プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

干場崇永

2021-10-03 21:54:53 | 日記
1992年 

高岡商高出身の干場崇永投手(20)=氷見市柿谷出身、三菱重自名古屋=は「光栄に思っている。プロ入りはじっくり考えて決めたい」と慎重な口ぶりで入団は明言しなかったものの「どの球団でなければというこだわりは持っていない」と、プロ入りに前向きの姿勢を示した。干場投手は高岡商時代から速球派の右腕として活躍、甲子園でのマウンド経験こそないが、その素質は高校時代からプロ側から高い評価を受けていた。社会人入りしてからは都市対抗野球大会にも補強選手として出場、さらには一年目から全日本チーム入りもしている。百五十㌔を超える速球とカーブ、スライダー、フォークなどを持つ将来性豊かな素材に、今年は九球団から事前接触があった。愛知県大府市の寮で、ロッテの水谷スカウトから電話がかかり指名のあいさつを受けた干場投手は、「ロッテはきれいな球場を持つ球団という程度のイメージしかない」と印象を語り、「社会人で三年間もまれた経験はプロでも必ず生かされると思う。プロ入りすれば、速い球でぐいぐい押す息の長いピッチャーになりたい」と抱負を話した。高岡商の伊東与二監督も「ピッチャーが活躍できる場の多い球団だと思う。社会人でいろんな経験を積んで確実に成長している。いい球団に指名された」と教え子に期待を寄せた。干場投手は二十四日に三菱重自名古屋・伊藤秀次監督とともにロッテ側と会い、入団交渉に入る。
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中野隆夫

2021-10-03 13:54:54 | 日記
1956年 

萩商高ー高橋 五尺七寸 十七貫 二十三才 右投右打 山口県 山口県阿武郡阿武町宇田 

質のともなわない投手団にあって、滝とともにもっとも安定したピッチングを見せる。球速はさしてないが、カーブとシュートに切れ味を見せる。昨年は7勝7敗。
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松田光保

2021-10-03 09:14:05 | 日記
1971年 

松田は武相の根建と並び、県下で、一、二を争う右の本格派。181㌢、77㌔の恵まれたからだから投げおろす速球が武器。最近、フォームを一回り大きくしたため、低めのタマに伸びが出始め、カーブの切れも鋭くなった。ことしの選抜優勝校、日大三(東京)とのオープン戦で渡部と十一回を投げ合い、被安打4で完封勝ちして自信をつけた。ただ、右ヒジに悪い故障を起こし、投球練習でもややこれをかばうような投げ方をしていたのが大会も間近なだけに、気がかりな点といえばいえる。
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