1977年
なんと運のいいピッチャーだろうか。つい四日前の対土岐商戦で、3イニング(3失点)しかもたなかった前田が、「毎回、先発全員の16三振奪取」という球史に残る記録で、完封勝ち。気分屋の性格まる出しのピッチングをやってのけた。「シャットアウトは予想できんかった。ちょっと思いだせん。だから、ごっつうれしい」と、大阪弁で素直によろこんだ。一回戦とは別人のような投球内容は、昨年の秋、一塁手から転向した投手とは思えない。「初球ストライクを取ることと、先頭打者を出さないことに気をつけた。力を抜いて投げたのがよかったのかな」と、ちょっと首をかしげる前田。まだ、本当のピッチングを身につけていないようだ。しかし、捕手の鍛冶本は「どんなサインを出しても、ストライクがきた。はずせやつり球のサインを出してもストライクになるんやから、ど真ん中でも打たれる気がせんかった」と、楽しそうに話した。そういえば、右打者への内角球がスライドしたり、シュートしたり。打者にとっては的をしぼりにくい魔球となった。投手経験が浅いので腰の回転が一定しないからだ。3球三振が6個あったが、全部「はずすつもり」の投球だったと言う。酒田工の作戦は「コントロールが悪いから前半は待球戦法で、中盤から外角直球をねらわせた」(佐藤監督)が、カーブでタイミングをはずされ、内角直球にしてやられた。「コントロールが悪いと聞いていたので、ボールを打たないように心がけたが、あんなピッチャーは初めて見た」と、太田中堅手。また、四番の尾形は「インコース低めのストレートに手が出なかった。ねらっていたアウトコース高めの球は2球しかこなかった。ファウルが精一杯でした」と感心していた。酒田工打線がびっくりした前田の制球力のよさは、ノーワインドアップ投球によるものだろう。土岐商戦は、ワインドアップで投げて自滅したので、鍛冶本捕手と相談して変えたのである。「今日悪かったら、ベンチへ引っ込めるぞ」と、にらみつけた監督のハッパがきいたのか。いや、それよりも、一試合ごとに投球術に進歩を見せる前田の素質が、非凡だと見るべきだろう。