電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『長門守の陰謀』を読む

2012年11月14日 06時02分39秒 | -藤沢周平
少し前の出張の際に、藤沢周平『長門守の陰謀』を読みました。文春文庫の新装版は活字も大きく明瞭で、たいへん読みやすく感じられます。

第1話:「夢ぞ見し」。楽しい話です。藩主の交代に絡む相同の結末までを、妻の側から見た形で描かれます。明朗で屈託のない若い武士が居候して、少しばかり様々な夢を見るところは楽しい。肩を揉んでもらったその若い居候が藩主になったら、というところに、くすぐったいような面白さがあるのでしょう。山本周五郎あたりにありそうな小編です。
第2話:「春の雪」。やはりどことなく山本周五郎を連想させる市井ものの短篇で、幼いころから互いによく知っている、グズでのろまの茂太と、頭もよく男らしい作次郎と、同じ店に勤めるみさの三人のお話です。悪い男たちに連れ去られそうになったみさをかばって逃してくれた茂太は、散々に痛めつけられ、怪我をします。自分への思いを知ったみさが取った精一杯の対応を、作次郎は理解できない。不幸な若者たちが、それぞれの道へ分かれていく姿が簡潔に描かれて終わります。
第3話:「夕べの光」。先妻が捨てて行った乳飲み子を育てながら、力仕事で生活を支える後家のおりん。後添いの話や犯罪に加担させられる話なども折り込みながら、おりんは幸助という子供を育てることを優先します。どうやらそれが、おりんを転落させずにすむ結果となっているようです。
第4話:「遠い少女」。脇目もふらずに歩いてきた一本の道を振り帰り、その道からはみ出したことがなかったことに気づいた中年男が、子供のころに周囲からはやし立てられていた美しい少女の現在の境遇を知り、裾継の店を訪ねます。殺人者の情婦としての顔までは知り得なかったのは、やむを得ないでしょう。歳月と境遇は、無惨に人間を変えてしまいます。
第5話:表題作「長門守の陰謀」。これはまた、簡潔で見事な歴史小説です。荘内藩酒井家最大の危機となった長門守事件を描きます。藩主の弟で、白岩で苛政をしく酒井長門守忠重は、兄の長子のかわりに、自分の息子の九八郎を姪のおまんと縁組させ、荘内藩の乗っ取りを企てます。長子忠当を江戸に逃がし、暗殺を防いだものの、家老一派は追放や切腹など、陰謀が勝利したかに見えました。ところが、藩主の急死で事態は一変してしまいます。忠当の妻の実家である松平伊豆守信綱のおかげで陰謀は阻止され、後に長門守は白岩百姓一揆の責任を問われ、改易となってしまいます。

地名や人名も、どこかで聞いたことのある固有名詞が多く、事件の結末も、なるほどそうだったのかと頷けるものでした。やっぱり藤沢周平はおもしろい。今回も、期待を裏切らぬ佳品ばかりです。ふと目を上げると、そこはすでに都会の風景で、思わず現実に引き戻されてしまいました。

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