ファンウォークもしくはウォークニック、あるいはPウォーク
マラニック第二弾。隣町・垂井町は相川上を泳ぐ「鯉のぼり」を見に行きました。
看板に偽りあり!ということになってしまいますが実際は諸事情によりランではなくウォーキングとなりました。
名付けて「ファンウォークもしくはウォークニック、あるいはPウォーク(ピクニックのP)」。まあ名前はなんでもいいですか。
■真夏日
朝11時と予定を30分遅れて出発。連休最終日の子どもの日は全国的にいいお天気
で、ということはすなわち
「暑い!」1日になりました。
歩きだしは順調。以前ひまわり畑が出現したあたりの畑の脇に不思議な看板を発見。
道端の風景を歩きながら楽しむ余裕がまだありました。
目的地までは約10kmの道のり。暑いのは覚悟してたので、もちろん真夏のランニングの装い。
予想以上に気温は上昇した模様です。時間的に太陽は真上にあり日陰がなくて弱りました。
中間近く50分ほど歩いたところでミニストップを発見し休憩。「今日まで50円引き」の看板に思わずソフトクリームを注文しちゃいました。
■足裏にマメ
すでに足の裏に違和感がありました。道端に座って靴下を脱いで確かめたら、両足の中指の下1cmほどのところと薬指の中央にマメができてました。
特に足の裏は一帯がヒリヒリと痛み、歩くのに支障がありました。ここからさらにスピードを落としました。
去年買ったトレッキングシューズをまだおろしてなくて、ためし履きのいいチャンスだと思いつき履いてきたのでした。
薄い靴下--といってもいつもランニングにはいてる靴下なんですけど--にしたのが失敗だったのかもしれません。厚めの靴下をはく前提で購入したので靴のサイズがはワンサイズ大きい。
靴下には滑り止めが付いてるんですが、ちょうどマメができたあたりにも当たるんです。これも関係あるかもしれません。そしてこの暑さがいやがうえにも熱をこもらせたのはいうまでもありません。
相川べりに約2時間で到着。ここで初めて遠くに泳ぐ鯉のぼりの姿が目に入りました。すぐそばのタルイピアセンター(歴史民俗資料館・図書館などの複合施設)でトイレ休憩と足裏マッサージ。
川べりの路上に鯉のぼりの描かれた下水道マンホール蓋を発見。
■壮観
そしてとうとう目的の場所に。いったい何匹の鯉のぼりが泳いでいるのか数える気もうせるくらいの数でした。一帯は公園になっていてたくさんの見物客が訪れていました。
向こうには伊吹山が望めます。この日の風は伊吹山から吹き下ろす「伊吹おろし」とは逆向きでしたが強い風が川面を一方向に吹き抜けていて、川下に向かって気持ちよさそうに泳いでましたね。
長い歴史があるのか、けっこう古いものも多くて、破れたり色あせたりしてるものも目につきました。
鯉のぼりはもちろん子どもの日・男の子の節句にちなんだ飾り。風に吹き飛ばされないよう鯉の胴体にしっかりと手をまわした金太郎が描かれていました。
■祭りの後
鯉のぼりの壮観な景色を堪能したのち、赤い橋を渡って宿場町として栄えた垂井の旧市街へを抜けてJR垂井駅へ向かいました。
中山道の宿場町として栄えた垂井の家並を初めて歩きました。昔の面影を随所に残し風情にあふれていました。
5/1~4まで垂井曳軕まつりがおこなわれてたんですね。よく知らなかったのですが、垂井には軕が3つあるそうで、街を練り歩きながらその軕の上で子ども歌舞伎が繰り広げられるそうです。偶然ですがそのうち2つを観ることができました。
といっても祭りから一夜明けて地元の若者たちがまた1年後の出番まで大切に補完するための片づけの最中でしたが。
鳳凰山(ほうおうざん)とよばれる軕の片づけをしていた若者に少し話を聞くことができました。
彼らはみな地元で生まれ育った人たちだそうで、この祭りや軕にたいへんな誇りを持っていることがうかがえました。
今週末5月8・9日の大垣祭りでは11の軕が練り歩きますが、「大垣とは迫力が全然違います」と自信たっぷりに話す様子は実に頼もしい気がしました。今はどこの祭りも担ぎ手がいなくてアルバイトの学生に頼っているなんて話を聞きますが、垂井には無縁な話のようです。
暑くて足も痛いウォーキングではありましたが駅まで計11kmほどを歩いて終了しました。電車に乗れば1駅・190円也。晩のビール
それはおいしかったのは言うまでもありません。
垂井は羽柴秀吉の重臣として有名な竹中半兵衛ゆかりの地でもありますし、伊吹山の麓にあって古事記の時代以来の歴史的な土地でもあります。今度また改めて歴史と自然を巡るファンランなども計画してみたい気になりました。
<完>