ぶろぐ猫の目

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実験中

オリンピックのエンブレム騒動

2015-08-28 04:40:26 | どうでもいい話

オリンピックのエンブレム騒動ですね

 先日の天声人語にありました


「模倣小僧」という芳(かんば)しからぬ呼ばれ方をしたのは、若き十代の寺山修司だった。

みずみずしい感性でうたった短歌の数々が脚光を浴びた。

多くの目に触れるうちに盗作を非難する声があがった「事件」は、文学史上よく知られる

▼〈向日葵(ひまわり)の下に饒舌(じょうぜつ)高きかな人を訪(と)わずば自己なき男〉。

これには俳人の中村草田男に〈ひとを訪はずば自己なき男月見草〉の先行作があった。

ほかにも多々指摘された。たとえば〈わが天使なるやも知れぬ小雀(こすずめ)を撃ちて硝煙嗅ぎつつ帰る〉

▼これは西東三鬼(さいとうさんき)の〈わが天使なりやおののく寒雀(かんすずめ)〉に

似ていると。批判を浴びて歌人寺山は消えてもおかしくなかったが、

そうはならず、歌は今も愛誦(あいしょう)されている。

この種の騒ぎの収まり方には実に微妙なものがある

▼東京五輪のエンブレム問題はどう収まるのか。

盗用との指摘に対してデザイナーの佐野研二郎氏は「事実無根」だと反論する。

騒ぎの中で、佐野氏が監修した景品用のバッグにも指摘があり、

スタッフが他者の作品を写したことを認めた

▼大切なのは、今後エンブレムに「国民の愛着」という生命が吹き込まれるかどうかだろう。

著作権などの専門的な判断はともかく、国民が興ざめしてしまっては存在感は薄くなる

▼ついでながら、子規の名高い〈柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺〉は、

親友の漱石が先に作っていた〈鐘つけば銀杏(いちょう)ちるなり建長寺〉を

発展させて詠まれたという。

触発し、触発される。人が行う創作行為には当然そうした面がある。



これは天声人語氏は肯定しているのかしら?

微妙な表現ですね


26日のヤホオニュースで選考委員のじじいが

「模倣ではない」とか

火消しにやっきですが

もういったんついた、手垢は取れないですね

わたしも気に入りません

なにが気に入らないか?

デザインの良し悪しなんかわかりませんが

佐野研二郎っていう人間の顔が嫌い

目つきが悪い

生理的に無理

あんな目つきをした人間は、信用が置けない。

ただそれだけ。

あのエンブレム見るたびに

あいつの顔が浮かんでくるとは

トラウマですね

コメント (2)
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