雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

SPA直入 と 樋渡平雄さん

2015-04-11 06:25:22 | カワサキワールド

★カワサキの二輪事業でいろんなことを経験したが、一番思い入れのあるもの一つをと言われたら「SPA直入」と答えるだろう。

このプロジェクトは、私と岩崎茂樹がいなければ、大分県直入町にサーキットなど出来ていなかったと思う。

川崎重工業が、Z1を開発する以前に、そのためのテストコースが必要だと、全国のあちこちに候補地を物色し、大分県直入町に広大なテストコース用の土地を取得したのだが、どんどん時は経過して、Z1が世にでしまった後も土地だけはそのままになっていたのである。

 

★そんな土地の利用をどうするかは、ずっと懸案事項で残っていたのだが、当時はレーサーレプリカ全盛時で、各メーカーはレーサーのようなバイクを販売しながら、それを走らす場所もなくて、ライダーたちは世に「峠族」などと呼ばれていた時代なのである。

一般ユーザーが走れるサーキットをという基本コンセプトで、コースレイアウトからその仕様など、一般ユーザーが走っても安全なサーキットをと初期構想から完成まで1年半ほどで完成させたのである。

ちなみにカワサキのファクトリーチームの初代マネージャーが私で、その2代目が岩崎茂樹なのである。

そんなコンビでSPA直入は計画され、ほとんどすべての構想を二人で作った。

二輪に関して何事も詳しかった岩崎「SPA直入」の名づけ親で、そのSPAは確かに温泉という意味もあるのだが、

ベルギーの有名サーキット、スパ・フランコルシャン とかけてのSPA なのである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3

 

 

 

★ コースも短い小さなサーキットだが、スタートした当時のコンセプト通りに、大自然の中に日本で一番美しいサーキットといってもいい。安全に設計され、サーキットと事故死は付きものなのだが、まだ一人の死者も出していない、珍しいサーキットなのである。

 

こんなサーキットに仕上げていったのが、樋渡平雄さん と言っていい

彼がスタート以来、このサーキットに注いだ愛情は並大抵なものではない。

彼と一緒に、直入で育った人も多い。

長いカワサキでの生活の中で、「一緒に仕事をした仲間」も多いのだが、私にとって「一緒に仕事をした最右翼」の一人に樋渡さんは上げたいのである

 

毎年年賀状も、お便りも頂いていたのだが、つい最近 奥様から訃報の知らせを頂いたのである。

彼は出身は佐賀なのに、引退してからも直入から離れずにずっと大分で過ごしたのである。

若いころの営業時代、沖縄にいたころからのお付き合いである。

営業時代と違って、樋渡さんにとっては直入は、天職であったような気がする

直入に来て、本当に生き返ったような樋渡さんを見たのである。

 

そんな直入は、今 Facebook でも、「I Love SPA直入倶楽部

https://www.facebook.com/groups/506183092728388/  などもできていて、沢山の人たちに可愛がってもらっている。

 

     

 

こんな一般ユーザーだけでなく、こんな有名人からも、故郷のように懐かしく思われているのである

 

  

 

SPA直入ができて、直入町も一変したといってもいい。

岩城滉一も、翡翠の庄のご主人首藤文彦さんも、、みんなスタートのころの仲間なのである。

http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/a3fc1753e222ab3429307cf1001a93df

 

     

 

その一番真ん中にいたのだが、黙々としてみんなを繋いでくれたのが、樋渡平雄さんだった。

 

樋渡さん、ご冥福を祈ります

あちらで岩崎茂樹と、直入の思い出話でもじっくりと語ってみてください。

ほんとに、いろいろとありがとうございました。

 

コメント
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