“しなやかに、清々しく”

日常の出来事等を気ままに発信したい。

天候がすぐれず、晴れが長続きしない。

2024-11-22 17:57:03 | Weblog

 ここのところ、通常の気温に戻ったようだ。最低気温が一桁となってきた。

20日には、正午ごろ逗子を出発して東京に戻った。

 家内が19日の夕方、「今回は、天候がすぐれず家にごろごろしていたね。私「海岸のいつものところまで行ったのは1回だった。今回は天候がすぐれなかったね」、家内「今晩は、久しぶりに “ステーキ宮 “ に行こうか? 前回、肉の焼き方がうまくいかず失敗したが、頼み方をもうすこしうまく言えば、美味しいんでは・・・」と。「よし、行こう。あんたの誕生日祝いもやっていないから、ちょうどよい」と相成って午後7時前に出発。レオちゃんには、「お留守番」と言えば、もう、理解して玄関に出てこない。

 久しぶりに先日買った杖をもって二人で玄関を。

 杖の効果はテキメン。姿勢も良くスタスタと歩く。家内も「姿勢がいいね」と後ろから褒める。

 10分ほどでステーキ宮に到着。

杖を持っていると写真を撮るのを忘れてしまった。昨年11月8日の写真です。

 そうそう、ステーキ宮の右手側にある同コロワイド系の「カンテーナ」は、この11月から来年の3月いっぱいリニューアルのため休業とのことです。改築オープンは、2025年4月となっていました。

 ステーキ宮は、火曜日のせいか左手側は、ガラガラで電気もつけていない。

 がやがやしている右側の客室に案内しようとされたが、「こちらはダメなの?」と申すと、電気を付けて案内してくれた。

 前回の料理とは別の肉とハンバーグ料理を依頼。歩いてきたので、ワインを二人で一杯。その他、サラダやスープその他を依頼。

 料理の来るのが早い。

 まず、ロボットがサラダを運んできた。家内が引き取る。一人分お願いしたが、量がとても多い。「ひぇ~これが一人分? 二人でも食べきれないほどだね」と。お酒はふたりとも飲めなく直ぐに赤くなってしまうので、何時ものようにワイン一人分を取りコップで分ける。

先ず、ワインで「誕生日おめでとう」と乾杯。

 箸を動かす。

 肉類は、女性が運んできた。ジュウジュウ、音を出している。

 二人が声を合わせて「今日の肉や野菜は味がいいね」と。大満足。

 ここのハンバーグはとても美味しい。

 レオちゃんへのお土産も肉を二人で出し合ってビニール袋に入れる。いつもそうして喜んでもらっている。

 約1時間30分、楽しい時間をステーキ宮で過ごし、午後9時前に帰宅した。

 玄関では、私たちの帰るのを待っていたようにレオちゃんが座って出迎えた。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久しぶりに鎌倉・長谷寺に。

2024-11-19 11:48:48 | Weblog

 16日(土)午後に逗子マンションの排水設備の清掃を実施する旨の連絡が先日あった。春の排水管設備清掃をキャンセルしていたので、今度はぜひ実施してもらいたい思いから、15日午後、東京を出発。

 土曜日の排水管清掃は、二人で手分けして洗面台排水、洗濯機排水口、風呂排水口及び台所排水口以上4点を高圧洗浄ホースで奥まで突っ込み洗浄。

一か所にかかる時間は2~3分だが、洗面台排水はやや長かったように思った。どうしてだろう。 終わった後、各所をそれぞれ流してみると、洗面台排水は確かに流れが良くなっているような気がする。気のせいか?

 17日(日)、久しぶりに晴れて、富士山が顔を出している。

日曜日のせいで、海上は人が多く賑やか。

海岸は風もなく静か。

 ここの所、家に閉じこもっていたので、久しぶりに鎌倉に遊びに行こうとなって、歩くのが苦手なので車でレオちゃんも一緒に正午ごろ出掛けた。

 海岸通りを進んで、長谷寺前左の長谷寺専用駐車場に入る。正午を過ぎていたせいか運よく3台ほど空いていた。

 犬の入場の可否を確認すると、バックの中に入れれば良となっている。しかし、今日は、バックを忘れてしまった。気温が低いので、4窓全部を5cmほど開けて置けば大丈夫と考え、レオちゃんを車に置き、二人で入場した。

 鎌倉・長谷寺(正式名:長谷大観音)の正面。入口は左手の方。

 観光バスが3台ほど止まっていたので、団体客が多い。

まず下を観てから上がることとした。

放生池。紅葉にはやや早いがとてもきれい。

隣りの池には大きな鯉がいっぱい泳いでいる。

紅葉は一部の所だけでまだ早い。

書院・写経場の庭。空堀の池が手入れされておりきれい。心が落ち着く。しばらく眺める。

左側の庭。きれいとしか言いようがない。落ち着くね。

弁天窟 入口。洞窟に入る。

弁天窟内。カメラの感度を最大(12800)にして、カメラを柱にくっつけてシャッターを押す。なんとか撮れた。ロウソクの明かりがこんなに明るく撮れるとは・・・。

弁財天も・・・。とても薄暗い光だけなのに良く撮れた。

和み地蔵。この地蔵さんを観ると、「あぁ~、思い出したなぁ~。もう、10年ぐらいになるかしら?」と。

 耳を澄ましていると、皆さん立ち止まり、「いい顔しているね」。そんな声が聞こえてきます。

 いよいよ左手の石段から上がる。

途中に地蔵堂がある。その右手には、千体地蔵が・・・。

千体地蔵。皆さん立ち止まって手を合わせている。

手を合わせる。

さらに上がって行くと、「鍾楼」。

 さらに石段を上がり広場へ。阿弥陀堂 長谷観音 観音ミュージアム と進む。

右手側から 阿弥陀堂。

観音堂。観音堂内は撮影禁止となっていたので、本尊は撮ることができない。

 本尊; 十一面観音菩薩 高さ 9.18mを誇る日本最大級の木彫仏とのこと。見上げると素晴らしい。手を合わせる。

 横の観音ミュージアムに進むが入場はしなかった。ミュージアムを出たところに本尊の小型の像が置かれていたので、シャッターを切った。

観音ミュージアム前に置かれている偽大仏。

遠くから撮った観音堂。

 観音ミュージアムを出ると広場右手は見晴らし台、休憩場所となっている。

 見晴台から観る鎌倉の街。海岸に近い方向。鎌倉の街は奥が深い。

 持参した水物を口にいれ、一服する。

 なお山頂があるが、私共は、ここで引き返すこととした。

 来た階段を下りる。

 途中、先ほど見落とした石藏「良縁地蔵」に出くわす。「これは大変」と石地蔵の前に行き、手を合わせた。

 下まで降りて、出口に向かい右手の駐車場に急ぐ。レオちゃんは助手席で眠っていた。音を聞いて窓に飛んできた。ホッとする。午後3時を廻っていた。

 広い駐車場も空いてきていた。

 今度は、来るときに通った海岸通りでなく、国道を通り、逗子に向かう。

 一日、久しぶりに良い天気で楽しい一日だった。

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

竹製 ステッキ を手に入れました。

2024-11-18 12:21:36 | Weblog

 最近、歩くのが難儀になって、へこへことゆっくり歩くようになってしまった。姿勢もやや前こごみとなっているようで、家内に、「もうちょっと威厳のあるように背を伸ばして歩くように!!」と言われてしまう。この歳になってしまえば、だれも似たり寄ったり。

 頭の衰えを防ぐために、週2~3回、会社に足を運んで、2時間ほどPCをたたいてくるが、それもだんだん遠くなっている。

 最近、PCでステッキを探すようになってきた。

 選ぶ条件は、① 手に持つところが尖っていないこと。倒れた時に危ない。② 軽いもの ③ 折り畳みでないこと。など。

 先日、オークションを覗いていると、とても素敵なステッキが新品同様で出品されていた。

 竹製で軽そう。上品。

 締切り数時間前に入札する。デパートで買うよりうんと安い。

 締め切り時間を待っていると、「おめでとうございます。あなたが落札しました」との表示。入札者は一人しかいなかった。最低価格での入札だった。早速、カードで送金の手続きをする。

 翌日、出品者から「送金、ありがとうございます」との連絡が入る。

 そして、その翌々日、「発送しました」との連絡。15日午前10時前に物品がゆうパックで送られてきた。

 早速、パックを開いて確認する。

  商品:竹製 杖 ステッキ 竹根 手杖 長さ約88cm 古美術 古道具 中古

 

早速、出品者に「物品が無地到着した」と知らせるとともに、「とても上品で末永く使用してゆきたい」旨のメールを入れた。

  竹の根っこ(手に持つところ)に制作者の刻印らしいものが見られる。

 中古品となっていたが、竹全体は、専門家が全般に無色のニスをきれいに塗っているようだ。そして、竹先のゴムは新品に取り替えられている。すべてがきれい。

 とても軽い、使ってみて、とても気に入っている。

 手に繋ぐ紐をつけて、使い方に慣れよう!!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第11回 日本美術展覧会(日展)を観てきました。その2

2024-11-10 15:01:00 | Weblog

 その1では、日展会員 篆刻家 柳 濤雪先生(佐渡出身、同級生)の作品について紹介させていただきましたが、その2では、今回の日展に会員として展示されている佐渡出身の先生方の作品や、私が目に留まった入選作品等を3階の「書」の展示室から順にご紹介します。

 各展示室の入口には、下記のようにその部屋に展示している作品の種別を表示してありますので、大変多い作品を全部見ようとすると大変な時間と動力を必要とします。したがって、自分の興味のあるもの又はお知り合いの先生の作品を目的にして、探すことが必要かと思います。

 2階の入口の表示です。

 まず、3階の篆刻と同じ展示階「書」の部屋には、家内の書道の先生の作品が出品されているとのことで、案内図と名簿で探し出す。

下段の横長の書。先生は「日展会友」となっている。

記念に家内を入れ、写真に収める。 作品の評価は、私にはわからない」。

「書」の展示会場だけで3階の半分を超える面積を占めている。作品も多い。

 廊下に出て一服する。

3階ロビーから1階ロビー方面を見下ろす。内側から観るガラスの外観が素晴らしい。

 次いで、2階の「彫刻」の展示会場へ。皆さんと反対まわりで奥から入る。

たくさんの作品が並んでいる。

 案内人に、「案内表示されている<2>とは、どのあたりでしょう? 会員の 親松英治先生の作品を見たいんですが・・。同郷のものです」とお聞きしたら、その作品展示場所まで案内してくださった。案内人「親松先生は、初日にいらしてくださいました」と教えてくださった。

 案内人にお礼を言って別れた。

 作品材料は、石膏。 均整の取れた美少女。「勝利」と表示されている。

 親松先生は、佐渡市両津出身。

 昨年の日展では、本人に展示現場からお電話したら、本人も当日日展にいらしていて、作品の前で記念写真を撮らせてもらった記憶があります。

(2023.11.09のブログ参照) 久しぶりの石膏作りです。

 親松先生の作品は、佐渡市真野地区新町の森元医院のロビーにたくさん展示されてあり、帰郷するごとに見学させてもらっていました。

 その他の作品で家内が、「自然にあふれていていい作品だね」と申したものの一つがこれ。

 手前の作品。

 続いて「洋画」に廻る。

洋画は好きなんですが、一つ一つ見ていると大変疲れる。

 私が目に留まった作品を2点ほど。

題目「祈る」 沖津 信也 (山形県 入選)

題目「優しい時」 前川 ひろこ 神奈川県 入選)

今回は、人物画が多いように思いました。

 洋画では、佐渡出身の方は存じあげませんので、1階の「工芸美術」に下りる。

2階から1階に下りるときのエスカレータからパチリ。1階奥は、喫茶店となっている。

 工芸では、日展理事長で佐渡出身の宮田亮平先生がまず浮かぶ。

 毎年同じ場所辺りにあるので、すぐにわかる。

 

今回の作品は、珍しい。イルカが四方八方を向いている。周りのわっかが何か池須を表わしているのだろうか? 理解が難しい。

 入口の方に 佐渡市畑野出身(在住?)の竹細工 会員 本間秀昭先生の作品が見える。

 正面から写真を撮ろうとしたが、光線の関係で竹細工とはわからないほど黒くなってしまうので、後ろ側から撮ってみた。

 2~3年前に、本間先生の作品が「特選」に選ばれたことがある。毎年、見ごたえのある竹製品で、いつも心を引かれる。

 壁側には、立派な作品が掲げられているのでパチリ。

題目 「円舞'24」 漆。 岩瀬 浩之 (福島 無鑑査)

 とてもきれいなものとして仕上がっていた。

 展示室から出て一服する。持参のOS-1飲料水や菓子等を貪り、少し休む。もう、5000歩を超えている。

 毎年のように「日本画」は素通りすることにしようと意見が一致。

遠くから日本画の展示室をパチリ。素通りとなった。

玄関を出ると、もう夕日が木々を照らしてきれい。

欅だった。紅葉が始まっている。

 六本木駅に急ぐ。無事、自宅に帰りついた。 

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第11回 日本美術展覧会(日展)を観てきました。その1

2024-11-09 18:17:34 | Weblog

 11月8日(金曜日)、快晴。佐渡高校同級生で日展会員の篆刻家 柳 濤雪先生の招待状により、家内と大江戸線六本木駅まで乗り換えなしの一本故、正午過ぎ、大江戸線中井駅を出発した。

 

 

 本年の日展案内パンフレット。

 毎年柳先生から案内状を頂き、見学に伺うが、本年は特に柳先生から「本年、展示場に展示している作品(篆刻の印を押した作品)と同じものを良かったらHさんにあげるからよく見て置いてください。額が手に入ったらお送りします」と先日お電話を頂いた。「いゃ~,ありがとうございます。よく見ておきます」とお礼を述べてある。銀座・鳩居堂でグループの個展を開催するときにお祝いを持参していくお礼だそうです。本当にありがたいことです。

 その理由で、特に本年の案内状は、柳先生の達筆な筆さばきのハガキなので、先日、日展に電話して、記念に返してもらえるか問い合わせたところ、「受付でその旨を申していただければ、印を押して、お返しします」とのことでしたので、本年は、ハガキが記念に残りました。

表は勘弁ください。

 地下鉄大江戸線六本木駅ホームから40mほどエスカレータを上がってやっと表に出る。久しぶりの六本木。

地下鉄大江戸線六本木駅8番出口。

長いエスカレータでやっと地上へ。久しぶりの六本木。

 直ぐに交差点を渡って、細い路地に入って歩くこと約8分、会場の国立新美術館へ。

 国立新美術館入口前から会場全景。

  余談だが、入口門を入って5~6mの広場で、公明党山口前代表が4~5人のSPを従えて、会場出口方面に歩いてきた。頭を下げると山口さんも丁寧な挨拶をしてくれました。ご立派な方ですね。

 ビル入口正面の真ん前には、田名網敬一作「金魚の大冒険」の説明立札が。

 1階の入口で柳さんからもらったハガキを受付にお見せして、電話でお聞きした旨を伝えると、直ぐに対応して、2枚の入場券をもらった。

 私共は、まず、書の部門内に展示してある篆刻の展示室を見学することとし、3階に上がった。

 篆刻の作品も3室に分かれていて会員の方の作品は、いつも奥の部屋となっている。柳先生の作品を探す。

 あった、あった。

ガラスの反射できれいに撮れないので、脇側から撮る。

 

 

柳先生の作品に見入る自分。

 今日9日、柳先生に早速見学に行った旨を報告しました。

 柳先生は、中国の「居今稽古」の由来を私によく説明くださり、文字の容取りの難しさや外枠の品質表現などを説明してくださった。

 そして「額が見つかり次第お送りします」とおっしゃってくださいました。 

 ありがとうございます。心待ちにしています。

 

 続く。

 他部門の作品や佐渡出身の方の作品等をご紹介したいと思います。

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第41回国分寺まつりに参加 その3。

2024-11-05 00:43:20 | Weblog

 正午から始まったまつりの開会式は、約15分ほどですべて終了、お開きとなった。

 渡辺佐渡市長が開会式前に私共に申したように、井澤国分寺市長を同行して、ステージ下の首都圏真野人会の有志一同がいる前に来てくれた。国分寺市長に皆でおめでとうのお祝いを述べる。とともに、お忙しい中をわざわざステージ下まで来てくれたので、早速一同集合して記念写真を。

中心の国分寺まつりの半纏を着ている方が井澤国分寺市長、その右が、渡辺佐渡市長、そしてその右が金子佐渡市議会議長。

シャッターは、佐渡市総務課長にお願いしました。総務課長も一緒に集合写真に入ってもらえばよかったのに、と終わった後、課長に失礼なことをした旨わびた。

 両市長らは、写真撮影後直ちに市庁舎の方に向かうこととなったので、その場で御礼の挨拶をして別れた。

 谷川佐渡市総務課長は、その場に残っていたので、挨拶をすると同時に、佐渡からいらした市長はじめ皆さんが佐渡島の金山世界遺産道遊の割戸の写真の入った立派な半纏を身に着けているので、「経費を払うから首都圏の方に分けてもらえないか」とお願いした。谷川課長「後で連絡します」との返事をもらった。

  私共は、ステージに於いて午後2時30分から行われる佐渡の芸能「鬼太鼓」と佐渡おけさなど佐渡民謡の披露を応援するため残ることとし、約2時間、公園内で開催の農業展や佐渡物産展示センターを個々に観ることとした。

 まず、公園の南側に位置する佐渡物産展に向かった。

佐渡の名物品がたくさん並んでいる。笹だんごが入り口にあったのでまず10個確保。そして、いくつか並べたテントをぐるりと一周する。

貝もたくさん持ち込まれている。

 反対側に行って、干し柿を注文して、どうも佐渡弁でないようなので、(国分寺市の国分寺市の職員の遠泳部の方が例年手伝っている)「佐渡の人はいる?」と声を掛けたら、奥から一人の女性が「私は佐渡から来ています」と。

 外に出て来て話をすると、なんと、同郷の方。お父さんは、いつも国分寺まつりで、日本酒の販売をしている知り合いのSさん、その娘さんとのこと。やぁ~やぁ~ となってしまい、「父に早速電話します」と。真野人会会長も隣の集落故、話が進み盛り上がる。

 一巡していると、佐渡物産展の広場で鬼太鼓の舞いが始まるようだ。

 青空の元、気持ちよく鬼が舞う。

佐渡市では、集落ごとに鬼太鼓の集団があり、全部で120集団もあるそうだ。

 今回上京して披露している集団は、その中でも動きの激しい新穂大野とのこと。

 

 

  約20分の披露でしたが、ステージよりいつもの感じが出ている。素晴らしい。

終了して、公園内の農業祭会場を観て廻った。

  

 

 

 

 

天候に恵まれ、皆さんピクニック気分で会場いっぱい。

 2日間で例年約7万人が集まるそうです。

公園はとても広い。憩いの場所です。

 間もなく、2時。ステージでは、若者の歌が続いている。

30分間の休憩。

 私が真野人会の皆さんより一足早かったので、前の席2席と、その後の席2席を確保した。

 前の席に会長と役員の一人が座った。私は後ろの席に座った。

 私が会長と話をしていると、私の席の一つ隣りのご夫婦で来ていた50歳前後の女性が、「佐渡の方ですか。なまりがありますので・・・。私、両津の出身です」と声をかけてきた。「あぁ~そうですか」と返事。こんなところで偶然佐渡出身の方に会うなんて!!

佐渡文芸の時間が始まった。

まず鬼太鼓。

 先ほどの青空下の方がよっぽど雰囲気が良い。

 佐渡民謡が始まった。関東在住の佐渡出身者たちで組織化している民謡組織「若波会」の出演だ。

 初めに両津甚句から始まり、相川音頭、佐渡おけさと披露された。

 

佐渡の郷土民謡はやはり観ていて落ち着きますね。

 先ほど話しかけてきた方に、「歌っている若波会リーダーのS氏は両津の方ですよ」、女性「母に知らせなくては・・」 と会話が進む。

 終了時には、ご夫婦で挨拶して帰られた。とても気持ち良い方でした。

 毎年、首都圏真野人会の有志は、この国分寺祭りに参加し、応援。

 以前、開会式典で、国分寺市長の挨拶の中で、聴衆の皆さんに「今日は、姉妹都市である佐渡市の国分寺史跡のある真野地区の首都圏に在住の真野人会の方々がこの席に応援に駆けつけてくださっています」と紹介されたことがあります。私共は、当時の真野町と姉妹都市提携が結ばれた時から、この祭りに応援に駆けつけています。

 末長く続いてほしいものです。

 

 

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第41回国分寺まつりに参加 その2。

2024-11-04 11:36:02 | Weblog

 正午前、ステージ上には、まつり実行委員長初め関係者二十数名が着席。

 司会者から国分寺まつり実行委員長が紹介され、開会を宣言された。

 国分寺まつり実行委員長のあいさつ。「ひろげよう市民の輪」をテーマとして始めた祭りが、もう第41回目を迎えたことの喜びを述べ、2日間の成功を祈った。

 続いて、井澤国分寺市長、渡辺佐渡市長並びに国分寺市の友好都市の長野県飯山市江沢市長が紹介され、それぞれ挨拶された。(内容は省略)

井澤国分寺市長のあいさつ。

渡辺佐渡市長のあいさつ。 市長は、今年佐渡金山が世界遺産登録の運動を始めてから22年ぶりに世界遺産登録されたことを報告し、新らたに作られた法被に描かれた金山の道遊の割戸を紹介して拍手をもらっていた。

 江沢飯山市長のあいさつ。

 続いて、各市議会議長ら関係者による鏡開きが行われた。

調子に合わせてアルコール共和国(佐渡市)の大樽を打つ皆さん。

 以上をもって、開会式は無事終了した。

  井澤国分寺市市長と渡辺佐渡市市長は、ステージの前に駆けつけてくれ、応援に駆けつけた首都圏真野人会の有志他と記念写真に納まった。

左から、井澤国分寺市市長、渡辺佐渡市市長、金子佐渡市議会議長。

シャッターを切ってくれたのは、佐渡市総務課長。

 佐渡市の市長はじめ職員の皆さん、ありがとうございました。また、首都圏真野人会の有志の方他応援くださった皆さんありがとうございました。

 渡辺佐渡市市長は、直ぐに国分寺市長に挨拶ののち、用事があり佐渡に帰られるとのことでした。ご苦労様です。

 

 祭りの状況、佐渡市物産展の状況は、その3へ。

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第41回国分寺祭りに参加 その1。

2024-11-03 21:30:42 | Weblog

 令和6年11月3日、4日の2日間、都立武蔵国分寺公園において、第41回国分寺まつりが開されるとのことですので、今日3日開会式に合わせて、首都圏真野人会の有志の一員として参加しました。

 国分寺市と佐渡市とは、佐渡市真野地区に国分寺史跡があることから旧真野町の時から姉妹都市として提携、今年で37年となるとのことです。

 国分寺まつりが開催される際は、佐渡市から市長や市議会議長、総務課長その他職員たちが祭りに参加するとともに佐渡の海産物や農産物をトラックで運び、国分寺公園の一角にテント張って佐渡物産展を開きます。

 また、姉妹都市の関係から、3日の開会式後、午後2時30分からステージ上で、佐渡各地区の祭りで現在でも一軒一軒廻り、厄払いが行われる鬼太鼓の舞いや郷土芸能の両津甚句、相川音頭並びに佐渡おけさの民謡が紹介されるとのこと。

 私共首都圏真野人会の有志は、開会式が正午12時からとなっているので、11時30分にステージ前に集合となっていた。

 定刻には、出席予定の10名ほどが集合。ステージの傍らに佐渡市長の姿が見えたので、真野人会会長と私が、挨拶に向かった。

 市長「やぁ、やぁ~、ご苦労さんです」。小生「真野人会の連中が応援に駆けつけました」と。市長「どこにいるの? みんなに挨拶しよう」とみんなが座っている席まで足を運び、挨拶する。

 私から「挨拶が終わった後、国分寺市長が入って皆で写真を撮っているので、お願いします」と申したら、「OK、私から国分寺市長にお願いしておく」と言ってくれた。

 市長「まあ、今の写真を撮っておきましょう」と言うので、直ぐに市長の周りに集まった。

佐渡市長と首都圏真野人会他の有志。

 

 疲れたので休みます。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする