同じ6月、ぬえの師家主催の梅若研能会の月例会にて 能『春日龍神』を勤めることになっていました。ぬえのような立場ではひと月に2番の能のシテを勤める、というのは本当に稀で、ええと、これ以前ですと ぬえが内弟子から独立したときに催した独立披露能の同じ月にたまたま研能会でシテのお役がついていたとき以来でしょうか。このときは『船弁慶』と『雷電』をひと月のうちに勤めましたが、今回は『隅田川』と『春日龍神』。習物の能があることと、それが出演依頼を受けて勤める、という重責があったことが違いでしょうか。また研能会も6月公演は今年の上半期の最終公演にあたり、毎度普段よりもお客さまが多く見える公演でしたので、どちらも失敗は許されない公演でした。いや、いつも失敗は許されないですけれども。。
7月からは伊豆での子どもたちへの稽古がいよいよ本格化しました。毎年夏に恒例の「狩野川薪能」のためのお稽古で、稽古自体は2月中旬から始めていたのですが、翌月に迫った薪能に向けてそろそろ形が出来上がらなくてはいけません。
この薪能は、おそらく全国で開かれる薪能の中でもここだけの大きな特徴があります。地元に伝わる民話をもとにして ぬえらが新作の「子ども創作能」を作り、これに出演するシテ?もワキ?も、すべて地元の小学生。地謡だって小学生と中学生だけで謡います。薪能の当日は ぬえが地謡の後ろに座りますけれども、それは地謡が囃子と合わなかった場合にサッと修正するために待機しているだけ。シテ役やワキ役などの立ち方の指導だけではなくて、地謡が地拍子に合わせて謡うところまで稽古するのですから稽古は大変ですが。
そのうえ今年は、中学生になっても参加してくれている子どもたちには古典の曲を演じさせよう、と考えて、4人の相舞、という変則ではありましたが、仕舞『東方朔』を演じさせました。さらにはこの薪能で上演される玄人能(ぬえがシテを勤めています)も、毎回子方が登場する曲を選んで、その子方も地元の小学生に勤めさせています。今年の上演曲は『一角仙人』。ちょっと素人の子方が挑戦する曲ではないけれども、もう何年も伊豆で稽古を続けている ぬえとしては、上演は可能であろうと確信できたので、この曲を舞うことを決めました。
東京から伊豆に稽古に通うのはなかなかスケジュールの上では大変でしたが、7月からは子どもたちも夏休みに入り、やや稽古の予定に余裕も生まれました。でもその間にも ぬえは東京での別会で面白い仕舞『舎利』のツレを勤めたり、自分のお弟子さんのおさらい会があったり、はたまた ぬえが能楽と出会った原点である日本大学能楽研究会のOB会創立60周年(!)パーティーで司会をしたり、と、なんだか忙しい夏でしたね。
8月にいよいよ「狩野川薪能」が催され、まあこれは大変で、ぬえは「子ども創作能」の地謡の後見、仕舞『東方朔』の地頭、さらに能『一角仙人』のシテ、と飛び回るようにして舞台を勤めました。後日先輩からも「ちょっと他の催しでは見ないような仕事量だねえ。。」と言われましたが。。でも、ぬえは伊豆での子どもたちへの稽古を本当に楽しんでいます。あ、そうそう。今年の伊豆での稽古のある日、たまたま伊豆長岡の花火大会の日に当たっていたので、稽古が終わってから花火大会を見物して帰りました。その花火大会は手作り感覚があふれたもので、ぬえは驚いてしまいました。押し合いへし合いしながら大がかりに打ち上げられる花火を見上げる東京の花火大会とはまったく違っていて、のんびりと河原の土手に寝そべって見る花火大会。ああ、ぬえは伊豆に住みたい。
9月には数年ぶりに開催した自分の主宰会「ぬえの会」の第三回目の公演がありました。今回 ぬえが挑戦したのは能『井筒』。誰にしも思い入れのある、それゆえに難しい能だと思います。自分の主宰会ですから準備万端、スケジュールの上でもあまり忙しくない頃を狙って開催したのですが。。ところが。。開催日を決めたあとでわかったのですが、この前日には国立能楽堂の定例公演があり、師匠が『三井寺』のお役を承っておられ、その子方に チビぬえがお役を頂いていました。さらに同じ日、横浜能楽堂で大倉正之助氏主催の催しで、やはり師匠が新作能のシテを勤めることになり。。師匠も1日に2番のシテ、しかもそのうちの一つは新作能、とは大変なスケジュールでしたが、ぬえも自分の主宰会の前日だけは ゆっくり準備をしておきたかったのですが、1年の中でも最も忙しいスケジュールとなってしまいました。。(;.;)
そのうえ。。「ぬえの会」の6日前に設定した申合の、まさにその日に師匠の奥様が急逝されました。近年身体を壊されてはおられましたが、あまりに突然のことで。。ご冥福をお祈り申し上げます。。
それにしても ぬえはあたふたと ぬえもお通夜や葬儀のお手伝いに走り回り、「ぬえの会」のための自分の稽古のスケジュールは崩壊して、実際のところ条件としてはもっとも悪いところで「ぬえの会」の当日を迎えてしまいました。もうこれは。。恥をかいて終わりだな。。と半分諦めながら装束を着けましたが、意外や。。足がよく動く。。まあ ぬえの実力の程度ですから知れてはいるでしょうが、だいたい稽古で作り上げた通りには出来たと思います。こんな事もあるのですね。。予測できない忙しさのために成果を諦めかけたその時。。ふと肩から力が抜けたのでしょう。もちろんこの日までに積み重ねた稽古には自信があったので、身体から力みが抜けたとたん、冷静に舞台に出ることができた。。なんとも舞台は奥が深い。。そんな感慨を持った舞台でした。