1951年には新作中編「悲しき酒場の唄」へ初期の短編を加えた同名の短編集と、やはり同名の一冊全集が刊行されている。映画「ピクニック(1955年)の中でヒロインの妹役のスーザン・ストラスバーグがいつも持ち歩いている本だ。
あの映画のラスト近く、「男なんていらないわ、私はニューヨークヘ出てみんなをあっと言わせる小説を書くんだ」というストラスバーグのセリフは、マッカラーズとその作品群を念頭に置いたものだろう。
この短編集には、O・ヘンリー賞を受賞した「木、岩、雲」も含まれている。夜明け前のカフェで新聞少年と中年男がぽつりぽつりと交わす奇妙な会話。
○男は若い頃から非常にセンシティヴな人間だった。しかし、感じたことや体験がすべて体の中にバラバラに置かれているような、やるせない違和感に悩んでもいた。ある日男は一人の女に出会い、恋に落ち、三日目で結婚した。男にとって彼女は一種のベルト・コンべアだった。体の中のバラバラのものが彼女を通すことによってどんどんつながって行くのだ。男は自分が完成したことを知る。
ところが彼女は突然彼を捨てて別の男と家出してしまった。男は再びバラバラになり、彼女を探して放浪の旅に出た―。
○男は女に会ってアイデンティティを確立した.女はただのあばずれだったのかもしれない。しかし男にとっては最高に価値ある人間だったのだ。
○放浪を始めて六年目の春。男の頭にまるで天啓のように″愛情の哲学″が閃いた。
「自分をはじめ、男性は愛の“クライマックスから出発するために失敗するのだ。木・岩・雲からスタートし、最後に女性に到達すればいい。」
男は道ばたから石ころを拾ってきてそれをいつくしんだ。
金魚を買ってきてそれを愛でた。そうやって彼はついにすべてのものを愛すことができるマスターになったと言うのだ。
○この哲学も面白い。
子供の頃にこんなことを考えたことがある。
○生長の早い樹の苗木を買ってきて庭に植え、僕はそれを毎日飛び越える。木はどんどん大きくなるが、一日分の伸びに限れば徴々たるものだ。木はとうとう大木になる。毎日それを飛び越す練習をつんでいた僕は自然ものすごいジヤンプカを身につけている―。くだらないか。
表題作の「悲しき酒場の唄」は「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」の鬼才エドワード・オールビーによって1962年に戯曲化された。病床にあったマッカラーズと入念に打ち合わせた上での劇化だったが、ブロードウエイではさはどヒットしなかった。早川書房刊の「オールビー全集」の中に訳出されている。
マッカラーズは少女時代にかかったリューマチ熱が原因の関節炎を患っていた。この難病は徐々に彼女の体を蝕み、三十代で杖をつくことを余儀なくされ、四十代では外出も困難になるほどだった。心臓発作、手足の麻痺、視力減退やたびたびの骨折といった症状に悩まされた上、乳ガンまで併発した彼女は満身創夷となって1967年、五十歳の短い生涯を終えた。
最後の作品となった「針のない時計」を執筆する頃には既に右半身は不随で、片手でタイプライターを打ったため、一日やっと一ページしか進まなかったという(邦訳は講談社文庫から出ていたが現在は絶版)。
(1990年12月)
国語教師「おやまあ、お宅ではお嬢さんにそんなけがらわしい本を読ませているの?」