これは、迫力のある狛犬さん。(右側、阿形の獅子)
左側のユニークなお顔の狛犬さん(吽形の狛犬、無角)
こちらは鳥居の前のもう一対の狛犬さん(右側、阿形の獅子、無角)
そのカタワレ片われ 左側の狛犬さん(吽形の狛犬、有角)
どれもユニークな迫力のお顔立ちです。お寺の仁王さんと同じで、神社をお守りされてます。
ここは百舌鳥八幡宮 月見祭のふとん太鼓で有名な創建6世紀と伝わる由緒ある神社です。
樹齢800年と伝わるでっかい楠
この大楠、幹周りが5.2m、樹高25mもあります。
拝殿左を守る先ほどの狛犬さん
拝殿右を守る先ほどの狛犬(獅子)さん
参拝者の方を見ていないけど、まあいいか...座り方もすこし変...
ふとん太鼓が登る階段の右側の駐車場に神南邊(かんなべ)さんの道標がありました。
「すく(ぐ) かうやさん(高野山) こん古う(金剛)山 道」
「 さかい 神南邊(かんなべ)」と彫られています。
神南邊(かんなべ)さんは「神南邊大道心隆光」といいと言い、富田林では錦織の町中や滝谷不動さんにもある道標やお百度石、地蔵さんや記念碑などの石造物を作った江戸時代後期の人。
大和の国に生まれ、堺で若いころから腕の立つ鋳物師をしていましたが、酒のみで素行が悪く無頼漢。あきれて出家した息子に諭されてから悔い改め、各地に道標や橋を建てて人の役立つことをするようになりました。
その数80基以上。この近辺の街道筋、お寺、神社にはあちこちに見られますよね。
文政十三年(天保元年 1830)
なんと!おかげ年にこの道標が造られたんや!
*おかげ年:20年に1度の式年遷宮の中で、特に60年ごとの遷宮の後の1年間は、「おかげ年」と言われ、特に「ごりやく」が大きいとされました。明和八年(1771)、文政十三年(1830)などの「おかげ年」には、自然発生的に全国レベルで数百万人の群集参詣があったようです。「おかげまいり」参詣者には「ぬけまいり」と言われる人たちの参加があり、農民や奉公人などが、雇主に無断で着のみ着のまま抜け出し、おかげ参りに参加したようです。 文政の「おかげまいり」では、めいめい柄杓(ひしゃく)を持ち、衣裳を凝らし、「御蔭でさ、するりとな、抜けたとさ。」などと、はやし踊り歩く者もあったようです。(「とんだばやし灯籠めぐり」 2018.3.刊 「富田林百景+」の仲間たち)
「右 いゑは(者のくずし)ら=家原(えばら、家原寺) 大鳥一の宮(和泉の国一の宮 大鳥神社) 道」
写真撮影:2018年5月16日
関連記事: 一発芸! スティッチに似た狛犬!! 2014.5.11.
2018年5月18日 ( HN:アブラコウモリH )
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