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プランタリウムのふたご
いしいしんじ
講談社
長編なので長い間ツンドクだった。
プラネタリウムに捨てられた双子は心優しい解説員にのびのびと育てられるが、ひょんなことから一人は旅する手品師一座のトラックに乗ってしまい、話しは2本立てで進行。ふたつの物語を読んでいるのと同じだから長いはず。
旅先から届く手紙でちゃんと接点もあり、再会を楽しみに読み進めた…
これ以上はこれから読む方のために止めておきますね。
心の琴線に触れ、読後も泣けてしまいます。
たくさん星座の話しが出てきます。
ショックだったのは、永遠にかわらないと思っていた北極星がかわるということ!(書かれているのが本当なら)
今はこぐま座のしっぽの先だけれど、二千六百年経つとケフェウス座のガンマ星になり、一万三千年後はこと座のベガが。逆に五千年前はりゅう座のアルファ星ツバンが北極星だったそう。
文中より
だまされることは、だいたいにおいて間抜けだ。ただしかし、だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの、笑いもなにもない、どんづまりの世界になってしまう。
空のなかでゆっくりおおきく、姿かたちをかえていく星々たちにくらべ、けしつぶほどの時間しか与えられていないことを、ぼくはいま、こころから幸運におもっています。「永遠」を信じられるから。たとえそれが見せかけの永遠だとしても、ぼくのなつかしいうちは、「永遠」にかたちをかえない星々のもと、いまもそこにある、と、そんなふうにおもえるからです。
星を見るのが好きなのは同じように見ていた夢見る子供の頃に帰れるから。
そして銭湯の帰り、北斗七星と北極星を教えてくれた学歴の無い母を凄いと思ったことを思い出す。(北極星はかわるらしいよ、知らなかったでしょ)
プラネタリウムが見たくなった。
好きだったことを忘れていたくらいもう何十年も見ていない。