「施設の中にある福祉用具のハンドルやダイヤルが緩んでいないか、確認のため触ってみるのだけれど、そんな時、無意識にあたりを見回してしまう。すっかり癖になっているのだ。
若いころ、大工棟梁と一緒にモノづくりに精を出していた時のことだ、部材を取り付けた後、それがしっかり接着されたか、念のため軽く揺すってみたところ、棟梁に声を掛けられた。一度取り付けたものはそんなに揺さぶらないものだ、それは無粋ってやつだよ、と。
そして棟梁は弟子時代の思い出話を聞かせてくれた。
ある時彼が在籍していた組(工務店)が旅館を請負って、職人がそれぞれ一部屋ずつ任された。建物が大きかったため他の組の大工たちも応援に来ており、棟梁の隣の部屋は、運悪く他の組の名人と呼ばれる方にあたってしまった。
負けず嫌いの棟梁は初日から午前10時と午後3時のタバコ(おやつ)の時間も休まず、昼食も早々に切り上げるなど無茶をした。
となりの名人も鳴りやまない玄能(かなづち)の音を聞きつけて、通りすがりを装って入り口からチラチラ中をのぞいて行く。
次の日も競争のようになったのだが、3時のタバコの時間に名人は棟梁の部屋に入ってくると、おう、フジムラさん、少し息をつこうぜ、と声を掛けてくれた。
それから仲が良くなって、タバコも昼の弁当も一緒にとり、名人の滋味深い話をたくさん聞かせてもらった。骨の折れる天井の造作などは二人で協力して行なった。すべてが血肉になった。
それが仕事も終わりに近づいたころ、棟梁が午前中に糊付けしたたたみ寄せ(壁とたたみを見切る部材)がしっかり接着しているかどうか、軽く揺すってみたところ、それを見逃さなかった名人から笑いながら先のような指摘をいただいたのだそうだ。
自分が取り付けたものに自信を持て、という意味なのだろう。
無粋と言われては、僕もやめるしかない。
でもやっぱり、利用者様の安全を考えると、今日もまたこっそりやってしまうのだ。」