うとうまかった。オラブは煮炊きなどほとんどしなかった。火を起こす錐は一応持っていたが、煙が出れば居所をすぐに見つけられてしまう。だから、激しく米が食いたくなったとき以外は、めったに火など起こさなかった。

冬の山は寒い。雪に降られれば魔にさそわれる。だからふもとの方に下りてきていたのだが、まさかアシメックがこんな時に山に来るとは思わなかった。オラブは内心、見つからなくてよかったと思っていた。アシメックに見つかれば、きっと無理矢理村に戻されるだろう。体力では、オラブはアシメックにはとてもかなわない。




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オラブ④

2017-11-29 04:12:51 | 風紋


冬の山には一歩も足を入れてはならない。それは先祖から伝わる教えだった。だがアシメックは一足でも中に入りたかった。入って、オラブを探したい。だが彼はその気持ちを抑えた。冬の山の厳しさは、当然のごと、馬鹿な過ちをした人間の伝説をともなって、身に染みてわかっていた。

一歩でも入れば、どんどん中に入ってしまうだろう。そうすれば雪の魔にとらわれて、魂を吸われてしまうのだ。そしてアルカラではないところに連れていかれてしまう。そんなことになればもう、人間に戻れなくなるのだと言われていた。

アシメックは山の入り口に立ち、山を見上げた。冬の山は暗く、激しく怒っているかに見えた。オラブはこの山のどこにいるのだろう。どこに住んでいるのだろう。このまま村の者たちを裏切ってひとりだけで暮らしていれば、きっとアルカラに帰れなくなるにちがいない。そう思うと、いつしかアシメックは叫んでいた。

「オラブ!!」

すると、木立に風が吹き、かすかにざわめきが起こった。オラブが答えたような気がして、アシメックは続けた。

「オラブ! かえってこい!! おれがなんとかしてやる!! もう馬鹿な暮らしはやめろ!!」

アシメックの声に、かすかな木霊が帰って来た。山が、動いたような気がした。何かがいる、とアシメックは思った。オラブだろうか。

「泥棒なんぞやめて、まっとうな暮らしに戻るんだ! おれが仕事をなんとかしてやる! みんなに謝って、村に帰れ!!」

アシメックはそう叫ぶと、しばし答えを待つかのように沈黙した。耳を澄ませてみたが、鳥の声すら聞こえなかった。今は鹿も冬眠に近い状態なのだ。

アシメックはそのまま山の前でしばらく待った。オラブが身を縮めながらアシメックの前に現れるのを。だが、当然、そんな様子は微塵もなかった。

春になって、歌垣が終わった頃、人を集めて山狩りをするしかあるまい。それまでに、何度かここにきて呼び掛けてみよう。アシメックはそう思った。そして、息をつくと、山に頭を下げ、踵を返して村に帰っていった。

山に静けさが訪れた。すると、入り口から少し奥のところにある木の影で、何かの気配が動いた。アシメックは知らなかった。オラブは普段は山の奥の洞窟で暮らしていたが、冬の寒さが厳しいころは、山のふもとにおりてきて、木陰に鹿皮をしいて暮らしていることを。




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オラブ③

2017-11-28 04:12:59 | 風紋


地面に敷いた茅布に色砂をまき、それに息をふきかけて、その文様を見るのだ。ミコルは砂の文様を見ながら、しばらく考えたあと、言った。

「やっぱり山にいるようだな。一度、山狩りをしたほうがいいだろう」

それを聞いたアシメックは、ひとつ息をつき、言った。

「それしかあるまい。だが、今は冬だ。冬山に登るのは危険だ。どうしたものか」

アシメックはしばし考えた。もう寒さの峠は越えたが、山の天気は厳しい。いつ雪が降るかわからない。オラブは一体どうやって暮らしているのだろうか。山の栗や林檎も、いつまでもありはすまい。そこでアシメックは、とにかく山の方にひとりで行ってみようと思った。山には入らない。だが、入り口のところで、何かを呼び掛けてみよう。オラブが聞くかもしれない。

アシメックは肩掛けと足袋を身に着け、イタカの野に赴いた。そしてまっすぐに山に向かった。イタカは冬枯れの様子を呈していたが、そこここに、花芽をつけはじめている草もあった。春がくれば、イタカは花園になる。魚骨ビーズを塗る色をとる赤いミンダの花や、青いクスタリが咲き乱れる。だが今はどこまでもが寂しい冬の野だ。

山の入り口は冬枯れたイゴの木の枝がかぶさっていて、実にうらぶれた様子をしていた。冬の間はだれも人が来ないから、木々も少し寂しそうだった。




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オラブ②

2017-11-27 04:13:20 | 風紋


よいものは大事にせよ、というのはカシワナカの教えだった。神の教えを守り、正しいことをしていけば、人はどんな難しい試練に出会おうとも、必ず最後には勝つことができると。

そんなある日のことだった。

冬も最も厳しい寒さを越え、いくぶん春の気配が感じられるようになってきたころのことだ。

またオラブが出た。

アシメックのところに、シロルという男が訴えてきた。家に蓄えておいた栗の壺をごっそり盗まれたと。オラブに違いないと。

「おれの子供にやろうと思って、たくさん皮をむいておいたんだ。人に見えないところに隠しておいたのに、一体どうやってわかったものか。オラブのやつめ」

「間違いないのか」

「ものがなくなったら、絶対にオラブのせいなんだよ」

アシメックはため息をつき、腕を組んだ。いつまでも放っておくことはできないと思っていたが、とにかく何かをしないわけにはいくまい。そう思ったアシメックはミコルに相談した。するとミコルは、眉間に深々としわをよせつつ、まじないをつぶやきながら、風紋占いをした。




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オラブ①

2017-11-26 04:12:53 | 風紋


冬の日々は穏やかに過ぎていった。

エマナのほかにも、3人の女が無事に子供を産んだ。それは恵みの少ない寒い冬の日々を、明るくしてくれるいいことだった。

赤ん坊は、アルカラの恵みをこのカシワナ族の村に持って来てくれるのだ。大事に育てれば、皆を喜ばせるいいやつになってくれる。

アシメックも赤子を見に行った。族長として、新たに村に加わったものはちゃんと覚えておかねばならない。

エマナのところにいくと、エマナはアシメックを見てうれしそうに眼を輝かせた。そして子供を抱いてくれとせがんだ。アシメックは喜んで抱いてやった。

小鳥のように軽い子だった。生まれてすぐに目があいたんだよ、とエマナが言った。かわいくてしょうがないというように。アシメックは子供の愛らしさをほめ、がんばったエマナをほめてやった。エマナは本当にうれしそうだった。

エマナに赤子を返すと、エマナは本当に愛おしそうに赤子を抱いた。その顔を見て、アシメックは感慨を受けざるを得なかった。どんな女でも、子を抱く時の笑顔は神のようにうるわしい。

エマナの家を出ながら、女はいいものだ、とアシメックは思った。子を産んでくれる。大事に育ててくれる。今、村のために働いてくれている男も女も、みんな女が産んで育ててくれたのだ。大事にせねばならない。




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イメージ・ギャラリー⑧

2017-11-25 04:12:41 | 風紋


Lee Bogle


出産はいつの時代も喜びです。
人間は人間になる前から、子供への愛を知っていました。
死ぬような痛みを耐えられるのは、子供が本当にいいものだということを、知っているからです。




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冬の子⑧

2017-11-24 04:13:01 | 風紋


その様子を見て、ソミナも泣いていた。出産の手伝いをするのは、いつもこの瞬間が、
うるわしいほど幸福だからだ。

ソノエは胎盤を皿にのせ、エマナの方に持って行った。エマナはそれを二口三口ほど食った。うまいものではなかったが、それを食わないと乳が出なくなると言われていたのだ。エマナが胎盤をちぎって少し食べたのを確かめると、ソノエはそれをすぐに下げて、外に出た。あとは、日に干して乾かしたものを砕いて、少しずつ食べればよかった。

エマナが子を産んだことは、その日、風のように村中に伝わった。新しい子供が生まれることは、村中の悦びだったので、みなが祝いの品を持って、エマナのところに来た。産後の肥立ちがよくなるように、みなが栗や鹿の干し肉を持って来てくれた。みな、赤子を見るたびに目を輝かせた。生まれたばかりの小さい赤子を見ることは、この上ない幸せでもあるのだ。

「この子だな、アルカラから来たばかりの子は」
「かわいいねえ。ちょっと抱かせておくれ」
「アシムというんだよ」
「いいねえいいねえ。至聖所にはおれが報告しといてやるよ。立てるようになったらおまいりにいけよ」

男も女もみな見に来た。トレクももちろん見に来た。痛いことにはなったが、男にとっても、自分の子供が生まれることは幸福であったのだ。

エマナももう、特にトレクを責めなかった。今は赤子を抱いているだけで幸せだった。

「かあちゃんの子だ、おまえは、アシム」と言いながら、エマナは子を片時もはなさず、細やかに世話をした。黒い目の大きな、かわいい子だった。やがて大きくなれば、みんなのためにいいことをする、いい男になるだろう。アシメックのように。

外には冬の冷たい風が吹いていた。だが、赤子がいるというだけで、みな春のように暖かい気がした。また、気合を入れて働かねばならない。そう思えるのは、子供というものが実にいいものだからだ。






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冬の子⑦

2017-11-23 04:13:01 | 風紋


エマナは一晩中苦しんだ。手伝いの女たちも、ほぼ一睡もせずに助けた。ミコルも家の外でまじないの歌を歌い続けてくれた。家の中から女の叫び声が聞こえるたび、周りに幽霊のような気が走るのを、ミコルは感じた。魔が、邪魔しようとしている。やつらは隙あらば小さい赤子の霊魂を食べようとするのだ。ミコルは必死に神に祈った。それが巫医の仕事だったからだ。

星が巡り、時が過ぎた。一晩はあっという間に過ぎた。

みんなの祈りが通じたのか、夜明けごろに、子供は生まれた。

女が身の割れるような思いをして産んだ子供は、男の子だった。朝日とともに生まれたのだ。

産声が聞こえたとき、女たちの間に歓声が起こった。

「生まれた!!」
「よくがんばったねえ、エマナ! アシムだよ!!」

木舟の中のぬるま湯に赤子をつけて洗いながら、ソノエがぽろぽろ涙を流していた。産婆のソノエはいつも、新しい子供が生まれるたびに泣くのだ。だれの子が産まれても、うれしくてたまらないという。

「こっちにおくれ! あたしの子!!」

陣痛の間は、しきりにトレクへの恨み言を言っていたくせに、生んだとたんにエマナは母の顔になっていた。そしてきれいに洗われた我が子を胸に抱いた時、震えるように喜んだ。

「ああ、なんて立派な子なんだ。おまえはアシムだよ」

エマナは泣きながら言った。そして早速乳をふくませてやった。赤子はすぐに吸い付いた。




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冬の子⑥

2017-11-22 04:12:58 | 風紋


エマナの子はなかなか生まれなかった。ソノエはエマナを抱きかかえるようにして、しきりに励ました。ちなみにこのころは、後の世のように女は横になって子を産まない。猿のようにしゃがんで産んでいた。だからソノエはエマナの前に陣取り、エマナの下から子が出てくるのを待っていた。苦しんでいるエマナを少しでも楽にしてやろうと、ソノエは前の方からエマナの腰に手を回し、さすりながら、いいことばかりをささやいてやった。

「きっといい子が産まれるよ。かわいくってたまらないよ。そうだ、男の子だったら、ミンドという名前にしないかい。女だったらミンダだ。あんた、ミンダの花をよく摘むじゃないか」

すると、囲炉裏で湯を見ていたソミナが口を挟んだ。

「いや、アシムがいいよ。アシメックのアシム。あんたこのたび、アシメックには世話になったじゃないか」

「それいいねえ。女だったらアシマにすればいい。かわいい子になるよ」

ほかの女も声をかけた。すると苦しんでいるエマナの目から涙が流れた。エマナはすぐに口はきけなかったが、陣痛がゆるんできたすきに、「アシムがいい」と言った。

出産は女たちの協力のたまものだ。友達のいない意地悪な女でも、このときばかりはみんなが集まって助け合う。エマナはいい女だった。魚骨ビーズに色を塗るのが仕事だった。イタカでミンダの花を摘んで、それからとった色で、ビーズを塗るのだ。色を付けたビーズを茅糸で連ねると、それはきれいな首飾りになった。エマナの仕上げた首飾りは、宝蔵で大切に保管されるのだ。




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冬の子⑤

2017-11-21 04:14:30 | 風紋


トレクというのは、生まれてくる子の父親の名前だった。しかしみなはそれに苦い思いを抱いていた。実は、この子供を授かることになったきっかけというのは、ほぼ強姦に等しいことだったのだ。

ある晩、ビーズ塗りに疲れ果てて横になったエマナの寝入りばなを、忍び込んできたトレクという男が襲い掛かったのだ。

もちろん合意ではなかった。トレクは抵抗するエマナを抑えつけて、強引に思いをとげた。エマナはもう二人の子をもつ大人の女だったが、それでもこれは痛いほどつらいことだったので、翌朝アシメックに訴えた。

この時代、まだ結婚制度というものはなかった。大人になると、男と女はほぼ好きなようにだれとでも異性と交渉していた。こういうトラブルは少なくなかった。

アシメックが調べさせると、襲った男がトレクだということはすぐにわかった。それでアシメックはトレクにこんこんと言い聞かせ、なんとかエマナに謝らせた。そして、子供が生まれたら、トレクがその財産の四分の一をエマナに分けることで、なんとか解決をつけたのだ。

族長というのはこういう仕事もせねばならない。大事な仕事の一つだ。族長はじめ、いい男が目を光らせていない限り、まだ何もわかっていない男が、女に何をするかわからないからだ。女は大事にせねばならない。この世界の人間はみんな女が産むのだから。




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