スニーカーサンダル

2001年11月20日 | テレビ

寒くなると出すものとして、
「どてら」と「綿入りはんてん」のことを書いたけど、
もうひとつ忘れていたものがありました。
それはこの写真のものです。
何といったらいいのだろう。
たしか「スニーカーサンダル」という商品名で
スーパーなどに売られていた記憶があります。
私のパソコンはディスクトップで机の上にある。
これからの季節、パソコンに向かっていると足が寒い。
真冬になれば暖房をつけるが、
経済的なことを考慮すると、
私ひとりで起きている深夜は、つけないときがある。
そういう環境ではありがたいものです。
素足でも、これを履いていると温かい。
この「スニーカーサンダル」も、
私のこれからの必需品です。

これは、息子たちのどちらかが小学生の頃、
ユーフォーキャッチャーで取ってきたものです。

しかし、こんなものを履いて、
深刻なことを書いてるとしたら、
笑っちゃいますね。

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風のなかの虫

2001年11月19日 | 暮らし

おのれが世界で一番不幸だと思う夜
爪を切る
そんな夜などありゃしない
このお調子者めが

あんたの不幸を切り売りするな
フリーマーケットは
パッピーだらけ
黙って歩け

おのれを嗤っているとき
空の星が全部おっこってくる
もう少し言葉に情を込めろ
あんたの存在が哀しすぎる

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空がすっきり

2001年11月18日 | テレビ

先日、息子と車に乗っていたら、
「あ、電線がない」と助手席のKがいう。
ノートパソコンを買うために、
車で移動していたときのことだ。
前方を注意しながら上を見ると、
なるほど、電線がない。
そういえば電信柱が一本もない
日頃生活していて、空を見ることのない私は、
そう息子にいわれるまで気がつかなかった。
電線がないと、すっきりしていて空が気持ちいい。
しかし、観光地でもないのにお金をかけてまで、
する必要があるのか、というのが私の感じたことだ。
川越の蔵造りの街並みに電柱がないことは知っていた。
それは、観光地だからそうしたのだろう。

今日、電線地中化事業の完成セレモニーがあった。
私はあることは知っていたが、今日とは知らなかった。
空のすっきりした写真でも撮ろうかなと思って、
天気もよかったのでデジカメを持って家を出たのだ。
すると駅前のスクランブル交差点のところに
ビニール製のアーチがあり、
その先には、折りたたみイスが並べられていた。


    


午後、ビーシュを飲みながら東京女子マラソンを
観ているうちにコタツで寝てしまった。
ブラスバンドの行進曲で目が覚めた。
そういえばパレードをやると、楽家で聞いていた。
パレードだ、パレードだ。
私はパレードが大好きだ。
中学、高校と、
ブラスバンドで何回パレードをやっただろう。
私の吹くトロンボーンはいつも先頭だ。
それが気持ちよかった。
急いでスクランブル交差点まで行ったが、
ブラスバンドの音がやんでいた。
ほんの200メートルぐらいしか
パレードはしなかったようだった。
所沢消防署のブラスバンドだった。
しばらく私はそこにいて、ブラスバンドの人たちが、
記念写真を撮っているのを見ていた。
その頃、空は曇ってしまったが、
やっぱり電線のないのはすっきりしていいと思った。

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昨日の楽家

2001年11月17日 | テレビ

楽家に行こうかどうか、私は悩んでいた。
お金がない。
先月、かなり使いすぎて今月分を前借りして、
もう残り少ないのです。
でも、行きたかった。
会社での厭なことがこころにたまっていて、
そのストレスを解消したかった。
楽家で会社のことは話さない。話したくもない。
来ているみんなとバカな話をしていれば、
それだけでこころが軽くなる。
でも、行こうか行くまいか思い悩んでいた。

Sさんに会いたい。彼の笑顔を見ているだけでいい。
小説の話、音楽の話、いや世間話でもいい。
一緒にいるだけで楽しい。
Kさんにも会いたい。メールマガジンの感想をいいたい。
彼は中学校の社会の教師で、
古代史のこと、教育のことに対する想いを
メールマガジンにして何人かに送っている。
Nさんがいたらいいな。
私より2歳上で、いつも奥さんと来ている。
人の良さが背広を着て、いつもウィスキーを飲んでいる。
マスターとは、11月になってから会ってない。
その人たちのことを想いながら、
家でビーシュを飲んでいた。
8時になり、私はいても立ってもいられなくなり、
ユニクロのジャケットを羽織った。
こうなったら、来月分の小遣いを女房に前借りしよう。

寒い団地の中を歩く。
誰がいるかな、そんなことを思いながら。
のれんをくぐり、ガラス戸を開けると、
カウンターの一番左にKさん。
ひとつおいて、Nさんご夫婦。
右端にはSさん。その左側に客が2人。
カウンターの中にはマスターとNちゃん。
金曜日は、マスターとママが交代で休むので、
お手伝いとしてNちゃんがいる。
私は、カウンターの角のところに坐った。
私が来たせいなのかどうか分からないが、
パソコンの話になった。
ウィンドウズの悪口で盛り上がった。
いつも私は、楽家に入ったばかりは静かにしているが、
好きなパソコンの話なので、
そのうち私は、ムキになって話していた。
私は「九想庵」を宣伝しょうと考えた。
2人の客に、私は名刺カードに作った、
「九想庵」のURLを書いたカードを渡した。
そしたら、Hさんという人がハガキをくれた。
そこには「フィジーに行きます」と大きく書いてあり、
文章を読むと、
「JICA(国際協力事業団)のシニアボランティアとして
フィジーに2年間行ってくる」と書いてあった。
女性文化社会福祉省の「コンピューター化推進」の
任に当たると書いてあった。
63歳でボランティアに生きる
私は、素晴らしいことだな、と思った。
その人は、昨日は楽家にお別れをいいに寄ったそうだ。
私は、迷ったあげくに楽家に来てよかった、と思った。
これから「九想庵」がフィジーで読まれるかも知れない。

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ばかやってる

2001年11月16日 | 暮らし

明日仕事だというのに、
今まで飲んでいた。(2時50分)
楽家に8時頃行き、1時間ほどで帰ろうと思っていたのに、
この時間になってしまった。
楽家のあと、BROCKHEADS に行った。

今日は寝ます。

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今年も出ました

2001年11月15日 | 暮らし

ここのところ急に寒くなってきましたね。
2ヶ月前には、Tシャツ1枚で暮らしていたのに、
今は、去年買ったユニクロの冬のジャケットに
中綿を付けて着ている。
先週までは、中綿をつけないで着ていた。
私の冬の服装は、Tシャツ、ポロシャツ、ジャケット、
それにジーンズ、ほぼこれで通します。
春が来る3月までこの格好です。
といっても、1日のほとんどが、
薄汚れた作業服ですが…。

寒くなると、わが家に登場するのが、
「綿入りはんてん」と「どてら」です。
わが家といっても、私だけなんですが。
どちらも、おふくろの手製のものです。
もう20年ほど前に縫ってもらったものだ。
「綿入りはんてん」はあまりいたんでいないが、
「どてら」は、悲惨な状態です。
表はいいのですが、裏側がすごい。
1年のうちの半分、
寝床で懊悩している私の姿が表れています。
手足をほころびたところに突っ込み、引き裂く。
裏生地は跡形もなく、
そのときどきに女房がいやいややっつけ仕事で
タオルをあてがって縫いつけたから、
なんの美的なつながりもなく、
裏悲しく、タオルがどてらの裏側に張り付いている。
でも、私はこれがないと冬は眠れない。
毛布だけだと、肩先が寒くていけません。
からだ全体をどてらが包んでくれるのがいい。
女房はそれが窮屈でいやだという。
10月から掛け蒲団を2枚かけてるくせに。
このどてらが使えなくなったらどうしよう。
おふくろは、もうどてらを縫ってはくれない。
スーパーに、
毛布地で作ったどてらみたいなのがあるが、
あれではだめです。
私にとって、深刻な問題です。

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しみじみ思う健康のこと

2001年11月14日 | テレビ

今日、防衛医科大学校病院に行ってきた。
9月のときに、今日来い、といわれていたのです。
「もう、尿はきれいなので、いいでしょう」
と医師はいってくれた。

これで5月にあった“血尿騒動”から解放された。
(5/24九想話「落ち込む九想」参照)
さすがに慢性鬱の九想も、
ちょびっとこころが軽くなりました。

泌尿器科の前の長イスに坐って待っているとき、
中島らも のエッセイを読んでいた。
そのとき、車椅子に乗せられた男の患者が来た。
体を前に倒して床につきそうなくらいだった。
看護婦が「尿をこれに取って下さい」といった。
「取れないです」と呟くように患者がいう。
「取らないと先に進めません」事務的に看護婦。
男の患者はゆっくり立ち上がり、トイレに行った。
どういう病気なのか分からないけど、
なんか大変なんだ、という気配は感じた。
年齢は30過ぎぐらいか、
奥さんは心配そうにしていた。

中島らも は私と同じ歳だということを知った。
彼は、酒で体をだめにしたことを
エッセイに書いていた。
そうとう悪くなった自分の肝臓の写真を見て、
健康を目指そうと考えた、なんて書いてあった。

私も健康に暮らしたい、としみじみ思います。
でも、酒と煙草はやめられない。
こころが健康でなくなってしまう。

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坊主頭

2001年11月13日 | 会社・仕事関係

私は高校生のとき、坊主頭だった。
校則で長髪が禁止されていたのです。
高校に入学する1週間ほど前に、
床屋で五分刈りにしたときは悲しかった。
バリカンで刈られた髪の毛が、
頭から下に落ちるのを
私は目の前の鏡をとおして見ていた。

坊主頭は高校生活を暗くした。
それでなくても劣等感の塊の私だった。
この頃のことを私はあまり覚えていない。
なにもいいことがなかった。

なぜか私の高校の校則は、
3年になったら長髪にしてもいいとなっていた。
その理由が分からない。
「社会に出るから」ということをきいたことがある。
ということは、社会では坊主頭はおかしい、
と学校側が考えていたのか。
だったらなぜ、長髪禁止にしたのだ。
3年になると、誰もが髪を伸ばした。
私も伸ばした。
クラスでの男子の会話は、
整髪料は何がいいかとか、どこの床屋がいい、
なんていう話題になった。
髪を伸ばして、いくぶん気持ちも明るくなった。

しかし、1、2年生だけ長髪禁止ということには、
どういう教育的効果があったのだろう。

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コーヒー夜話

2001年11月13日 | 家族

「U、コーヒー飲む?」
「………」
11時過ぎ、私は女房に起こされて、
台所の換気扇の下で煙草を吸っていた。
今日は眠たかったので、9時に蒲団に入った。
息子は、今帰ってきたのか、
テレビを観ながらコタツで夕食を食べていた。
「ヒサシくん、コーヒーのむ?
 久しぶりに、レギュラーコーヒーいれようか」
「いいねェ。
 ホットのインスタントコーヒーはまずいよな」
わが家では、夏の間はインスタントコーヒーで
アイスコーヒーを作って飲んでいる。
最近寒くなってきても、
ホットコーヒーをインスタントでつくる。
それがいやで、昨日「モカブレンド」を買ってきた。
「しょうがない。つくってやるか」
「どうせ、Uにつくったコーヒーのついでに、
 おれにもいれてくれんだろ」
「当たり前でしょ。
 私は、Uのことは産んだけど、
 ヒサシくんは産んでないもん」
これは女房の得意なセリフだ。
別に、女房にかわいがられたくはないけど、
大切にはされたい。
むかし、私が旅行などに行くときには、
全部用意してくれたのに、
最近は、自分でやらなくてはならない。
浜松に行くときには、バックからなにから
全部私が探し出して準備した。
亭主はほっぽりなげているのに、
息子たちには、あれこれ世話をやく。
夫婦も23年もやってるとこんなふうになってしまう。
ああ…、やだやだ。

コーヒーメーカーから、半年ぶりぐらいに
コーヒーのいい匂いがただよった。
さあ、コーヒーを飲みながら九想話を書こうかな。

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憧れのマンボウくん

2001年11月12日 | テレビ

今夜8時からの「地球・ふしぎ大自然」(NHK)を観た。
「マンボウが跳んだ!東太平洋大追跡▽大ジャンプ!
昼寝?大潜水!世界初映像」
という民放のような長い副題のついてる番組です。
マンボウのことは、なんとなく以前から興味があった。

まずあの体の形だ。
どうしてあんな体をしているのだろう、と思っていた。
マンボウって、ふぐの仲間なんですってね。
ふぐは近海の魚ですが、その中の気まぐれなやつが、
もっと遠くに行きたいと思って、
あんな体になったようです。
あの大きなずうたいで海の中をのんびり泳ぐ姿は、
こころの底から憧れる。
しかし、ご当人にとっては、
なかなか大変なこともあるようです。

マンボウくんには40種類以上の寄生虫がいるそうです。
それを別な魚がとってくれたりする。
痒くて(と感じるのかどうか)我慢ができないときは、
あのマンボウくんがすごいスピードで海面まで泳ぎ、
ジャンプして体の片方(痒い?ほうか)の全体で
海面にぶつかる。
そうとう辛いのでしょうね。
呑気に暮らしているように見えるマンボウくんにも、
人生の辛さはあるようです。
それを知って、
毎日“人生の辛さ”を味わっている九想は、
こころの片隅でほくそ笑んでる。
人間が小さい私です。

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