注目の問題作 「 希望の国 」 が、昨秋に公開された時、
主演俳優の夏八木勲さんは、撮影当時の “ふくよかさ” はなく、
そのお顔は・・・頬がこけるぐらい 痩せていた。
相変わらずのダンディーさで、またインタビューにも、
聡明に言葉を選びながら対応する姿は、昔ながらの 「 役者 」 !
しかし、明らかに痩せてしまった姿に、根拠なき不安を感じたものだ。
俳優 ― 夏八木勲さんは・・・
本当の意味での 「役者道」 を究めようと、努めていた人だと思う。
そして、常に熱いものを、腹の底に持ち続けていたのではないだろうか。
千田是也氏創設の俳優座の養成所に、慶応大学を中退して入所し、
「花の15期生」 のメンバーとして知られていた。
このところ、原田芳雄さん、地井武男さんなど・・・ 同じ時代を生き、
同じような目線と姿勢で活動してきた同期俳優を、次々と失っていた。
私は、少し前のフランス映画社配給の映画が大好きで、昼夜問わず、
よく映画館に出向いていたのだが・・・
そのこじんまりとした映画館で、一番会ったのが、夏八木さんだった。
その頃は指定座席制ではないので、早めに好きな席を選択するのだが、
ガラガラの劇場内で、一番後ろの真ん中の席を選ぶのが夏八木さん。
画面を全部みられる場所で、前に座っている人々の反応も感じられる席。
私は、「 俳優は、バカではできない 」 と、常に感じているが・・・
その言葉を立証してくれるのが、夏八木勲さんのような俳優だと思う。
役者一徹の“ こだわり ” と、自分の尺度による“ 理念 ” を持ち続け、
本の中のキャラクターと出会う。
そして、演じる・・・。
適切な解釈と 表現は、「確固たる人生を背景にもった俳優」 ならではの
演技力だったと思う。
余談になるが・・・
原発事故を描いた 「希望の国」 に出てくる夫婦の会話の台詞は、
私が母と最後に交わした会話と、とてもよく似ている。
・・・「そろそろ、帰ろうか 」
闘病を続けていた 私の母の言葉は、映画の台詞よりも 具体的で、
「そろそろ、生まれた場所に 帰ろうかなぁ 」 だったけれど・・・
本質的には、そんなに大きな差異のない世界観を表わしていると思う。
“ 平穏で、安眠できる、幸福な頃を彷彿させてくれる場所 ” のことでは
なかったのだろうか・・・と、私なりには感じている。
人間の叡智の象徴だったはずの原子力が、その後の人生に大きな影を
落してしまう結果となった 「 福島原発 事故 」 。
2011年春、29歳になる会社の部下が、酪農を営む実家を心配して、
何度も行ったり来たりを繰り返していたことを思い出す。
その後、震災から、一年以上たってからの被災者の現場の声を聞き、
私は胸が締め付けられるような“痛み”を感じたものである。
そういう一つ一つの事実と、真摯に向き合って演技に重ねていく姿勢は、
今の若い俳優たちにも、引き継いでほしいものだ。
演技力の基礎のない若手俳優を観ると、本当に 「映画鑑賞の楽しみ」 が
半減してしまうのだ。
結局は、作品が、うすっぺらに 感じてしまうからだ。
名演技に裏付けられた 「名脇役」 として大活躍だった夏八木勲さんは、
男としてもセクシーで、自己顕示欲の塊などではない “ 聡明さ ” で、
素晴らしい 「俳優道」 を 極め続けていた と 感じる。
ご冥福を心よりお祈りいたします。
<11日逝去>