わが母校の境町尋常小学校は運動会を毎年秋十月十五日と決めていたようだった、日本一面積の小さな町と少年倶楽部に書かれたこともあった町だったが、戦後の昭和の合併で面積は大きく変わったのでその辺の話は終わった。
運動会の日は秋の長雨も落ち着き大体良い日に恵まれて、町の一大イベントとして町中大騒ぎ、それぞれ児童のいる家ではお弁当を用意したり応援席とりに追われるか、近所に頼むかしていたものだった。
思い出は当日雨になっていたが、近所の上級生のお弁当をあづかりそれを水たまりに落としてしまい、食べらいなくしてしまい大騒ぎ、一年生の時だったか母ちゃんに菓子パンで謝ってもらった失敗談があった。七十七-八年前の話である。
この頃は運動会の最適日が多い、これを曜日で決めるとはいつのだれの総理の時か、顔が見たい様だ。しかも十月十日は全回オリンピック開会式の日を記念して決めたはず、曜日指定とはオカシイことだ。 しかも二千二十年には七月から八月の暑い盛りの開催可笑しなことばかり、わずか五十数年で世界のスポーツ界もおかしな事になっているようだ。
今日は同じ町内の先輩お年寄りの大腿骨折の入院をお見舞いに行ってきた、お隣の奥さんのお見舞いに行き聞いたのだが、こちらの方が軽い様で安心したところ、病院はそんなことだ同じ病院、整形外科は評判がいいよう、頑張っていただきたいものだ。