(思案橋:妻子を捨て辻のジュリと逃避行する前の我謝里之子)
見た舞台の写真をUPしたいと思うが、写真はお断りします、とアナンスがなかったので、頭越しに何枚か記録として撮った。アンケートもとりたかったのだが、間に合わなかった。準備不足。何人か役者の方にインタビュー予定。バスで市内に向かったのは良かった。中身は今論文を書いている中身に重なるので、何もコミットしないことにする。芸能担当記者が中身にコミットして写真と批評を一部でも掲載してくれたらいいね。最近の批評コーナーは素人の感想レヴェルで、あまり刺激がなく、メールなどネットでの批評の方がいいという現状かな?例えば「でいご村」に関して、メールでコメントをくださったSさんの批評はシャープだ。ここでご本人了解でUP。
ああパレットはステージが狭くて、あまり演劇空間としてはいいとは思えませんね。沖縄芝居の舞台は以前の郷土劇場もなく、最近は国立劇場おきなわのステージが見慣れたせいか、あのステージが一番いいのかもしれないね。小劇場のステージもパレットよりはいいと言えようか?ステージの空間がどうも狭すぎる感じだね。あるいは那覇市民会館や沖縄市民会館、石川市民会館、具志川市民劇場がいいかな?ステージの広さと迫力は比例するのだろう。
以下にSさんの批評です。大方同意です。
「でいご村から」
ゲネを拝見しました。
はい。酷い脚本です。
でも演出も感心しません。
これだけ説明的な脚本だと上演の正否は
演出にかかっていますが、
細やかな人物造形や心情の変化を追うことをはなっから諦めているかのようです。
台詞がなくても、喜助は姪っ子さよの足を洗ってあげるための水のかけ方一つに
姪っ子への慈しみや関係が表現できるはずです。
刃物を握りしめたさよの思いが殺意なのか自死への衝動なのか?
宴もたけなわの様子と語られながら、なぜか村人が去り無人化している舞台?
なぜト書きや台詞に書かれた最低限の情報すら伝えようとしないのでしょう?
長台詞による愁嘆場にも辟易します。
演劇が言葉の芸術なのは、
何を語らないか。
何を語れないか。
をも表現するからだと思います。
そうでないと、
戦争という暴力に踏みにじられた人達の声なき声を聴くことは叶わない気がします。
戦争体験の聴き取りをしたわずかな私的な体験からでもそう思います。
米兵による陵辱の末虫けらのように殺された女性たち。
さよは米兵に暴行されたのですか?廻りの介抱の仕方はただの怪我のような対応?さよの死因は?
さよが涙ながら語れば語るほど、その女性たちの思いから遠ざかっていくような気さえします。
現実には、多くの女性たちがこんな劇的なカタルシスとは無縁な無残な死を遂げているからです。
どこが、沖縄戦なのでしょう?
登場人物の台詞の中でいくら戦争が語られても
その舞台空間に生きる登場人物たちに
その傷や傷跡が感じられない。
さよの夫は戦争の後遺症というよりただのDV男にしか見えないし
さよや喜助は主人公の一人とはいえ、村の中での浮き方が尋常でない。
戦争で身内を亡くすという体験は極限状態であっても村の多くの人たちと共有できる体験なはずです。
悲しみに健気に耐えながら戦後を生きている人はさえだけではないはずです。
それが事故や病気と異なる戦争だからです。
小嶺和佳子さんは、悲しみのヒロインとして、舞台を背負って立っています。
その姿は美しい。踊りもいいですね。少女期の初々しい笑顔も。
(沖縄芝居の役者さんたちはいいですね。
戦時下でも戦後でも、衣裳がコスプレに見えない。
ちゃんと舞台の上で呼吸をしその世界を生きているようです。)
それでも、ここで描かれている戦争は
まるで、ただの「悲しい話」みたいです。
そこが衝撃でした。
尊敬する幸喜良秀先生、仲里友豪先生の舞台なだけに。
走り書きで、相変わらず、舌足らずです。
意を尽くせてません。いつか時間があるときに
お話しできればと思います。
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うちなーぐちでやる意味はあったのはあったと言えるだろうが、「新作組踊のような詩劇」ではない。ちゃんぷるーでいいというのが私の考えだ。現代のわたしたちの言語環境は極めてチャンプルーなのである。英語、共通日本語、ウチナーヤマトグチ、ウチナーグチ(それも首里・那覇中心も川満シェンセイのミヤコグチもあるね)など、舞台に響くポリホォニーでいいのでは?などと思う。きれいな日本語アクセント(東京メディアアクセント)でもなく、きわめて沖縄クレオール的日本語アクセントで根っこの部分にウチナーグチが流れているだろうか?それも変容しつつある。現代うちなー芝居はチャンプルー言語の舞台でいい。多言語のクレオール性が面白いのかもしれない。具志川での上演より29日の国立劇場での舞台はウチナーグチがこなれてきていた。静まりかえって舞台を注視する観客の盛り上がりは、ある面、演劇の政治性が頭に浮かんできた。つまり舞台に沖縄の戦後の歴史をそれぞれが追想し、反芻していたのだと言えようか?民俗芸能研究者も熱心にご覧になっていて沖縄の著名人(?)のみなさんのお顔が見られた。新川 明さん、大城 将保さん、平田さんなど。どうしてもかのお顔に風格が感じられないのはなぜだろう。「父と暮せば」の井上ひさしさんの作品では死者との対話もドラマになるね。
お能の主人公は死者たちが主である。想像力を駆使できるのが舞台ならではの面白さで、虚構の虚構もリアリティーも描ける面白さが舞台かもしれない。戦争の残虐さが感じられない戦争の物語だったのかもしれない。目取真 俊の『眼の奥の森』の舞台なり映像が見たくなるね。脚本化は難しいかもしれないがー。
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「思案橋」よりスナップです!
美しいジュリ(知花さゆり・結髪がジュリに見えなかった)
(妻子を捨てジュリと駆け落ちす我謝里之子(佐辺良和)
(妻子:小嶺和佳子を捨てる)
(思案橋の宿命の図、今回ジュリチラーの所作にしのびの「仲風」が挿入されたのは良かった)
(妻子を捨てジュリ・チラーとあの世までの愛を貫こうとする)
(身を投げる寸前のところを源河里之子・神谷武史に救われる)
(病弱なチラーは辻のアンマーに呼び戻される)
(辻のあんまー:真栄田文子、チラーのアヒー:嘉数道彦)
(数年後源河里之子の屋敷で親子の再会)
(6歳になった亀寿)
(親子の再会)
(息子亀寿をおぶって首里に戻る途中、思案橋を渡る)
(チラーは金持ち里之子に身請けされる。運命の皮肉の再会)
(先祖の墓の前、鎌で自決する我謝里之子)
現代沖縄芸能界のきらきら星のみなさんの歌劇です。
≪貞女小:嘉数道彦、金城真次、伊良波冴子、知念亜希、伊良波冴子さんの美声は衰えないね!凄い沖縄芝居役者≫
三枚目の嘉数さんはいいね。「思案橋」でも渡地通いをするターリーが良かった。現代沖縄芸能界の天性の役者で戯作者ー間の者がにあっている。以前久高将吉さんの主演を見たが、佐辺さんも神谷さんも凛々しくきれいな琉球の里之子だった。妻の小嶺和佳子さんも綺麗な扮装。お上品な琉球の士族層の家庭悲劇だが、歌劇になっている。論文で少し掘り下げたい。思案橋は実際は渡地にかかっていたのだが、この作品では辻と渡地が重なるっている。