ひさしぶりに家族が揃った夕飯の席
帰宅したとき 年老いた飼い犬が
なかなか自分に気がつかなかったという息子の話
「かわいそうだなーー」
「わたしの方がもっとかわいそうだわ 」
突然 母がなごやかな空気をかえる
みなの箸がぴたりと止まる
自分が何をしたらいいのか分からない母
時間の流れにも乗れず とまどう母
今までどんな人生を送られたんでしょう
きっとお幸せな人生だったんでしょうね
とひとは言う
私は返す言葉を探しあぐねる
自分の色をもたず 周りの色に同化する
それが 母の生き方
落ち葉がふりつもるように
気兼ねやら 見て見ぬ振りやらが 幾重にも重なり
長い年月の間に 土となり 母を覆い隠している
誰にでも優しく ひとに愛される母
でも 母の強い意志を
私は見たことがない
風に吹かれるまま
右へ左へ とりとめなく流れる
「 おばあちゃん そうやって食べたらだめよ 」
と娘の声 気がつくと 母は
おさしみを味噌汁につけ レタスを醤油につけている
母の頭上でかわされる あーあという視線
「 わたしはわたしのやり方で食べたいの
文句言わないでちょうだい 」
母は 頭をしゃんとあげ きっぱりと言う
シンとした中で
厚く堆積していた土を払いのけ
母は 初めて自分の意思をとおした