近世城郭としての米子城は、戦国時代末期の1591(天正19)年頃、吉川広家が湊山を中心に築城したのが始まりといわれています。
関ケ原の戦の後、駿府から入った中村一忠によって1602(慶長7)年完成しました。
米子藩は江戸時代初期に廃藩になってしまいますが、鳥取藩主席家老の荒尾氏が米子城預かりとなり、以後明治まで管理しました。
一番低いところが三の丸、一段高い石垣の上が二の丸、標高90m の湊山の頂上が本丸です。
三の丸駐車場
無料です。
三の丸
最近まで、野球場として使われていました。
二の丸枡形入口
小原家の長屋門が移築してあります。
本丸へは場所を変えて、
湊川公園駐車場
城山登り口
森林の中を登って行きます。
登り石垣
伐採された枝や株で分かりにくいです。
虎口
番屋跡
重なった石垣が美しいです。
鉄御門跡
本丸
少し前まで、この東屋に続日本100名城のスタンプが置かれていたのですが、
不埒者のいたずらにより撤去されてしまいました。
本丸西の門を抜けても
郭があり、多聞櫓や二重櫓が置かれていたようです。
水手御門跡
中海が見えます。
米子市内も一望
天守台
四重五階の天守がありました。
飯山
戦国期は、こちらに砦が築かれていました。
江戸時代になってからは、出丸として使われていました。
内膳丸
本丸に登る途中右手に分かれて登ったところにあります。
丸山と呼ばれ、標高52メートル。中村一忠の家老である横田内膳正村詮が担当して構築したため「内膳丸」と呼ばれます。
二重櫓数棟と武器庫が設置されてました。
内膳丸からみた本丸
所要時間:1時間
この後、続日本100名城スタンプを押すために寄ったのが、
米子市立山陰歴史館
·所在地:鳥取県米子市中町20
·開館時間: 10:00~18:00
·休館日:毎週火曜
入館料:無料
まだ開館時間前でしたが、入口にスタンプは置いてありました。
米子市役所の旧庁舎を利用したこの歴史館は覗いてみたかったのですが、この日は遅くなるに従って雨天の確立が高く、晴れている間に若桜鬼ヶ城まで生きたかったので残念ながら、スタンプを押しただけで去りました。
ココ、ココ(汗)
ナカナカの景色ですよねぇ~♪
でも降り口を間違えて、自分のバイクを停めた駐車場を探して山を一周することに・・・汗
頂上の東屋のスタンプ、移設されたんだ・・・こんなところまでいたずらしに来るとは・・・汗
石垣しか残されていませんが、迫力のある城です。
本丸からの眺めも良いですね。
>山を一周
バイクやクルマならばそれもよいのですが・・・
>東屋のスタンプ
まったく困ったものです。酔っ払いとかは登ってこないと思うのですが・・・