このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。
大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。
また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。
玉川上水で心中した太宰治の墓前で翌24年11月に自殺した自称弟子の作家田中英光の遺稿に「さようなら」というエッセイがある。
書き出しはこうだ。
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「グッドバイ」「オォルボァル」「アヂュウ」「アウフビタゼエヘン」「ツァイチェン」「アロハ」等々―。
右はすべて外国語の「さようなら」だが、その何れにも(また逢う日まで)とか(神が汝の為にあれ)との祈りや願いを同時に意味し、日本の「さようなら」のもつ諦観的な語感とは比較にならぬほど人間臭いし明るくもある。「さようなら」とは、さようならなくてはならぬ故、お別れしますというだけの、敗北的な無常観に貫ぬかれた、いかにもあっさり死の世界を選ぶ、いままでの日本人らしい袂別(べいべつ)な言葉だ。
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人生には出会いや別れ、死など自分ではどうにもならないことがあるのだが、日本人は、それを諦め、静かに受け入れ、「さようならなくてはならぬゆえ」と別れて行ったのだ。
田中のデビュー作「オリンポスの果実」は中学の終わりにドラマ化されたものを観た。
主演が山本紀彦、萩尾みどりがヒロインだった。
田中は太宰の「お伽草子」に収録された「カチカチ山」のたぬきのモデルだと言われているが、劇中劇でそんなシーンもあったように記憶している。
ところで、ロス五輪(1932年)のボート競技選手だった田中に関する文章には必ずといっていいほど、彼は六尺二十貫の巨躯、巨漢だった、と記されている。
六尺二十貫=182センチ、75キロ。
僕は震え上がった。
当時の僕は182センチ、67キロ。
本ばかり読んでいるおとなしいオレは、巨漢になりかけているのか!?
百歩譲って大男呼ばわりはまだ許せるけど、巨漢は絶対に嫌だな、と。