ティモシー・ライバック著(赤根洋子訳)『ヒトラーの秘密図書館』(文藝春秋)読了。
人間というのは、一人では生きられない以上、いろいろな人間から影響を与えられ(または与え)、さまざまな著作物から影響を受け、時に自ら発する蒙昧な意志にも影響されながら、危うく生きていく存在なのかもしれないが、個人や社会の狂気についてはいつの間にか(他力本願?)楽天的に回避できると思いながら日々過ごしている存在でもある気がする。
しかし現代史の第二次大戦のキーとなった政治体制やそれに関わった人物たちのことを考えると、今現在でも人間というのは危うい存在だなぁと思う。
今でもあるのかなぁ…。人類の歴史の暗い部分を次世代に教えないほうが、世の中は平和になるだろう、という考え方…。ナチスドイツのことを教えない、または若い人たちがナチスについて訊ねてきたら、「ヒトラーは絶対悪だ、口にするのもやめなさい」と理由を説明しないまま、ダメなものはダメとただ単に「悪い」と刷り込むやりかた…。
埒が明かんので、本の感想にいこう。ときどきNHKの特集や教育TVなどでナチスドイツをテーマにした番組を見たり、ネット上のさまざまな見解を読むことがあるが、本については心理学の本のなかでナチスドイツの中枢にいた人間達の短い性格分析を読んだ以外、なかったと言っていい。
『ヒトラーの秘密図書館』は著者が現在判明している限りのヒトラー蔵書を調査し、ヒトラーが抱いた思想や、ナチスドイツの政策の拠り所にした本を、先人の研究を参照しつつ、一般の読者にその内容の要点までもを紹介した本である。本によれば、ヒトラーは熱烈なまでの読書家だったという。元来真面目な性格で伝令兵として戦火から生き延びた彼は、政治を志してからも毎晩読書に励んだそうだ。人を引きつける魅力はあったけれども、自身の学歴や教養の面で「不足しているもの」を読書を通して"与えられよう"とした。読書は彼にとって、世間や政敵・他人と渡り合うための武器となっていたことが書かれている。
本の内容について触れたいこと、考えたいことはたくさんあるが、とにかく私には、とてもおもしろい本だった。誤解されることを覚悟で書くが、反面教師としてのナチスドイツを見据えてすら、人類は実はあまり反省を活かしていないことを、この本を読むと痛感するだろう。
興味深かったのは彼の読書法だ。人は多かれ少なかれ、自分のビジョンが著作物によって「正しい」と保証されると絶大な自信を得て、そこから旺盛な行動力を発揮することがあるが、「正しい」ことを妄信してしまって別の著作物の異なる見解を無視してしまうこともある。それが国家のゆくすえすら破滅に向かわせるという恐ろしさは歴史が証明しているが、本の全編に渡りそのポイントポイントを読んでいくと、これはナチスだけでなくどの国であろうが会社であろうが自治体であろうが家族というコミュニティであろうが、人間である以上、いつでも起こりうることのように思うのだ。「正しい」と保証されることによって出現する権威に雄弁がついて自信に満ち溢れているような人、だが理路整然とした反論をされると激怒と暴言で相手を黙らそうとする、どこか子供じみた性格がにじみ出る人っているようなぁなどと考えていたら、私も口下手ではあるが全くの例外でないかもしれない(笑)。これを読んでるあなたもどうでしょう?
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