ぱたぱた仙鳩ブログ

徳島から書道文化を発信します。

とくしまマルシェ

2014年02月23日 | インポート

Marushe12月23日(日)、午前中にとくしまマルシェ に行ってきました。

これは中心市街地の活性化のために始められた新町川沿いの日曜朝市で、月一回、最終日曜日にだけ行われています。多くは、紺屋町のわくわく日曜市とセットで行われています。

今朝は、天気も快晴で気持ちのよい天候の中で大勢の人出がありました。Marushe2 通路は人とすれ違いできないほどの混み具合で、ほぼ毎回行っていますが、今までに最高の人出だったと思います。

徳島は阿波踊りの期間が人通りでいっぱいになりますが、この通りだけみると、ほぼそれに匹敵するくらいで、驚きました。

お店の方に聞いたら、他県から観光バス何台かでお客が来ているとのこと。マルシェも始まってから3年目になりますので、徐々に知名度が上がり、関西圏からこれを目的にしたツアーが出るまでになったそうです。素晴らしいですね。

徳島県は、海産物も農産物もたいへん品質が良いので、京阪ではブランドになって高く販売されているそうです。それが、ここに来ると、生産者が採れたてのものを安く販売するので、人気があがっていくのは当然だと思います。最近はネギ焼き・海鮮汁・ソーセージ・ラーメン・うどん・ソーメン・コロッケ・焼き鳥などの露店もでています。もちろん徳島の特産物をもとにした健康的な食べ物ばかりで、大変おいしいです。品物がどんどん売れるので販売者の皆さんもとても嬉しそうでした。

Marushe3 徳島のユルキャラ、「とくしぃ」ちゃんも特別出演して、子供たちに愛嬌を振りまいていました。誕生1周年の記念だそうです。彼女は声を出し、阿波踊りを踊る女の子ユルキャラで、可愛い声で会話をしながら子どもたちをハグしていました。

実はとくしまマルシェで必ず買うようにしている商品があります。

Marushe3_2徳島県美馬市から参加しているシイタケ販売店の「じいじいのきのこ」です。お店の詳しい経営形態は知りませんが、いつも老夫婦が売っていますので、一軒の農家による商品かと思います。

これで定価700円なりの高級シイタケですが、生産者の奥様(ばあば)が販売しておられて、交渉次第で値切ることができます。なかなかの商売上手で、この交渉をするのが楽しいのです。この下のランクのシイタケは一袋500円、400円という値段で売られていますが、これもたくさん買うと、一袋当たりはだいぶお得になります。

妻の話によれば、採れたてのシイタケは包丁で切るときにふっとキノコらしい香りがするそうです。

徳島の中心商店街活性化策の最も成功しているイベントです。昔ながらの対面販売の買い物の楽しさを味わいながら、良質の商品を安く入手できる良い市場だと思います。今後もっと有名になっていくでしょう。皆さんもぜひ一度とくしまマルシェでお買い物をしてみてください。


 


島原・長崎への研究旅行

2014年02月23日 | インポート

Shimabara1_2 2月20(木)~22日(土)、長崎県に 研究旅行に行きました。今回は全行程鉄道を使いました。

これは昨年から取り組んでいる学際的研究「阿波学事始め」の中で、幕末の栄寿丸漂流に関わる資料収集です。

研究メンバーのうち、4名が参加しました。私の他は日本文学科で日本史専門家の須藤先生、経営学部でスペイン語の達者な萩原先生、さらに非常勤講師として文学部などで教えていらっしゃって、国際関係やスペイン語に詳しい稲井先生の3名です。

初日は、島原市に宿泊しました。

Shimabara2夕方、島原市に着き、島原城の中にある歴史博物館を見学して、まずは島原の概要を知ることにしました。島原城は50年前に再現された美しい城でした。

 

次の朝、主目的である島原図書館の松平文庫に行き、そこで4時間程度、資料の探索と写真撮影に取り組み、大きな収穫がありました。

栄寿丸の乗員で日本に戻ってきた5名は、日本各地の4地域の出身です。

善助と弥市が紀州周参見、初太郎が阿波撫養、伊之助が伊予松山、そして太吉が島原です。帰国後にそれぞれの藩で、口述調査が行なわれて報告書が作られています。

昨年は和歌山に調査にいきましたので、今年は島原に調査に来たのです。島原では『墨是可新話』という本が作られて、その原本がこの図書館の「松平文庫」に保管されていました。担当のお二人の職員さんが親切に対応してくださいました。

Dejima1 調査が終ってから、松平家の菩提寺の本光寺の見学も済ませ、長崎に行きました。帰国した5名が最初に取り調べをうけた長崎の状況を知るためです。着いたのは夜でした。その日は中華街に食事に行って次の朝早く出島に行きました。右の写真は、復元最中の出島の右下隅の部分です。

ここには、現在、江戸末期の状況が一部再現されていて、説明も詳しく参考になりました。カピタンの生活の状況もよくわかりました。

Nagasaki1最終日の午前には長崎歴史文化博物館を見学しました。この場所は、長崎奉行所立山役所のあった場所で、当時のお白洲も再現されていて、ボランティアによる再現劇も上演されていました。写真は、シーボルト事件の中で、シーボルトが国外退去の判決を受けて、お滝さんが悲しんでいる場面です。

Nagasaki2初太郎たちが取り調べを受けた状況もよくわかりました。

紹介したほかにも、島原で武家屋敷の道案内をしてくださった方との出会いや、食事場所の女将さんがいろいろな文化を紹介して下さるなど、感激する場面が何度かありました。

長崎県は観光業が発展していて、観光客への対応がたいへん上手で、おもてなしの精神に満ちていると感じました。

昔から外国文化がたくさん入っていたところだけに、今後、諸外国の観光客を呼び寄せなくてはならない日本の観光業のモデルになるべき場所だと思います。

多くの情報を入手しましたので、研究はさらに進みそうです。