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新緑の美しき村へ(檜原村)No.2

2007-05-13 17:45:17 | 奥多摩&檜原

 昨日は更新をさぼってしまいました。
 土曜日に休暇を入れれば、5連休!のはずだったが、土曜日は半数体制になってしまうので、出勤。
 複数の本をポンとカウンターに置き、「これこれ・・・・*※△●◎・・・・」
 (延長ですか?これを延長するのですか?)と身振りで示すが、相変わらず、これこれ・・・・と早口でしゃべりまくり。
 爆発するところが抑えつつ、その対応やらで本当に疲れてしまいました。
 
 これはさておき、檜原の話に戻そう。

 「檜原村」といっても、役場のある中心地の標高はおよそ300メートル、東京都最西端の里、数馬あたりだと標高800~900メートル、東西の距離はおよそ13キロ。
 五日市から檜原街道で行けるが、今回は奥多摩湖・周遊道路を経て檜原入り。
 途中から空模様がおかしくなり、とじゃぶりになってしまった。
 都民の森で歩きながら新緑を楽しもうと思っていたが、こんな天気では断念。
 お気に入りの風景を動画で作ってみましたので、こころゆくまでドライブ風景をお楽しみください。
 前半2分はほとんど風景なのですが、「こんな何もない田舎の風景を見たってつまらん!」とそう思わないでくださいね。
 クリックすれば、檜原のマイナスイオンをパソコンのファンから出るというシステムがあれば、リラックスできそうですね。 

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(4分17秒)

 3人だと「春爛漫」の角部屋に案内され、大きな窓が2面。
 4人部屋は「まきよせ」、2人部屋は「やまぶき」。
 人員により部屋の広さが変わるらしいだが、あたり一面新緑や紅葉が眺められる、この角部屋がすごくお気に入り。
 チェックインすると、地元で獲れた熱々の数馬じゃかいもに自家製のネギ味噌が添えられたものが運ばれてきた。
 和紙で綴られた「思い出日記帳」によれば、美味しい数馬じゃかいもに数たくさんのお料理目当てで何度か来ていますと書かれてあるとおり、根強いリピーターが何人かいるそうだ。
 かくいう私も5回も来てしまいました。
 青ヶ島や小笠原だと交通の不便さもあり、年に何度か行けないが、ここだと千葉の自宅から陸続きだもんね・・・(笑)
 
Hinohara63  本館は築500年の茅葺き屋敷。
 1500年代に建てられたらしい。
 冬は積雪で交通が途絶え、食料確保が難しい時代が続き、いっそのこと山を降りて観光旅館・・・と思っていたこともあったらしい。
 
 「先祖が守っていた温泉や長年にわたって訪ねてくるご常連のお客さんのことを考えると、去ることも新築することも思い悩みました。(略)
 おかげさまで「それだから来たんだよ」とおっしゃるお客さまが多くなり、古さを守るという生き甲斐すら覚えるようになりました」と温泉の脱衣所に書かれてあるとおり、昭和40年代後半に宿泊棟建築。
 本館は500年前、宿泊棟はおよそ40年前に建てられたものだが、手入れが行き届いている。

Hinohara64  熱々の数馬じゃかいもにネギ味噌添え。
 
 


Hinohara66_2  「たから荘」の前にあった信号機が新しくなっていました。
 前までは廃校になってから7年間も「数馬分校前」の地名を示す標識がついていましたが、今はご覧のとおり、新型の発光ダイオードになっていました。

Okutama41_1  下は取り替える前の信号機。
 新しくなっても「数馬分校前」といったように標識を取り付けて欲しがったな~。

Hinohara65  たから荘の若主人が幼い頃に通っていた、数馬分校への路地。
 1999(平成11)年廃校、7年間は校舎をきれいに手入れを行いながらそのままにしていましたが、現役だった頃を復元し、土・日・祝日の10時から15時まで一般公開できるようになりました。
 今日は平日なので、中を見ることができずに残念・・・。
Okutama35_2  
 1959(昭和34)年竣工の白亜木造校舎。
 

 

コメント (2)
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