―関税ゼロでも日本のコメ農業は崩壊しない―
TPPの細目協議が始まったが、農業分野の取り扱いがどうなるかが注目されている。懸念のひとつは、外国産のコメは日本産に比べて圧倒的にコスト安であること。だが、それは真実なのか。そして、TPP参加国にはコメを日本向けに輸出する余力はあるのか。この問題をメディアが報じていない角度から検討してみたい。使用する資料は米国農務省が発表しているWorld Markets and Trade およびRice Yearbook、そして私の独自調査である。
(1)日米のコメの価格差
最近(2013年6月)、ロサンゼルス郊外ガーデナ市の日系スーパー「マルカイ・マーケット」でコメの小売価格を調べたところ、下の表の「小売価格15ポンド入り」のごとくであった。これをキロ当たりにして、1ドル百円で換算したものが「円換算キロ当たり」で、それを5倍したものが「円換算5キロ当たり」である(日本では5キロの袋に入っているものが大部分であるため)。これに海上運賃その他の経費を大雑把に10%として加えたものが「運賃等1.1倍」である。
米国の日系市場で消費されるのはジャポニカ米で、短粒種(Short Grain) と中粒種(Medium Grain) があり、中粒種にはカルローズ米 (Calrose Rice) と、その改良型の特選米(Premium Rice)がある。このほかにインディカ米である長粒種 (Long Grain) もあるが、日系スーパーでは販売されていない(中華街のスーパーでは販売されている)。
◆超特選米(Super-premium rice): 短粒種で、日本で生産されているコメと同じ品種。ほとんどが日本向けに輸出される。価格が高い割には食味が特選米とさして変わらないので、米国での需要は限定的。代表的銘柄は田牧ゴールド、玉錦、秋田こまち、こしひかりなど。
◆特選米(Premium rice): 中粒種で、日系市場でもっとも人気がある品種。半世紀ほど前に、日系の篤農家が日本人の好みに合うように、次に述べるカルローズ米を品種改良した。日本人(日系人を含む)家庭および日本食レストランで使用され、欧米の寿司ブームを担っているのはこれである。私自身も在米生活30年間にわたり、このコメを食べていた。代表的銘柄は、国宝、錦、田牧、ニューローズなど。
◆カルローズ米 (Calrose rice):中粒種だが、炊いてから時間が経つと粘り気がなくなる欠点があるので、寿司店など一般日本食レストランでは使用されず、一部の日系人を含むアジア系の低価格志向の消費者が顧客である㊟。代表的銘柄はぼたん、みやこ、白菊など。
上の表に示される価格を日本の国産米小売価格と較べてみよう。国産には、「魚沼産こしひかり」の3,400円(5キロ)前後を頂点として、宮城県産・山形県産・福島県産などの「ひとめぼれ」の2,000円程度までいろいろである(ネットでは1,900円前後も見受けるが、それは例外としておく)。
上の表により、米国産の超特選米は国産の低価格品とほぼ同じ価格水準にあることがわかる。ちなみに、2013年前半に消費された2012年秋の作柄は平年並みで、その相場は特に高いとか安いということはなく、ごく標準的水準だった。したがって、国産米の品質に匹敵する超特選米は、たとえ関税がゼロであっても、日本が買うメリットはない。もちろん、為替レートが大幅に円高に振れれば話は別だが、それは別の次元の問題である。
そこで次のような疑問が生じる。「たとえ関税がゼロであっても、日本が買うメリットはない」にもかかわらず、なぜこのコメが輸入されているのか。その答えは、超特選米は日本が義務的に輸入しているミニマムアクセス米(MA米)に組み込まれているからである。メディアでは報道されないが、業務用に消費されていると推測する。TPPに参加したらMA制度はどうなるか。もし廃止されれば、米国の短粒種生産者は困った立場に追い込まれるだろう。
話を本筋に戻す。日本側の関心事は、コストが国産より格段に安い特選米とカルローズ米の市場性であろう。
炊いた特選米(中粒種)を超特選米(短粒種)と並べて較べれば形が多少異なることがわかるが、予備知識がなければその差は認識され難い。食味も食べ較べれば、差がわかる程度。したがって、用途によっては(例えば、和食ファーストフード店)、かなりの需要が見込める。家庭用も低価格志向の消費者に一定の需要があるだろう。中粒種はすでにMA米で若干輸入されており、業務用で消費されていると思われる。したがって、市場性があることは確認済である。
カルローズ米はさらに食味が劣るが、業務用ならば特選米とブレンドするなど、工夫すれば使える可能性があるし、加工用にはかなりの需要が見込まれる。
ここで日系スーパーでは売られていないインディカ米(長粒種)について述べておきたい。長粒種はパラパラしていて粘り気がないために、ピラフ・リゾット(イタリー料理)・パエヤ(スペイン料理)には適している。日本でも最近これらの料理の知名度が上がっているので、一定の需要があるだろう。
一方、日常カレー料理を食べるインド・パキスタンなどではこのコメを食べるが、日本のカレーライスには国産の短粒米が長年使用されてきたから、長粒種の輸入が自由化されても、カレーライスに使われる可能性は薄い。
また、長粒種はコストが低いので、米菓などの加工用にかなりの需要があるだろう。実際にすでにMA米として輸入されており、加工用に使われていると推測する。
㊟地域にもよるが、日系スーパーの買い物客の2~3割は、中国系・韓国系・ベトナム系などのアジア人である。日系スーパーで買い物することは、かれらにとってステータスなのである。