今乗っている車は、ドアを開けるとスタートボタンが赤く点滅していて、そこを押すとシフトセレクターのダイヤルが音もなくせり上がってくる。同時にパネルのトリミングが一斉にブルーのLEDライトで点灯し、さらに前面のエアコン吹き出し口4つが反転して出現する。まさに「サンダーバード」風だ。
噂では今年フルモデルチェンジして全グレードが電気自動車になるそうで、それはせっかちな僕の生活スタイルに合っていないので別の車種にするしかないのだが、このダイヤル方式が残るのであれば再考してもいいと思っているほど、この痛快なこけおどしが気に入っている(同じ系列のレンジローバーもこのスタイルだ)。
年老いた両親に、トイレリフト(昇降式便座)を購入した。
斜め方向だと15度まで、垂直方向だと14.4センチまで、便座がせり上がり、立ち上がりをアシストしてくれる。
親孝行というよりは、二つ下の妹が、亡くなった義父が使っていた、と繰り返し言うのに若干イライラ来て買ったのだが、これもなかなかの「サンダーバード」風だ。
僕が大男であることはすでに何度か書いてきたが、地元紙の広告営業担当のOさんは身長こそわずかに僕より足りないものの、誰が見ても掛け値なしの巨漢だった。
だったと書いたのには訳がある。
お互い忙しい上にコロナ禍もあって夏以来、電話や伝言でのやりとりが続き、年末に4か月ぶりで会った彼の顔は、マスク着用でもはっきりわかるほど小さくほっそりとなっていた。
驚いて病気でも患ったのかと尋ねると、ダイエットしたんです、と答えた。
120キロ超だった体重を95キロまで落としたという。
元々は75キロだったのが、毎回食べ過ぎているうちに増えて行ったらしい。
僕もUターンしてきた時は185センチ、68キロだった。けれども、そんな青い顔のやせっぽちだとほとんど肉体労働の家業では半日と持たず、対策として食べて体を大きくしたのだ、と話すと、分かります分かります、と相変わらずの大声で笑った。
なんでも食事量を6割に減らし、ランニングと筋トレでここまでにしたのだそう。
やっぱり米食はてきめん太るよね、と二人で頷きながらまた笑った。
新しく当法人の担当になった20代の銀行マンYさんは187センチあるそうで、本当に久しぶりに見おろされる感覚を僕にくれた。
その日必要な書類にサインした後、僕は思い切って尋ねた。
Yさん、スーツのサイズはY9くらいですか?僕は若いころY7だったのですが、今はAB8でピッタリなんですよ。
彼の答えに驚いた。
「袖丈が合わなくて、全部オーダーです。」
それは―ある意味うらやましいですね。僕は残念ながら合うサイズがあるので吊るしとオーダーが半々くらいです。ちなみにシャツは43-86(首回りと桁丈)です。
「あ、そうですか、私は既製品だと一応43-90ですが、やっぱりしっくりこないんですよ。」
僕はさらに目を丸くした。
そして自分のことを棚に上げて思った、いやー、大男ってホントいろいろ驚かせてくれるよ。
「父親が持病を悪化させて危篤状態に陥った時のことだ、僕は弟妹たちに連絡を入れてから枕元に付き添った。
肩で荒く息をして、酸素マスクの下の顔をゆがめながら、しきりになにか言いたそうにしている。
どうしたの?と口元に耳を寄せた。
『ギャングにピストルで脅されて、金を要求されている。弁護士を頼んでくれ。』
今こんな話?と思いつつ、人それぞれだからな、と気を取り直して尋ねた。
いくら要求されてるの?
『一億円。』
わかった、腕のいい弁護士を頼むし、自分でも交渉してみるよ。
しばらくすると目を開けた。
『弁護士はどうなった?』
ああ、2兆円払ってオレが解決したよ。要求は取り下げるって念書も交わしたから大丈夫だよ。
『そうか。助かった。 、、2兆円か。』
ほっとしたように、父は目を閉じた。
それがまたしばらくして、口を開いた。
『一関市で料亭を開業するそうだけど、考え直した方がいいんじゃないか?』
このけせもい市でこども食堂はやるかもしれないけど、料亭はないね。誰に聞いたの?
『ラジオで言ってた。』
それは僕の口癖だった。元ネタは映画『巴里のアメリカ人』で、パリジェンヌのヒロイン、レスリー・キャロンとアメリカ人の画家ジーン・ケリーがセーヌ河畔で交わすかみ合わない会話の中に登場する。
悪運が強いのか、父は奇跡的に回復し、僕は弟妹たちから世紀の大誤報だと責められるはめになった。
でもそのあと時々父は言った、『二兆円あったら別の事業もできたのになあ』と。
僕は苦笑しながらなにも答えなかった。」
あろうことか、私の今年の初夢はNPO法人なごやか理事長が主役だった。
これはいささか言い訳じみているが—私たちなごやか職員と理事長は東日本大震災後の一時期、家族以上に長い時間を共に過ごし、さまざまな困難を乗り越えようと心を合わせた。
だから夢にまで登場するのも致し方ないのかもしれない。
夢の中で私たちは理事長の還暦のお祝い会を企画していた。
相手にサプライズを仕掛けるのが好きな彼を、今日はこちらが驚かせようと、私はなめとこデイサービスじゅうに紅白の幕を張り、さらに派手なステージを作って、赤いちゃんちゃんこと帽子を準備していた。
そこへ理事長が現れたのだが、私たちはみな度肝を抜かれた。
理事長は白いパンツに赤いポロシャツ姿で、その髪はきらきら光るプラチナシルバーに変わっていた。
紅白の幕の前に立った理事長は「保護色?」ととぼけて見せた。
「還暦だし、色々もういいんじゃないかと思ってさ。」
ニヤニヤ笑いながら彼は言った。
異変はSNSですぐに伝わり、事業所には100名以上の職員が集まり始めていた。
この事態を、一体どう収拾したらいいの?
私は汗だくで目を覚ました。