今日は東京能楽囃子科協議会の定式能の催しで国立能楽堂に出勤して参りました。ぬえの出番は催しの初番に師匠が勤められた舞囃子『富士太鼓』の地謡だけでしたが、こういう催しでは ふだんご一緒にならない他流のシテ方の芸を見ることができたり、若い囃子方の活躍を見ることができる貴重な機会です。他流の友人と久しぶりに旧交を温めたり、またお囃子方のご子息が舞台に出ているのを初めて見て感心したり、とても発見の多い1日でした。
さて今日の巻頭のお題は「鹿背杖」です。『山姥』の後シテが突いて出るこの撞木杖を今回 ぬえは自作したのですが、あとで聞いてみればそれぞれの体格に合わせて自作するシテも少なくないらしいので、決して威張れたものではありませんのですが。。
今回 ぬえが作った鹿背杖の素材は竹で、これは「東急ハンズ」で買いました。内弟子時代にも ぬえは師家の公演で必要な小道具や作物、また自分が使う盲目杖などの小道具を自作した事も何度かありますが、当時は竹材は竹屋さんに出かけて買ってきたものだよなあ。膨大な竹材の在庫の中から必要な太さや色、また曲がり具合の材を選ぶと、サービスで竹を割いてくれたり、節を取ってくれたり、親切なお店では曲げるところまでやってくれる場合もありました。最近はこういう竹屋さんというのも めっきり少なくなってきたように思います。。ともあれこうして手に入れた竹材は、表皮に飛び出た節をカンナでそぎ落として表面を滑らかにして杖の柱の部分にします。
握りは今回は竹材は避けて木材とし、手頃な太さの丸材をホームセンターで買ってきました。これまた単純に適当な長さに切るだけなので苦もないのですが、柱と握りとのジョイントに多少神経を使った程度でしょうか。持ったときにグラつかないように、握り材とピッタリ合うように竹の柱をうまく削り、二つの部品の接着には今回はエポキシを使いました。本当は竹の柱の空洞の中に詰め物をして接着した方が強度が稼げるのでしょうけれど、割とジョイント部分がうまく削れてピッタリと接合できるようだったので、詰め物を入れるのは省略してしまいました。。が、接着したあとで不安になって。。補強のために ごく小さな釘、それも錆びないように真鍮の釘を接着部分に打ち込んでおきました。
鹿背杖には本当は無紅紅緞を巻き付けるのですが、それは能装束屋さんで誂えるもので、1本だけ買うことはないものだし、それにまた紅緞はとっても高価。そこで無紅紅緞に見える代用品の布を探すことにしたのですが。。やはりちょうど良い品はなかなか見つからず、結局 ユザワヤで絣調の綿布を見つけて、これを細く裂いて鹿背杖に巻き付けました。
最後に、『山姥』の鹿背杖は自然のままの木の枝、という意味なので、木葉を取り付けます。本物の榊の小枝をつける事も多いですが、今回は ぬえは造花の木葉を使う事にしました。こういう時に頼りになるのが四谷にある有名な造花の専門店の「東京堂」さんで、今回もここで手頃な枝ぶりの榊の枝。。ではなくて、大きさが手頃だったので ぬえが選んだのは、じつは椿の枝なんですが。。を買い求めて、剪定してみたり、ライターで炙って枝ぶりを微調整したりして取り付けました。これにて鹿背杖の完成です。
ところが。これを見てくださいな。
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これはまだ製作を開始したばかりですが。。試みに作ってみようと思っている白樺の鹿背杖!
『山姥』は小書がついた時には、無紅紅緞を巻いた鹿背杖ではなく、その代わりに自然の木の枝で作ったリアルな杖~「自然木」(じねんぼく)と呼んでいますが~を突いて出るのです。通常、「自然木」としては木の種類はあまり厳密には定めはありませんが、柱がまっすぐではなくて、グニャリと曲がった枝を選んで作ります。やはりまっすぐな枝よりも野性味が出るからでしょうね。
で、今回の ぬえは小書のない通常の『山姥』を勤めるので、わざわざこの自然木の杖を作る必要はないのですが。。ところが、この時期たまたま師家では職人が入ってかなり大がかりに庭木の手入れや伐採が行われたのです。ある日たまたま稽古で師家に伺ったとき、門の脇にうずたかく伐採された庭木の枝が積まれていました。その中に。。この白樺があったのです。そう言えば師家の舞台の前に植えられていた白樺。。あれ、伐っちゃったのか。で、このまま職人さんが持ち去っても廃棄される運命の白樺。ぬえは程良い枝を何本か頂いて、自宅に持ち帰り、これで自然木の杖を作ってみようと思い立ちました。まあ、完成はいつになるかわかりませんが。。「白頭」の小書がついた『山姥』で白樺の杖を突いて出る、なんて、ちょっと面白いかも。