今日は二の丸の土塀の修繕に旧知の大工棟梁が来ている。
東葛兵部は自ら盆に急須と茶碗、まんじゅうを乗せて作業現場を訪ねた。
これは中老様直々のお出ましで、と兵部の姿を認めた棟梁は人懐っこい笑顔を浮かべた。
腕は最高なのだが、こうと思ったら施主の言うことすら聞かない頑固な性格が災いして働く場所を失くしていたのが、兵部に拾われて城へ出入りするようになった老大工だった。
濡れ縁に並んで茶を飲みながら、棟梁が言った。
「兵部様、隣の国にも腕のいい大工はおりますでしょうか?」
どうした棟梁、やぶから棒に。
「いえね、あなた様のお取立てでこのようにお城で仕事をさせていただいておりますが、とりわけ、姫様のお住まいをあちこち修繕した際に、あのお綺麗な方からお褒めのお言葉をかけていただいて、なんだかこの歳になってまた腕が上がったような気がしております。
時々うちのばばあと話すのですが、姫様がお輿入れする前に何かもう一つ、腕を振るってお目に掛けたかったなぁと。それだけが心残りでなりません。」
「うむ。そう嘆くでない、棟梁、そなたの腕前が比類なきものであることは姫様もよくご存知だ。いつかあちらで大工の仕事をご覧になることがあれば、きっとそなたを思い出して物足りなく思ってくださるであろうぞ。」
そうでしょうか、と棟梁は嬉しそうに顎を上げた。
兵部は内心驚嘆していた。
この半ば操縦不能の老徹な男にためらいもなく思慕の念を語らせるとは、やはり我が姫様は三国一の姫君よ。
そう思ったとたんに口をついて出た大きなため息を、彼はあわててごまかした。
私はNPO法人なごやか理事長に連れられて、小さなイタリアンレストランにお邪魔した。とにかく狭いお店だったけれど、料理は本格的で、デザートのドルチェもおいしかった。
いつからこちらへ?と理事長に尋ねると、彼は笑って言った、少し前の日曜にふらりと立ち寄ったら、たぶん学童保育が休みだからなのか、カウンターの端に小さなお嬢さんが座ってタブレットPCでなにかを読んでいて、帰り際にはカウンター内の両親と一緒に、ありがとうございましたって、恥ずかしそうに声を掛けてくれたんだ。お店の子供あるあるだよね(笑)
僕もお店の子供で、シャッターの開閉や朝の雪かきが「仕事」だった。
たまたまそこに同級生が通ったりすると、ホント恥ずかしかったものだよ。
ああ、分かる、と私はうなずいた。
私は家具屋の娘で、夕方、店の前にずらりと並べた小ぶりな三輪車を、番頭さんと取り込むのが「仕事」でした。お母さんも店に出ていたため、お客さんに居座られると夕ご飯にならなくて。お店の子供ってなんとなく悲しいですね。
「鼻息の荒いのも、中にはいたけど(笑)お店の子供たちは、親の喜びや悲しみを嫌でも目の当たりにしながら暮らして行く。なんにせよ、子供たちが自分ちのお店を誇らしく思える時代がまた来るといいね。」
そんな思いから、理事長はここへ通っていたのか。