ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

バレリーナ

2016年03月25日 | 日記

 たまたま立ち寄った古道具屋の店内をぼんやり眺めていると、頭上から声がしたので振り返った。
売り物の大きな木製キャビネットの上に置かれた高さ20センチほどの古びたバレリーナの人形がこちらを見ていた。
私を買って、ここから連れ出して欲しい、と懇願する。
台座ごと手に取ってみた。
クラシカルな白いチュチュは薄汚れていた。
表情は、たとえばドガの踊り子というよりは、切れ長の目が東洋風の寂しい印象だった。
少し気の毒になった彼は所在なさ気に座っている店主から二割値切ってその人形を買い、仕事場へ持ち帰ると机の上に置いた。
彼女は値切られたことにひどく腹を立てていた。
あれは駆け引きだから、と釈明しながら、生身の人間も人形も、同じく厄介だな、と彼はため息をついた。
 人形は気難しかった。
新しいチュチュを買ってくれ、と毎日のようにうるさく言う。
そんなものどこで売ってるの、だいたいきみと同じ型の人形はもう絶版だろう。
口に出してからしまったと思った彼は、柔らかいウエスに衣類洗剤と漂白剤を調合したものを塗り、それで衣裳の汚れを丁寧に拭き取って行った。
宝飾品も、ねだり出した。
仕方がないので彼は若者向けのアクセサリー店へ出かけて行って安価なブレスレットを買い、ニッパーやペンチを使ってそれを小さくして人形に着けた。
 ある日彼が出張から戻ると、人形は珍しく上機嫌だった。
見ると左腕には見覚えのないブレスレットが輝いている。
二人は激しい口論になった。
彼は近くにあった紙袋をやおら人形へかぶせると袋の口を閉じ、それを持ったまま部屋を飛び出した。
川へ流してしまおうか。
それとも山へ捨ててこようか。
けれども、20分もすると怒りの感情はすっかり消えていた。
舗道の上で雨に打たれながら、恐る恐る袋を開けてみた。
涙でくしゃくしゃになったバレリーナの顔が見えた。
彼は仕事場へ戻り、また机の上に彼女を置いた。

(つづく)


 
 

コメント
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