1967年
ノンプロ生活四年間、1㍍73の小兵ながら、思い切ってプロ入りした矢嶋勝彦内野手(22)。ベース一周を13秒8で走る近鉄の秘密兵器だ。右手をちょっと外に開いたランニングフォームは、バランスがよくこまねずみの形容がぴったりだ。南海には広瀬という盗塁王がいる。その広瀬には及ばないにしても、阪急の忍者山本にはヒケをとらない俊足、抜け目のない走塁をすることは間違いない。フィールディングも一流だ。「グラブさばきのうまいのにはびっくりした」といったのは、阪神から移籍した名手鎌田だ。二月十九日の日曜は、明石キャンプではじめての紅白戦が行われた。約三千人のファンがつめかけたが、その三千人が四回思わず「ワーッ」と歓声を上げ惜しみない拍手を送った。遊撃を守っていた矢嶋が、痛烈な三遊間ゴロを頭からすべり込んで好捕、すばやい身のこなしで送球、アウトにしたからだ。鎌田がお世辞抜きでほめるほどだから、グラブさばきは確かにうまい。だが、問題はスローイングだ。手首を巻き込むように投げるので、捕球から投球まで鎌田や安井らとくらべるとひと呼吸おくれるように見える。ノンプロ東京日産時代、肩を痛めて以来、痛みをかばって投げているうちに、そんなスローイングになったのだという。問題はバッティングだ。1㍍73の小柄だが、ノンプロでは三番を打っていた。リストが強く、見ていて意外なほど打球が飛ぶ。昨年の産別対抗で後楽園の右翼席にホームランしたのもなるほどとうなずける。だが、それは、フリーバッティングでの話。投手が全力投球する紅白戦などでは、つまった打球が多かった。外角打ちはいい、内角の速球にはどうしても打ちおくれていた。上体が先に突っこむからで、真ん中から外の球は、強いリストでおっつけるように打てるが、内角球には、いわゆる腹切りの窮屈なバッティングになる。矢嶋にはオレは実戦的な選手という自負がある。その気持ちがコーチのアドバイスを素直に受け入れさせないようだが小玉監督は、その根性を高く評価しているひとりだ。「確かにバッティング面ではもの足りないところがある。しかし、野球はフォームがすべてではない。それなら、南海の国貞なんかあれは一体なんですか。あれはバッティングじゃありませんよ。それでいて、試合になると、うるさいバッターだ。フォームがいいに越したことはないが、それ移住鬼大事なことは気迫ですよ」と手放しでほめる。また矢嶋は内野ならどこでもこなせるオールラウンド・プレーヤーで「遊撃より、むしろ二塁の方が守りやすい」というほど器用な選手だ。近鉄の今シーズンの内野布陣はいまのところ、二塁鎌田、遊撃安井、三塁小玉監督だ。近鉄としては、ここ数年来にない、守備のいい顔ぶれといえよう。だが、三人はそろって軽量、フル・シーズンを押し通す体力という点で不安がある。二塁の控えには進境著しい五年生菊川がいる。三塁には、同じ新人だが竜谷大のキャプテンだった伊能がいる。遊撃のライバルとしては十一年選手の木村軍がいる、だが、控え層の中では、根性のきつい矢嶋が、グーンと頭角を現してくる公算が大きい。
ノンプロ生活四年間、1㍍73の小兵ながら、思い切ってプロ入りした矢嶋勝彦内野手(22)。ベース一周を13秒8で走る近鉄の秘密兵器だ。右手をちょっと外に開いたランニングフォームは、バランスがよくこまねずみの形容がぴったりだ。南海には広瀬という盗塁王がいる。その広瀬には及ばないにしても、阪急の忍者山本にはヒケをとらない俊足、抜け目のない走塁をすることは間違いない。フィールディングも一流だ。「グラブさばきのうまいのにはびっくりした」といったのは、阪神から移籍した名手鎌田だ。二月十九日の日曜は、明石キャンプではじめての紅白戦が行われた。約三千人のファンがつめかけたが、その三千人が四回思わず「ワーッ」と歓声を上げ惜しみない拍手を送った。遊撃を守っていた矢嶋が、痛烈な三遊間ゴロを頭からすべり込んで好捕、すばやい身のこなしで送球、アウトにしたからだ。鎌田がお世辞抜きでほめるほどだから、グラブさばきは確かにうまい。だが、問題はスローイングだ。手首を巻き込むように投げるので、捕球から投球まで鎌田や安井らとくらべるとひと呼吸おくれるように見える。ノンプロ東京日産時代、肩を痛めて以来、痛みをかばって投げているうちに、そんなスローイングになったのだという。問題はバッティングだ。1㍍73の小柄だが、ノンプロでは三番を打っていた。リストが強く、見ていて意外なほど打球が飛ぶ。昨年の産別対抗で後楽園の右翼席にホームランしたのもなるほどとうなずける。だが、それは、フリーバッティングでの話。投手が全力投球する紅白戦などでは、つまった打球が多かった。外角打ちはいい、内角の速球にはどうしても打ちおくれていた。上体が先に突っこむからで、真ん中から外の球は、強いリストでおっつけるように打てるが、内角球には、いわゆる腹切りの窮屈なバッティングになる。矢嶋にはオレは実戦的な選手という自負がある。その気持ちがコーチのアドバイスを素直に受け入れさせないようだが小玉監督は、その根性を高く評価しているひとりだ。「確かにバッティング面ではもの足りないところがある。しかし、野球はフォームがすべてではない。それなら、南海の国貞なんかあれは一体なんですか。あれはバッティングじゃありませんよ。それでいて、試合になると、うるさいバッターだ。フォームがいいに越したことはないが、それ移住鬼大事なことは気迫ですよ」と手放しでほめる。また矢嶋は内野ならどこでもこなせるオールラウンド・プレーヤーで「遊撃より、むしろ二塁の方が守りやすい」というほど器用な選手だ。近鉄の今シーズンの内野布陣はいまのところ、二塁鎌田、遊撃安井、三塁小玉監督だ。近鉄としては、ここ数年来にない、守備のいい顔ぶれといえよう。だが、三人はそろって軽量、フル・シーズンを押し通す体力という点で不安がある。二塁の控えには進境著しい五年生菊川がいる。三塁には、同じ新人だが竜谷大のキャプテンだった伊能がいる。遊撃のライバルとしては十一年選手の木村軍がいる、だが、控え層の中では、根性のきつい矢嶋が、グーンと頭角を現してくる公算が大きい。