ライズ外伝

仕事以外の趣味のコーナーです。
主にお出かけが多いです。
ポタリングしてます。

松戸市一周サイクリング、前半

2016-05-25 | 松戸




ついに、念願の自転車で松戸市1周を果たしました。

約68k、6時間くらいかかりました。


市境をいかにして走るのが楽しいです。





スタート地点とどっち周りが大切か問題ですが。


自宅から近い『これまで松戸市』を起点に左回りにしました。


流山で昼飯を食べて午後からのスタート。(横須賀)






このエリアは飛び地もあり複雑です。(新松戸)

第一チェックポイントは流山街道の『ここまで松戸市』

微妙な言葉の違いに気づいた






そこから六和クリンセンターの横を通り江戸川に出る。

厳密にいうとチェックポイントとよりはズレています。

土手のアプローチも少々難。(七右衛門新田)






第三チェックポイントはこれ。『これより』

意外に見落としやすい。土手のルートからズレているから。

まっすぐ行くとTXに当たるので通れません。






ここから市川市まで川沿いを走る。

ここは三郷市との市境、(栄町西)

埼玉県との県境でもある。






旧有料橋を越えると松戸フラワーライン


四季折々の花が楽しめるスポット(古ヶ崎)


国道6号が松戸市最西端(新葛飾橋)






新葛飾橋を越えると矢切

向いは東京都の葛飾区柴又

「矢切の渡し」は松戸ブランドです。






栗山の柳原排水機場に到着

ここからが市川市との境界線。

複雑だけど面白いんです。





道に迷い、国府台の飛び地天満宮前を通りました。

栗山浄水所の方がよかったのかも。

なんだかんだ松戸街道に出ました。

『これより松戸市』





ここから東へ、病院の前に

狭いけどここが市境道。(下矢切)

左は松戸市、右は市川市状態。

これが楽しい🎶






外環道はまだ工事中

そろそろ完成予定なはずだけど

三矢小台の土地は上がると予想されている






県道180号に出る。(大橋地区)

この道に看板が見当たらない

なので北国分駅前の道がチェックポイント





次は聖徳大学付属がチェックポイント

この辺も複雑なエリア(道に迷う)

ここ秋山から松戸市最南端を目指す






なんとか団地に出た。(高塚新田)

坂を下って、左松戸右市川状態が続いた

なんか市川市との付き合いが永く感じられてきた。





市川の弁天公園からの、なんとかまた県道51号

これが最南端『これより松戸市』

ここから北上し、東へ








松戸側は病院で行き止まりになるので、市川側を走る。

足もつり始める

なんとか武蔵野線の橋に出た。






ありました。

464号の『これまで松戸市』

ここから紙敷を通り、松飛台駅を目指す






松飛台駅からは北総線沿いを走る。

電車は松戸と市川を行ったり来たり走る。

市川市とのお付き合いはここまで。






串崎新田のチェックポイントは

専松の野球グランドと新京成電鉄車庫

専修大付属松戸高校野球部はここで

念願の甲子園出場を果たしたのだ!







新京成電鉄の車両基地は流鉄の比ではなかった。でかい。

鎌ヶ谷市と松戸市の関係はこの辺はクール。境が直線

464号がまた松戸市を走るが表示は無し


この辺で半周くらい


後半につづく
































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松戸市一周サイクリング、後半

2016-05-24 | 松戸







後半は、スタート地点が北西なら対角の東南からのリスタート










松戸と鎌ヶ谷は直線で仕切られています

左松戸市右鎌ヶ谷市と走る

松飛台とは、松戸の飛行場で松飛と命名






直線は滑走路の名残だとか

自衛隊があり、市境を跨いでいます

基本、碁盤の目なんだけど行き止まりが多かった。





57号に出て『これより松戸市』

厳密にいうと踏切を越えるまで松戸市になっている

ここから東へ進む






川というか水路沿いの道が市境

左松戸右鎌ヶ谷がくねくねと

鎌ヶ谷西高まできた





六実の市境に道はなく鎌ヶ谷を移動

野田線の踏切に出る。

思えば遠くへ来たもんだ





粟野交差点で県道8号にでて北上

佐津間交差点で『これより松戸市』

ここが松戸市最東端





野田線は踏切が少ないので難航

六実小学校がチェックポイント

中学高校と進み

なんだかんだ六高台の『ここまで松戸市』





気が付けば鎌ヶ谷を離れ柏市

しばらく柏を走ると不安になってきた

ちょつと迷子





見覚えのあるグリーンベルト

なんとか松戸にもどれ、281号

五香からつくし学校を目指す





この辺から直線の市境が続くのだが道を間違える

だんだん疲れてきた

日も沈みはじめる





予定では栗ヶ沢のはずが・・・また柏市を走る

だいぶ松戸から離れてしまった

酒井根・西山




なんとか小金原団地にもどれた

この道が富士川沿いで松戸と柏の市境

左松戸右柏と走る





281号に出ると『これより松戸市』

次は自動車学校がチェックポイント

・・・市境には学校が多いことに気づく






道1っ本ずれたけど根木内

旧水戸街道の『これまで松戸市』

次は国道6号





高台からお城の跡地を眺める

6号にでたけど、ここは普通に『松戸市』

そういえば江戸川の6号は『ようこそ千葉県』





6号は道の下を渡る。

すると川に出る(東平賀)

あとは川沿いを走るのみ





松戸側を走る

日が沈んできた

なんとか明るいうちに完走したい





免許センター前まで来た

いよいよ松戸市最北端、幸田

『これより松戸市』






そして大金平の『これより松戸市』

大学の前の橋の道、ちょい難所

次の流鉄の橋は渡れないので注意







病院の前の道が市境(横須賀)

そしてついにゴール『これより松戸市』

無事走破




昼1時~夜7時、6時間、68k

思えば『ここまで松戸市』は松戸市しかないではないか。

ざっと11本だったけど、見落としがあったかな?

次回また完成度を上げてみようと思う。

では







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軍用軌道の名残ポタリング

2016-02-18 | 松戸


最近のマイブームは名残です。

今回は松戸市内に残る軍用鉄道の名残です。

戦後、新京成電鉄に払い下げされたのですが
今とは少し違う場所を走っていたのでした。

その跡地には『陸軍』の石漂が残っているのです。

走りながら杭をみつけるのがちょっと危ないけど
これがとても面白いんです。

軍事機密なのでこの地図が正しいかどうかもわかりませんが
とりあえず確認をしてきました。

今回も下見だったのでもう一度行く予定です。
(相模台の方は去年行きました次回公開予定)




上本郷駅からスタート

今回は元山駅方面へ向かいます

この辺は線路なりです。





線路なりに保育園の前辺りからで右折。

ここは当時の名残があります。

上空写真で見ると自然なカーブ




大きい通りに出ると道なりではなくなりますが

イメージ的には真っ直ぐです。

左の道を進みます。




次の大きい道から道はなくなります。

大きい通りの一本隣が本線です。

八柱演習場の跡地になります。




ここから真っ直ぐ八柱駅方面なのですが

道がありません。

今の稔台駅周辺が八柱演習場だったようです。




再び大きい通りに出たら線路の反対側を走るんですが踏切がありません。

こも大事なポイントがあるんですが見落としました。

八柱駅の北口から西部図書館へ向かいます。



ここから常盤平駅には行かず

森のホールの駐車場脇を通ります。

梨のオブジェから梅林を通り図書館へ抜けます。


情報によりますと森のホール近辺には
長さ50m高さ10mの木造の橋があったそうです。

高低差があるとしたらこの辺の直線かも。




このカーブ感が当時の名残。

駐車場脇を抜け、ガスタンク脇へ

上空写真で見ると名残が一目瞭然なエリアです。




民家前を通りますが

その後がいい感じです。

常盤平駅方面へ向かいます。




一旦電車の本線へ戻る感じですが若干左へ向かいます。

この辺は道がないので難しいです。

熊野神社を目指します。




熊野神社の脇の道が名残なのですが道はありません。

その隣の道を進みます。

ここも上空写真で確認しやすいです。




真っ直ぐ北上すると広場とアパートに当ります。

このアパート側の方が本線になります。

チョい脇道を進みます。行けるんです。




時代劇に出てきそうな林の中。

こんな所を本当に走っていたなんて想像できませんが。

いいんです。




林を抜け大きい通りに出るとそこには

陸軍用の石漂があるんです!

これですよコレ!!




ここから先は民家があり、道が繋がっていません。

らしき感じがあるのですが、道が途切れているので

説明が難しく走りながら方向がつかめなくなります。




この辺で見失ってしまいましたが

セブンイレブン脇、ツタヤすばる書店、ヨークマートなどが目印です。

このエリアは柏市になります。




パチンコ屋さんから松戸市になりここからが名残がでてきます。

コンビニの裏の道の小学校前の道がそうです。

ここも上空写真で確認できます。




石漂が見つからなかったのですがこの直線が名残です。

ここから五香駅へ向かいます。

何でこの辺を通ったかは謎です。(秘密基地とかあったのかな?)




この直線道から本線へ向かうのは駐車場を抜けます。

この辺には踏み切りがないので確認が難しいです。

資材置き場の棒の意味がもしかしたらそうなのかもしれません。





五香駅を過ぎた辺りから微妙にずれます。

現在は四中脇を通っているのですがすこし東へずれています。

大通りの踏み切りの位置は今も昔も同じようです。





元山駅周辺も昔と少しずれています。

五香駅から元山駅に行くルートも何回か変えているようです。

この辺も軍関連の基地であり、今は自衛隊の駐屯地になっています。




ここまで松戸市。

もしかしたら軍事機密で実際とは違ったりして。

まだ地図には載っていない線路もあるかもですね。



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軍用軌道の名残ポタリング弐

2016-02-17 | 松戸


実は去年に少し下見をしていました。

相模台にある工兵校の跡地ルートです。

なんとこっちには2つのルートがあったのでした。




上本郷駅から元工兵校へ向かいます。

この辺は当時のルートを利用しています。

道なりに進む。





電車は右に行きますが、道なりに真っ直ぐです。

緩やかなカーブが続きます。

この道は当時の名残です。




郵便局を過ぎ、大きい通りを渡ると一本松。

そこから2又にわかれていますが右です。

この郵便局の裏にもう一つのルートがあります。

(そちらは次回に)




国道6号線に出ます。

道が消えたかと思いきや、あの細い道です。

横断歩道へ迂回します。




再び戻りますが、本当にここなのかとさえ思えます。

広い道の方がそれらしき雰囲気があるのですがここです。

この辺は昔は広場だった写真もあります。


また真っ直ぐすすむと


またさらに道が細くなり坂道。

間違えたのかな~と思いきや、

ちゃんと石漂がありました。




情報によると石漂は動かしたともいわれるが

大きい通りよりはズレているので合っているのかもです。

でも何で坂なんだろう?橋があったのかな?




なんとなくだけど大きい道の方がプラットホームとか

回転台がありそうに思えますが、面影と情報がありません。

自分の予想では、校内に入り込んでいると思っていました。




初期の頃はココと八柱演習場を結んでいたもようです。

千葉市の方からは、鎌ヶ谷を通り松戸にきていています。
カーブが多いのは練習になるし爆撃をかわすためともいわれています。


でも、東京大空襲があったのに
市川や松戸のこの軍の施設はなぜ狙われなかったのかが不思議です。

兵士を養成しているとなると真っ先に狙われてもおかしくはないのだが。

松戸には飛行場もあったのに迎撃しなかったのもなんででしょう。

鉄が足りなく、線路を剥がして使っていたとも言われるので
ほとんど機能していなかったのかと思われますが、真実はいかに。





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軍用軌道の名残ポタリング参

2016-02-16 | 松戸




上本郷駅からのもう一つのルートは
この辺から緩やかに一本左の道へ行くのですが
道がありません。

21世紀が丘の方へ行くルートです。
確認するのが難しが、こちらが本線だったともいわれます


郵便局の裏の道でカーブして消防署へ向かいます。




途中で公園を通るのですが、名残がみつかりません。

抜けても建物で行き止り。

上空写真でも確認は難しいです。





目標は消防署の脇。

脇道は低くなっているので敷地内が正解。

さっきの公園の前の道はかなり古い道です。




消防署からこの狭い道が本線です。

この先はマンションと畑があり進めません。

この消防署前の道は大きいから昔からありそうだけど
新しくできた道のようです。




細いけど、今いる地点が昔の大きい道になっています。

線路は消防署から畑と建物の境界線を走っていたようです。

そしてクリーニング屋さんの脇から交差点をカーブしながら通ります。




上空写真を見ると、消防署から緩やかなカーブが続いているのが確認できます。

この交差点からやっと線路の名残を走れます。

このカーブがいいです。




中学校の前を通り、二十世紀が丘美野理へ

こっちのエリアは区画整理があり昔の面影が消えてしまいます。

60年代の上空写真にはわずかに跡が確認できます。




民家があり道が消えましたが真っ直ぐです。

大きい道の交差点の奥にでます。

この先も行ったのですが何もなかったので今回はここまで。






この辺は『中の兵』という小字があるので
兵に関連があった感じがうかがえます。

でもそれらしき物が確認できません。

軍事機密なので消したりして。
民間人も乗ってたなんて情報もありますけど。

なぜこっちに線路をひいたのか?

予定では柿の台小学校を通り、今の松戸警察へ行き
そこから2中の前を通り、江戸川に抜ける計画もあったようです。

金町からの京成電鉄と繋げる予定だったなんて話もききますが。

山を避けるルートとなるとその道なのかもしれません。


(以後、今辺を調査します。)では。


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ぶらり、東松戸エリアへ

2015-11-20 | 松戸



久しぶりに東松戸の方へ行きました。

地図で見ると東と言うよりは東南の方だけど。

これは市役所から見て東ってことなのかも。





まずは先月焼けてしまった王子神社から

どうやったら火が点くんだろうか。不思議だ。

311の震災に鳥居が倒れてやっと直ったのに。




そこから坂を昇り八ヶ崎へ。

今は無き相撲部屋です。

ちょっと行くと赤レンガ街。

6号線へ出られる秘密の道?





また八ヶ崎のサクラ坂を昇り20世紀の森へ。

紅葉が始まっています。

森のホールには学生さんがわんさか。

イベントかな?




その道から八柱霊園へ

霊園前には墓石屋さんがずらり。


霊園を抜けると




市立松戸高校の前の道に出ます。

そこから松飛台の駅へ行くのですが

お目当てのラーメン屋さんが定休日でがっくり。

なので辺りを少し観光。




この辺といえば相撲部屋。

今はここ一つに。

横綱が誕生しパレードが見たい。






そして世界のマブチ

松戸一の大豪邸だとか。

この辺は高級住宅街なのかも。




本社から東松戸ゆいの花公園へ

そこで気になったのが市立松戸高校

今、外壁をリニューアル中。




校門には、盆栽のような松の木が2本。

門松ではないけど。

松戸だけに松。

市松模様は見当たらなかった。


そこから校庭の方へ行ったらなんと

野球グラウンドの下に電車が通っているなんて!


丁度、ホームベースの真下辺り。

バッティングをする時に気にならないのか?気になる。

行けそうなので近くまで行ったら。




恐る恐る進むと、森の中へ続いていた。

びっくり。

その先にはテニス場があり、なんとか道に出られた。

ざっと高校の周りを一周してしまった。




そこから市松の前の道を松戸駅方面へ走る。

すると、モヤモヤさま~ずで紹介された店の前に出た。

屋根の上には鳳凰が羽ばたいていた。

昼飯にするか。

この日は、中華気分ではなかった。




少し走ると気になったお店が。

海鮮丼をテイクアウトし近くの公園で食べた。

しかし近くによせげな公園はなかなか見つからず。

しばらくさ迷う。




そこから少し走ると前から気になっていたポイントへ。

新東京病院前の辺りなんですけど、このカーブの道。

なんと『軍用軌道』の名残なのです。

今走っている新京成電鉄の前身みたいなものです。

新京成電鉄はなぜくねくね走っているのか?

その答は、元々は軍事練習用の鉄道なのでした。






そこから6号線に出て、松戸駅の反対側エリアに来ました。

旧水戸街道沿いの春雨橋付近の古い民家が駐車場になっていました。

そして何故か納屋河岸へ来てました。

海鮮丼を2つも食べたせいかな。

ここで食べてたらバーチャル市場飯みたいだったかも。なんてね。


こんな感じの2015年秋の松戸でした。







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桜めぐりポタリング

2014-04-05 | 松戸



風が強くて大変だったんですけど

桜が呼んでいるような気がして

市内をポタリングしました。






まずはご近所から。

流鉄と新坂川沿いの桜並木です。

毎年ココはかかさず観ています。

街路地と違い長閑な感じがします。

馬橋から新松戸にあります。






ココの神社の桜がガイドブックに載っていました。

ちょっとびっくり。

普通だと思うけど隣の公園が凄いのかも。





今回の大発見がココ。

久保平賀の公園なんですけど

一本の木でここまで立派なのはびっくり!

老人ホームの人達も着ていたから隠れた名木なのかも。


偶然の発見でした。




ここは有名なサクラ通り

比較的車の通りが少なくて安心。

のんびりしたこの春の感じを感じられます。






けっこう長いです。

ポタリング派には最高です。

坂もほとんどありません。




ちょっと休憩。

パン屋さんを発見。

サクラにちなんだ感じの店。

『サクラアンパン』です。

桜モチとアンパンが合わさったような新食感。

元祖あんぱんを現代風にした一品でした。うまし。





八が崎のさくら通りへ。

車の通りが激しく、のんびりできません。

桜はいいんだけど道が狭い。



進路変更



三中の坂の上にある公園が桜に囲まれていました。

まさかココに桜があったとは。

たまに通るけど気がつきませんでした。






自宅から一番近いのはココ

坂川の桜。

自分が引っ越してきた時はまだ小さかったけど

ずいぶんと立派になりました。


この川をクルージングできたら素晴らしいんじゃないでしょうか。

船を浮かべて屋形船でお花見宴会!

なんてね。


2014年3月、今年の近所の桜たよりでした。


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松戸神社(御嶽社)

2014-03-22 | 松戸


今回は松戸市の総鎮守でもある松戸神社を探索。

ここは明治の初めまで『御嶽社』と呼ばれていたようです。

それもそのはず、この町は徳川家のお膝元で戸定館と松龍寺があり

ここは明治政府によって変えられたもようです。




昔の地図にも載っており、大きいところが

右が松龍寺で左の大きいのが御嶽社でした。

松龍寺には徳川の葵の家紋が貼ってあります。

旧水戸街道沿いにあり、他の寺の数も多い方です。





境内の入り口は色んな方から入れます。

この橋からがメイン通りですけど

向かって左が本殿で、向かいが秋葉神社になっています。

ちょっと変則的でもあります。




もう一つ祠があったけど建替えのようでした。

お宝が出てきたのかが気になります。



で、今回の発見が



この『四神獣』の彫り物にあります。

この神社、なぜか在るはずのものが在りません。

それは『狛犬』です。

お稲荷系だと狐がいるはずなのですが、別な場所に祭られています。

それは置いておいて

何が素晴らしいか?

上から順位、玄武・朱雀・白虎・青龍がそろっているのです!

場所は手水舎(赤い橋から見て右)の所の柱にある。

方角が残念ではありますが。

これが基本です。(北の玄武・南の朱雀・西の白虎・東の青龍)

それぞれの方角を守っています。

狛犬もそんな役割です。




問題はここから。

大きい竜のオブジェ。

お神水になっていてこの裏に水神宮が祭られています。

おそらく川のそばなので氾濫を防ぐために祭られています。

(余談ですが加山雄三もコレを見て関心していました)

南にあるけどこれが青龍。




最近出来たと思うのですが、フクロウです。

赤い橋の左にあるのですが、西に向いています。

西の鳥だけに朱雀。




それと対に亀のオブジェがあります。

フクロウの裏に。

東を向いているが顔は南。

本来は、鶴と亀の組合せがメデタイはずなんだけど

何故かフクロウと亀。

不苦労に意味があるのかもです。


そして最後に、・・・あれ無い???

あるはずモノ。

竜の対と言ったら虎。

竜虎の対決はどこへ?



位置関係からすると北のここなんだけど

トイレしか見つからず。虎の便器だったりして。確認はしていないけど。

境内を探しました。



本社の北東にこのオブジェが。

桃太郎か?金太郎か?・・・虎次郎??

ゴミを燃やす場所にありました。

虎らしいトラは見つかりませんでした。




途中で気が付いたのが本社真裏の『青龍門』(北だけど)

もしかしたら他にもあるのでは?

また1周して探しました。



すると丁度、亀とフクロウの近くの入り口でした。

字は消えて読めませんけど、白は分かりますが虎がなんか違うような。

なんででしょうか?西の白虎門なはずなのに消えかけている。

玄武門も朱雀門もないけど、この門の文字は何故このままなのか?

意図的なのか、この神社の方角がどうもおかしい。


狛犬がいるのは最初の看板の入り口の鳥居の脇だけ。

いわゆる参道にだけ。

境内にいないのはなんでだろう?

これがミステリー。

玄武がいないのは多いけど、虎が居ないのは珍しい。

唐獅子牡丹に虎竹。

もしや徳川時代の生類憐みの令の影響だったりして?

入り口のは松戸神社になってから造ったのかも。

小さい入り口が多いのが虎口?この神社自体が虎の穴だったりして。


THE虎を探せ!

今後調査中。










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出羽っぽい町

2013-10-24 | 松戸



前回の三ヶ月の謎をちょっと角度を変えてみてみたら

なんと!山形県と関連が!?なんて

『出羽三山』がモデルになっているんではないか説。





歴史的にはちょっと曖昧だけど

月山・羽黒山・湯殿山の出羽三山

『三日月神社』はもちろん月山。

神様は、月読尊









そして二ツ木の『蘇羽鷹神社』

『羽』から羽黒山

神様が違うけど単順に出羽神社ぽい。

遺跡もあるくらいだから歴史的にはかなり古い地ではあります。







ちゃんと出羽三山に詣でに行った記録もある。

しかし伊勢神宮にも行っているので曖昧ではありますが。


通説では、二ツ木は『林』の人名からつけたといわれます。
しかしmフタツキ→二月とも読めなくもない。
小金の1月寺、この二月、そして三ヶ月
なんか偶然ではないような気がしないでもない。


そしてココからが難しい


湯殿山はどこに?。ここがミステリー!






キーワードは『蜂子皇子』

蘇我馬子の魔の手から生き延びて出羽の国に落ち延びた人物。

蜂と言えば八で、『八ヶ崎』が連想される。

八ヶ崎の八の意味もあまりはっきりされていないが
八百万、八重、八咫烏、八岐大蛇、八俣遠呂智などなど
沢山とか多いとかの意味合いで使われる場合もある。

八坂神社の先で八ヶ崎なのか?9の前で八ヶ崎か?

八ヶ崎の町で有名なのは『子安神社』しかない。(隣の長聖寺も)






八ヶ崎の子安で八子(はちこ)?ここか?
御祭神は大山祇命の子なので近い。
『水砂』と湯はなんとなく湧き水みたいな連想性はありそう

貝塚もあるくらいだからこの地も歴史的には古い土地。(館があったとも)

隣の小金原には『殿内』の地名が残っているが・・・少し遠い
『殿平賀』もあるが近いけどエリア外、集落違いみたいではある。
名前的にはここだけど、神社が・・・本土寺かな?

湯はどこだ?湯浅という名の人は多いようだが。
松戸市には温泉の出る地はない。柏市には出るのに。

ゆいつ、狛犬が溶岩の土台になっているのが火山のようにも思える。



もう一つの候補地は










『万満寺』を指していると思うのです。
そして隣の『王子神社』→ 皇子

(昔は神仏習合だったので寺と神社は一緒です。)

万満寺は古くは『大日寺』として大日如来を本尊としていた。
太陽系じゃないの?と思うけど
出羽三山の湯殿神社はも昔は『大日如来』を祭り、別当寺に大日寺があったらしいのです。
こ、これはなんか偶然ではなさそうな!

一月寺の隕石がなぜかこの寺の重要文化財になっている。
でも王子神社は三峰神社と諏訪神社の関連。ここは微妙。


近所には『厳島弁財天』があり、蜂子神社も厳島神社と並んで祭られている。
湯殿山神社の鳥居は厳島神社の鳥居タイプと同じこのポイントはすてがたい。


だけど、ここは山ではなく平地。
弁天様は『海の神』でもあるが・・・







この地を支配していた戦国武将の高城氏の家紋は月。

この三日月から三ヶ月の地名が付いたとも言われています。

でもなんでミコゼと訛るんだろうか?
これは山形弁の名残なんじゃないだろうか^^

この周辺に鶴岡って名前の人が多いのも関連がありそうな。


一説では千葉一族は九州から移住してきたのではとも言われます。
妙見神社も崇拝していて、北斗七星や北極星をも信仰している。
東北の出羽国との関連は??このへんが曖昧。
高城氏が月にしたのだろうか?


三つの月の謎、三ヶ月

湯殿山神社は即身仏が本尊に。
幻の馬橋三日月城との関連はいかに?
もしくは無くなってしまったのか?

今後の調査につづく、では、と言いたい所ですが
『語るなかれ、聞くなかれ』ともいわれます。




出羽三山は、祖霊の鎮まる“精霊のお山”、人々の生業を司る「山の神」「田の神」「海の神」の宿る“神々の峰”にして、
五穀豊穣、大漁満足、人民息災、万民快楽(けらく)、等々を祈願する“聖地”であった。
 加えて「羽黒派古修験道」の“根本道場”として、「凝死体験(ぎしたけいん)・蘇り(よみがえり)」をはたす山でもある。
 すなわち、羽黒山では現世利益を、月山で死後の体験をして、湯殿山で新しい生命(いのち)をいただいて生まれ変わる
、という類いまれな「三関三度(さんかんさんど)の霊山」として栄えてきたお山である。
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三日月神社(三ヶ月)

2013-05-30 | 松戸





今回はこの『三日月と書いて(みこぜ)』の神社へ

読み方が何故『MIKOZE』なのか?

ちょっと調査をしてみました。





住所は三ヶ月と書いて『みこぜ』

神社は『三日月(みかづき)』

何故なんでしょう?




通説によると、この村を治めていた武将の家紋が三日月だったからだとか。

でもまさか出羽の山形県の月山と関係があったとは驚き。

群馬の大田市にも国定忠治や木枯し門次郎でお馴染みの三日月村があるけど

関連性が今ひとつ。

北側には、赤城神社があるのだが時代にずれが生じる。





気になるのは、お城の鬼門よけに神社を建てた記述があるが
どうも位置がおかしい。

区画整理で場所の移動があったみたいだが
鬼門とは基本的に北東の位置になる。


逆に、城の位置はこの神社の南西になるのだが?






この神社の南には『萬満寺』があり、昔は『大日寺』と呼ばれていた。

『月と太陽』とのこの関係!

天照大神と月読尊ではないか?

すると素戔男尊はどこだろう?(小金の八坂神社か?)




小金の方で気になるのはこの『一月寺』

虚無僧で有名なのですが、名前がなんだか関連がありそうな。

一月→二ツ木→三ヶ月・・・なんか意味がありそう^^






でも何故、三ヶ月がミコゼになったのか?訛ったのか?
真相は未だに不明


三日月でも三ヶ月でも『みこぜ』?

佐賀県には小城郡三日月町があり、高城氏はここの出身とのことも。

九州弁だったりして。


5月と書いてサツキ

五月蠅い(うるさい)

・・・

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圓勝寺(古ヶ崎)

2013-04-03 | 松戸


今回は松戸市の旧明村、真言宗豊山派、雲仙山『円勝寺』へ

残念ながら明細はありません。

日陰を見てもらえば分かるのですが参道が北東から入るようになっています。

そしてお互いに向かい合った石造が印象的です。

一般的にお寺は金剛力士像が定番ですが。






写真には撮りませんでしたが庚申塔が建っています。

もともと他にあった物を移転してきたようです。

庚申塔には見猿・言猿・聞猿の3猿の彫り物が刻まれています。


そして参道には民家があり

この地域は再開発されたようです。




建替えたので綺麗になっています。

お気づきのように本殿がまた少し曲がっています。

この日は春分の日の近くの1時頃なので

真南の方角が推測されます。








まったく情報なしです。


本殿の彫り物は定番の龍ではなく花系

何の花かは不明ですが何か意味はあると思います。


ここからは妄想ですが、

これは元々は『桃』だったのでは?と推測するのです。


ヒントは桃太郎




ここには狛犬の彫り物が

そして参道の入り口には猿の彫り物。

犬、猿とくれば次は鳥




このお寺の鬼門(北東)には『鵜森稲荷神社』が配置されています

この神社の入り口は北東にあり本殿は東を向いております。

ここを入れると、猿・犬・鳥がそろい、

鬼門の丑寅のと相殺の、申・酉・戌にあたります。

桃太郎の話は風水に基づいていたのでした。

そして魔除け効果のある桃で鬼退治とのこと。


余談ですが、ベンチには異国の国の動物が彫られています。(アフリカ)




この神社の歴史はご覧のように

明治41年の終わり頃と昭和33年

昭和55年の有料道路ができる時の3度にわたり

移転されたようです。

お寺のほうも何度かリニューアルされたのかもです。





古地図だと名前が変っていました

円性寺→円勝寺

大勝院か円能寺と関連か?

それとも成田山新勝寺か?

この辺の情報も無く調査中です。








江戸時代の半ばまではこの辺は川だったという資料は発見。

歴史的にはそんなに古くはないのに、古ヶ崎なんだろか?

そしてこの方角の意味は?


本当に昔からこの方角に建っていたのか?


謎はいかに?






こう観ると明らかに道が北東を向いているのですが意図的なのでしょうか?

申・戌・酉で鬼退治?

桃太郎はいたのでしょうか?

古ヶ崎と言えば『小僧弁天』も有名。

普通、弁財天様と言えば女性なんですが小僧?

諸説ありますが、白蛇がキーワードのようで。

万満寺と関連があり、万満寺は鬼門(北東)の方角です。



あまり知られてはいないお寺ですが、ミステリースポットに思います。
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幸谷観音(福昌寺)

2013-02-27 | 松戸


今回はこのお寺の境内にある真っ赤なダルマのある

幸谷観音を探索

結論から言うと、赤には魔除けの力があるそうです。

『赤色のおまじない』のように、疱瘡(天然痘)の病気から守ってくれるのが

この赤い色だそうです。

『赤色は伝染病から身を守るおまじない』で

ほとんどの達磨さんが赤いのはそういうことだそうです。

ここまで赤いのはオリジナルなんじゃないでしょうか?




ご覧のように参道のほぼ中央に鎮座する感じです。

南を背にしています。

南の赤は風水的には基本ですけど。




入り口の裏は(東)には曹胴宗福昌寺。

水子地蔵があります。

達磨さんといったら曹胴宗ですが、観音様との関連はなんでしょうか?




字が読めませんが、もともとはこんな名前のお寺だったのか?

神仏習合の歴史の中、神社はないにしても分離されているのは何故か?

このへんも謎です。

観音さまと達磨さんと言ったら、群馬の高崎市を連想します。

上野州との関連はいかに?ってところです。







メインはこの幸谷観音堂で『黒十一面観音菩薩』を

赤に続き黒

達磨の背は8にみえ、11

ミステリー♪






ここはご覧のように馬を収めるのが有名な場所でした。

歴史的には江戸時代からですけど

遺跡は縄文時代後期の貝塚でありました。

幻の幸谷城もこの辺ではないかと

この地は重要な場所だったにちがいありません。






裏は崖っぷちになり城的にはありそうな。

南に面していながら階段の参道がないのも不思議ですが

何かがあったには違いありません。

ちょっと不自然。





境内にもどり、野馬のオブジェ

大事なものには、屋根があり囲いがあります。




近くでよく見ると馬の鬣は本物の毛でできています。

背中には旗がたっていて。

白馬です。

白。

北を背に南を向いています。

白といったら白虎で西ですけど。

赤いダルマの向かいにあります。


赤・黒・白ときたら風水的には黄か青なのですが



眼に入るのは『布袋様』です。



うんちくはご覧のとおりですが

これの謎は『松戸市には2種類の七福神が存在する』ってことです。

一般的には各市に1つの『七福神めぐり』だと思うのですが。


松戸市には2つあります。

宗派による違いらしいのですが

そもそも七福神はいろんな国の寄せ集めの神様で成り立っているんですけど

この辺もミステリーです。









行ったことのない人は全体図が分かりづらいですけど

こんな感じです



ダルマの向かいで馬の隣の手洗い舎も

ちょっと変わっており名前が刻まれています。

黄色っぽいといえば黄色ですが

確実に水はあふれ、びしょびしょになります。





あと気になるのは除夜の鐘です。

東南の角地にあります。





青銅だけに青か?

鐘には唐獅子に牡丹が模様し

寄付者の名前が刻まれています。




あと大きく気になるのが、ブランコとシーソー

公園的ようそもあります。

南にあります。




他には北側にこういったのがありますが

素人にはまったく意味が分かりません。

箱に入った仏像さんもあるけど

どこの誰だかわからず。

でもなんかの意味はあるに違いない。


北側に武蔵野線が通るようになって地形は変わってしまったようだ
元々の寺の敷地はどのくらいだったのか?





幸せの谷と書いて幸谷(こうや)

でもここは丘の上

個人的に、徳川埋蔵金はここにあるんじゃないかって

勝手に思っています。

この暗号めいた配置にヒントがあるに違いない。

地図でみると、寺の向きも方角が不自然。

これは凄い^^





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幸谷ポタリング

2012-10-14 | 松戸


今回はこの新しくできた道周辺をポタリと

新しいだけあってか結構渋滞しています。

やはりみんなが望んでいた道なのか?

国道6号線に出やすくなりました。




S字カーブが特徴。

蛇の道はヘビか。

動物注意。

40年来の開通だそうです。






個人で森を持っているなんて

どんだけ大地主なんでしょうか

管理するのも大変そう。

松戸の秘境でもあります。




道を抜けると国道6号に。

北部市場も近くなりました。

でも渋滞が激しくなるとこの道もどうなんでしょう。

逆に不便だったりして。





この交差点から知る人ぞ知るこの道。

6号線から武蔵野線沿いに走ります。

手つかづな感じがいいです。




山頂?は見晴らしがよく、スカイツリーが見えます。

この山を削って武蔵野線が開通したようです。

遺跡はかなりでたんじゃないでしょうか。


光明寺から福昌寺へ






ここはお勧めスポットです。

幸谷観音にあるこの赤いダルマが謎です。

駿馬や布袋さんの説明はあるけど

この達磨さんの説明がないのも謎です。

赤には魔よけの意味があるらしいけど

なぜこの神社にあるのか謎です。

ダルマ商店街と関連もあるのかな?

エリアは違うのに謎です。


推測ですが、ダルマノ赤・駿馬の白・黒十一面観音の黒
そして残るは『青』なんですけど。見つからず。
(目立つのは釣鐘で青銅とか。)
その中央に『黄』がありお宝があったりして。
(五角形=五忙星のサインかも?)



てな感じでまたもとの道に。

ぐるっと幸谷の高台を一周。

もともとこの辺には幸谷城があったと言われるが

場所の特定が難しいです。

新しい道路から遺跡は少し出てきたけど
決定的なものは出なかったようです。

昔の砦なら間違いなく高台に造るはずなんですけど
そんなに重要拠点ではなかったのかも。
でも神社やお寺の近くにはあったと思われます。

この高台エリアは新松戸駅の方まで続いています。
幸せの谷と書いて幸谷。
谷なんだからメインは下の方ではあります。


あと、今は無きスターランドもこの周辺にあったようです。
昔から住んでいる人はご存知でしょうが
スケート場と温水プールがあったそうです。
これを知っている人はかなり地元度が高いほうです。



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モヤモヤまつど~

2011-11-03 | 松戸
今回は近場をモヤモヤと。

松戸市内をポタリング。

一日でまわったわけでなく、

少ネタの総集編です。





まずは栄町の坂川沿の『香取神社・正真寺』です。

10月の8・9・10日の3連休にお祭りがありました。

あまり知られていない祭りなんですけど

境内に幟をたてて、獅子舞を祭るそうです。

松戸市では『3匹の獅子舞』が有名ですが

こういった稀少な祭りもまだまだあるようです。

今度はこういったローカル祭り巡りも面白いかも。

「ダルマ」とか「獅子舞」の関連はいかに?




松戸神社のお祭りが近づくと

家の前にこういった飾りやちょうちんを

ぶら下げるようです。

松戸の風物詩。

10月15・16日に『松戸神社神楽奉納』祭がありました。




写真の山崎さんつながりで

市民会館の前に「記念碑」がたちました。

世界の山崎を越え、宇宙の山崎です。

スケールがでかいです。




でかいといえば、お相撲さん。

松戸には2つの相撲部屋があります。

今場所は松飛台の佐渡ヶ嶽部屋の

『琴奨菊』関が大関に昇進いたしました。

おめでとうございます。

横綱になって松戸で優勝パレードをしてもらいたいです。




松戸の最近の動きは古民家を利用した街づくり。

『マッドシティ』のイメージを変えようと

若者のアーチストが中心となり頑張っています。

変わり者の町から変わった者の街へ。

アートな街になるんでしょうか。




『松戸アートラインプロジェクト』

前から陸橋には絵を描いていましたが

より芸術性の高い作品となるようです。

新松戸駅前の赤い鳥居みたいになるんでしょうか。

完成がたのしみです。




新松戸の方といえば、関さんの森の『横の道路』です。

最近は『遺跡』が出てきて盛り上がっています。

ここに戦国時代から江戸時代のかけて『幸谷城』があったとか。

馬の骨、人の骨、鉄砲の丸い玉などが出てきたようです。

個人的には『徳川の埋蔵金』が眠っていると思うんですけど。

なんか面白いものは出てこないかな?

遺跡が出てくると工事が止まって大変らしいけど

松戸の歴史を知る上では大事な地域だとも思います。




出たといえば、1972年に古ヶ崎水門付近で目撃された

といわれる『マツドドン』

松戸に住んでいても知らないという人がほとんど。

去年も水元公園で付近で発見されマツドドンの子孫かと

東スポで話題になったんですけど種類は違うそうで。

2mもあるっていうんだから珍獣かもしれないけど

大型ねずみ系説が有力のようです。アザラシとも。




個人的にはこういった『遊び心』が好きです。

ちょっとした発見いグッときます。

永ちゃんファンじゃない人にはなんとも思わないでしょうけど

永チャン好きにはたまりません。

去年の11月に森のホール21でコンサートをやったけど

チケットがなくて見れませんでした。


今回周った所も実際には生で見たことが無い所ばかりでした。

祭りは休日にしかやっていないし、昔の物は今は見れないし。

まっ、妄想しているのが楽しいってことでしょうか。


サンキューどうも~♪







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松戸南東部ポタリング

2011-02-26 | 松戸


やっとですが、20世紀梨誕生の地へ行ってきました。

ここは「房総の魅力500選」になってます。

松戸の誇る梨。松戸に誇るものはナシ。



松戸さんのおかげで松戸市になったのか?松戸に住んでいたから松戸さんなのか?なぞだ?

厳密に言うとここは「大橋」という村だった。最近は20世紀が丘と言う町名に。

近所に「イチゴ公園」っていうのがあったけど、ここは「ナシ公園」とは書いていない。

明治時代に生まれた人が「二十世紀」というネーミングを考えたのは素晴らしいと思う。


二十世紀公園の敷地内に梨のオブジェがありますが、原木はもうないようです。





ここの公園のすぐそばに消防署があるのですが

「松戸市消防歌」があるのが大発見でした。

いったいどんな時に歌うのか?

気になります。聴いたことありますか?




そこから大橋にある「胡録神社」へ行きました。

ここは「3匹の獅子舞」で有名な所です。

獅子3匹に猿が1匹。

なぜ獅子が3匹なのかが謎となっております。

境内の狛犬は4匹います。猿関係は見当たらず。

ご本尊が猿系かも??




見晴らしのよいこの神社には「お城」を思わせる場所がありました。

松戸市には戦国時代のお城が多いので有名なんですけど

この辺の大橋・和名ヶ谷・秋山・紙敷ではなぜか見つかっていないのです。

近くには国を分ける国分川が流れているのに。


余談ではありますが、神社には「鶴」の彫り物が。

ここで気づいた人は「犬」「鳥」「猿」とくれば、そう!

梨から生まれた「梨太郎」伝説。

松戸にある3箇所の三匹の獅子舞の謎との関係は・・・なし?




え~ここでブレイクタイム。

珍しい自販機をみつけたけど・・・珍しいものはナシ。

大橋だけに「大橋」はありました。




そして「妙見神社」へ。

松戸市で平将門関連が出てくるのは珍しいのです。

平安時代関連になるからです。平安時代からあるのにこの狭さ。

千葉一族もこの神社を信仰していて、この神社のそばにお城があるはずなんです。

この神社が先の胡録神社の「鬼門よけ」となっているなら、

胡録神社・本源寺が「城」としての機能はあったはずだと思います。

ただ「家紋」の違いと、妙見神社は「北斗七星」信仰なので北にあるはずなんですけど・・・







「国分川分水路」です。

この辺も昔はよく川が氾濫した歴史があるようです。

ここは和名ヶ谷で高台になってます。この辺もお城があってもよさそうです。

鬼門の方角には「日枝神社」が。この神社も3匹獅子舞伝説があります。

和名ヶ谷の名前の由来は不明でありますが、「罠の谷」だったら!

こういう妄想って楽しいです^^



この高台は今は畑になっていて、東京スカイツリーが見えました。

谷の町のはずが丘の町みたいです。でも低い方が多いのかな?

罠が矢だったりして。

「矢切」との関連は?



こんな感じで今回は収穫はありました。

この後は温泉でのんびりと。

松戸市に無いもの、それは「天然温泉」です。

源泉が出ていないのです!周りの市にはあるのに。

梨の町だけにナシか!

こんなオチで・・・何か問題は?







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