正午から始まったまつりの開会式は、約15分ほどですべて終了、お開きとなった。
渡辺佐渡市長が開会式前に私共に申したように、井澤国分寺市長を同行して、ステージ下の首都圏真野人会の有志一同がいる前に来てくれた。国分寺市長に皆でおめでとうのお祝いを述べる。とともに、お忙しい中をわざわざステージ下まで来てくれたので、早速一同集合して記念写真を。
中心の国分寺まつりの半纏を着ている方が井澤国分寺市長、その右が、渡辺佐渡市長、そしてその右が金子佐渡市議会議長。
シャッターは、佐渡市総務課長にお願いしました。総務課長も一緒に集合写真に入ってもらえばよかったのに、と終わった後、課長に失礼なことをした旨わびた。
両市長らは、写真撮影後直ちに市庁舎の方に向かうこととなったので、その場で御礼の挨拶をして別れた。
谷川佐渡市総務課長は、その場に残っていたので、挨拶をすると同時に、佐渡からいらした市長はじめ皆さんが佐渡島の金山世界遺産道遊の割戸の写真の入った立派な半纏を身に着けているので、「経費を払うから首都圏の方に分けてもらえないか」とお願いした。谷川課長「後で連絡します」との返事をもらった。
私共は、ステージに於いて午後2時30分から行われる佐渡の芸能「鬼太鼓」と佐渡おけさなど佐渡民謡の披露を応援するため残ることとし、約2時間、公園内で開催の農業展や佐渡物産展示センターを個々に観ることとした。
まず、公園の南側に位置する佐渡物産展に向かった。
佐渡の名物品がたくさん並んでいる。笹だんごが入り口にあったのでまず10個確保。そして、いくつか並べたテントをぐるりと一周する。
貝もたくさん持ち込まれている。
反対側に行って、干し柿を注文して、どうも佐渡弁でないようなので、(国分寺市の国分寺市の職員の遠泳部の方が例年手伝っている)「佐渡の人はいる?」と声を掛けたら、奥から一人の女性が「私は佐渡から来ています」と。
外に出て来て話をすると、なんと、同郷の方。お父さんは、いつも国分寺まつりで、日本酒の販売をしている知り合いのSさん、その娘さんとのこと。やぁ~やぁ~ となってしまい、「父に早速電話します」と。真野人会会長も隣の集落故、話が進み盛り上がる。
一巡していると、佐渡物産展の広場で鬼太鼓の舞いが始まるようだ。
青空の元、気持ちよく鬼が舞う。
佐渡市では、集落ごとに鬼太鼓の集団があり、全部で120集団もあるそうだ。
今回上京して披露している集団は、その中でも動きの激しい新穂大野とのこと。
約20分の披露でしたが、ステージよりいつもの感じが出ている。素晴らしい。
終了して、公園内の農業祭会場を観て廻った。
天候に恵まれ、皆さんピクニック気分で会場いっぱい。
2日間で例年約7万人が集まるそうです。
公園はとても広い。憩いの場所です。
間もなく、2時。ステージでは、若者の歌が続いている。
30分間の休憩。
私が真野人会の皆さんより一足早かったので、前の席2席と、その後の席2席を確保した。
前の席に会長と役員の一人が座った。私は後ろの席に座った。
私が会長と話をしていると、私の席の一つ隣りのご夫婦で来ていた50歳前後の女性が、「佐渡の方ですか。なまりがありますので・・・。私、両津の出身です」と声をかけてきた。「あぁ~そうですか」と返事。こんなところで偶然佐渡出身の方に会うなんて!!
佐渡文芸の時間が始まった。
まず鬼太鼓。
先ほどの青空下の方がよっぽど雰囲気が良い。
佐渡民謡が始まった。関東在住の佐渡出身者たちで組織化している民謡組織「若波会」の出演だ。
初めに両津甚句から始まり、相川音頭、佐渡おけさと披露された。
佐渡の郷土民謡はやはり観ていて落ち着きますね。
先ほど話しかけてきた方に、「歌っている若波会リーダーのS氏は両津の方ですよ」、女性「母に知らせなくては・・」 と会話が進む。
終了時には、ご夫婦で挨拶して帰られた。とても気持ち良い方でした。
毎年、首都圏真野人会の有志は、この国分寺祭りに参加し、応援。
以前、開会式典で、国分寺市長の挨拶の中で、聴衆の皆さんに「今日は、姉妹都市である佐渡市の国分寺史跡のある真野地区の首都圏に在住の真野人会の方々がこの席に応援に駆けつけてくださっています」と紹介されたことがあります。私共は、当時の真野町と姉妹都市提携が結ばれた時から、この祭りに応援に駆けつけています。
末長く続いてほしいものです。