頑固爺の言いたい放題

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米国コメ事情(1)

2013-08-28 14:53:45 | メモ帳

 ―関税ゼロでも日本のコメ農業は崩壊しない―

 TPPの細目協議が始まったが、農業分野の取り扱いがどうなるかが注目されている。懸念のひとつは、外国産のコメは日本産に比べて圧倒的にコスト安であること。だが、それは真実なのか。そして、TPP参加国にはコメを日本向けに輸出する余力はあるのか。この問題をメディアが報じていない角度から検討してみたい。使用する資料は米国農務省が発表しているWorld Markets and Trade およびRice Yearbook、そして私の独自調査である。

 (1)日米のコメの価格差

 最近(2013年6月)、ロサンゼルス郊外ガーデナ市の日系スーパー「マルカイ・マーケット」でコメの小売価格を調べたところ、下の表の「小売価格15ポンド入り」のごとくであった。これをキロ当たりにして、1ドル百円で換算したものが「円換算キロ当たり」で、それを5倍したものが「円換算5キロ当たり」である(日本では5キロの袋に入っているものが大部分であるため)。これに海上運賃その他の経費を大雑把に10%として加えたものが「運賃等1.1倍」である。

  

米国の日系市場で消費されるのはジャポニカ米で、短粒種(Short Grain) と中粒種(Medium Grain) があり、中粒種にはカルローズ米 (Calrose Rice) と、その改良型の特選米(Premium Rice)がある。このほかにインディカ米である長粒種 (Long Grain) もあるが、日系スーパーでは販売されていない(中華街のスーパーでは販売されている)。

 ◆超特選米(Super-premium rice): 短粒種で、日本で生産されているコメと同じ品種。ほとんどが日本向けに輸出される。価格が高い割には食味が特選米とさして変わらないので、米国での需要は限定的。代表的銘柄は田牧ゴールド、玉錦、秋田こまち、こしひかりなど。

 ◆特選米(Premium rice): 中粒種で、日系市場でもっとも人気がある品種。半世紀ほど前に、日系の篤農家が日本人の好みに合うように、次に述べるカルローズ米を品種改良した。日本人(日系人を含む)家庭および日本食レストランで使用され、欧米の寿司ブームを担っているのはこれである。私自身も在米生活30年間にわたり、このコメを食べていた。代表的銘柄は、国宝、錦、田牧、ニューローズなど。

 ◆カルローズ米 (Calrose rice):中粒種だが、炊いてから時間が経つと粘り気がなくなる欠点があるので、寿司店など一般日本食レストランでは使用されず、一部の日系人を含むアジア系の低価格志向の消費者が顧客である。代表的銘柄はぼたん、みやこ、白菊など。

 上の表に示される価格を日本の国産米小売価格と較べてみよう。国産には、「魚沼産こしひかり」の3,400円(5キロ)前後を頂点として、宮城県産・山形県産・福島県産などの「ひとめぼれ」の2,000円程度までいろいろである(ネットでは1,900円前後も見受けるが、それは例外としておく)。

 上の表により、米国産の超特選米は国産の低価格品とほぼ同じ価格水準にあることがわかる。ちなみに、2013年前半に消費された2012年秋の作柄は平年並みで、その相場は特に高いとか安いということはなく、ごく標準的水準だった。したがって、国産米の品質に匹敵する超特選米は、たとえ関税がゼロであっても、日本が買うメリットはない。もちろん、為替レートが大幅に円高に振れれば話は別だが、それは別の次元の問題である。

 そこで次のような疑問が生じる。「たとえ関税がゼロであっても、日本が買うメリットはない」にもかかわらず、なぜこのコメが輸入されているのか。その答えは、超特選米は日本が義務的に輸入しているミニマムアクセス米(MA米)に組み込まれているからである。メディアでは報道されないが、業務用に消費されていると推測する。TPPに参加したらMA制度はどうなるか。もし廃止されれば、米国の短粒種生産者は困った立場に追い込まれるだろう。

 

話を本筋に戻す。日本側の関心事は、コストが国産より格段に安い特選米とカルローズ米の市場性であろう。

炊いた特選米(中粒種)を超特選米(短粒種)と並べて較べれば形が多少異なることがわかるが、予備知識がなければその差は認識され難い。食味も食べ較べれば、差がわかる程度。したがって、用途によっては(例えば、和食ファーストフード店)、かなりの需要が見込める。家庭用も低価格志向の消費者に一定の需要があるだろう。中粒種はすでにMA米で若干輸入されており、業務用で消費されていると思われる。したがって、市場性があることは確認済である。

カルローズ米はさらに食味が劣るが、業務用ならば特選米とブレンドするなど、工夫すれば使える可能性があるし、加工用にはかなりの需要が見込まれる。

 ここで日系スーパーでは売られていないインディカ米(長粒種)について述べておきたい。長粒種はパラパラしていて粘り気がないために、ピラフ・リゾット(イタリー料理)・パエヤ(スペイン料理)には適している。日本でも最近これらの料理の知名度が上がっているので、一定の需要があるだろう。

一方、日常カレー料理を食べるインド・パキスタンなどではこのコメを食べるが、日本のカレーライスには国産の短粒米が長年使用されてきたから、長粒種の輸入が自由化されても、カレーライスに使われる可能性は薄い。

また、長粒種はコストが低いので、米菓などの加工用にかなりの需要があるだろう。実際にすでにMA米として輸入されており、加工用に使われていると推測する。

 ㊟地域にもよるが、日系スーパーの買い物客の2~3割は、中国系・韓国系・ベトナム系などのアジア人である。日系スーパーで買い物することは、かれらにとってステータスなのである。

 


米国コメ事情(2)

2013-08-28 14:48:38 | メモ帳

(2)世界のコメ流通

本論に入る前に、世界のコメの流通の全体像を把握しておこう。米国の農務省が発表したWorld Markets & Trade によれば、世界のコメ生産量は4億5千6百万トン前後で、国別では第一位が中国の1億3千8百万トン(2011/12年*)で全体の30%、以下インドの21%、インドネシアの8%、バングラデシュの7%と続く。日本は768万トンで全体の1.7%、米国は600万トンで1.3%にすぎない。 ( *注 コメ年度は8月に始まり、7月に終わる)

 2012年におけるコメの輸出国は第1表の通り㊟1。上位5ヶ国の顔ぶれは毎年同じで、第6位のブラジル(1,105千トン)以下に大差をつけている。輸出量の8割強が上位5ヵ国で占められていることは注目に値する。躍進が著しいのはインドで、2011年の460万トンから2012年に1千万トン強へと倍増している。

 

上位5ヶ国でジャポニカ米を生産してるのは米国のみ。TPP参加国では豪州がジャポニカ米の短粒種を生産しており、日本にも前出のMA制度のもとで少量輸出している。TPP参加国以外では中国が短粒種を生産し、日本にもMA制度のもとで輸出している。

 日本が関税ゼロで輸入するとなれば、ある程度需要が見込まれるインディカ米(長粒種)については、もちろん米国はその候補ではあるが、第1表からみてベトナムも有力候補である。インド、タイ、パキスタンはTPPに参加していない。

 輸入国(第2表)の上位5ヶ国はこの数年大きく変化した。ナイジェリアは2000年における125万トンから年々増加し、2012年には2.7倍の340万トンになった。中国の変動も激しい。2010年に36万トン、2011年に57万トンだったものが、突然2012年に一挙に260万トンになった。一方、中国の輸出量を見ると、2000年に約300万トン近くを輸出したが、その後年々減少し2012年には僅か27万トンにまで落ち込んだ。中国は輸出国から輸入国へと変貌したのである。

 全体として、世界のコメの流通量は漸増傾向にある。2000年における22,787千トンから2012年に39,060千トンへと71%増だ。その背景には新興国の人口増加と所得水準の向上がある。同じ期間に米国の輸出量は2,847千トンから3,326千トンに増加したが、その増加率は17%である。世界のコメ市場において、米国の地盤は沈下している。

 さて、日本が米国からコメを大量に買うとなれば、どんな国と競合することになるか知っておく必要がある。Rice Yearbook から2011-12年度における米国のコメの輸出先を円グラフに示す。

 

 仕向け国は当年度に新たに加わった韓国を除き、順位は多少入れ替わるもののほとんどが長年にわたる固定客である。なお、このグラフでは「その他」に入っているイラク、ホンジュラス、ニカラグア、ガテマラなども常連国である。どちらかというと近隣国が多いが、これは運賃の優位性によるものだろう。

 では日本の輸出入はどうなっているのか。日本の輸入量は毎年65-75万トンで安定しているが、これはMA制度の入札によるもの。米国産(短粒種、中粒種)が半分以上を占めるが、残りはタイ・ベトナム産(長粒種)や前述のように中国産(短粒種)や豪州産(短粒種)もある。この内では、豪州がTPP参加国であり輸入自由化となれば、対日輸出に本格的に取り組むことも考えられ、要注意である。

 輸出は2003年以降、毎年キッカリ20万トンとなっており、これは新興国向け援助物資である。この中には輸入品も含まれている可能性がある。香港向けなど商業ベースでの輸出は微々たるもので、千トン単位の統計では四捨五入され数字として表れない。

 ㊟1 この表にある数字はRice Yearbook Table 23の2012年である。

㊟2 日本の輸出量は、2002年以前は一定せず、年間43,000トンの年もあったが、50万トンの年もあった。これも新興国援助だった可能性が高い。                                          


米国コメ事情(3)

2013-08-28 14:33:14 | メモ帳

(3) 米国のコメの種類別内訳

過去5年間における米国のコメ生産量は下記のようである(出所:World Markets and Trade)。

 2007/8                          6,288 千トン

2008/9                          6,546

2009/10                        7,133

2010/11                        7,554

2011/12                        6,001                              

平均                             6,704   千トン

 一方、Rice Yearbook (Table 6) によると、種類別内訳の過去5年の平均はインディカ米(長粒種)が71.3%、ジャポニカ米の中粒種が27.1%、ジャポニカ米の短粒種が1.6%であった。この二つを組み合わせて、過去5年間の種類別内訳は次のようになる。

 インディカ米―長粒種: 4,780 千トン (71.3%)

ジャポニカ米―中粒種: 1,817 千トン (27.1%)

          短粒種:   107 千トン  (1.6%)   合計6,704千トン

 中粒種には前述のように、カルローズ米とそれを日本人の好みに合うように品種改良した特選米があるが、その内訳を示す統計資料は存在しない。私は以前業界に関与していた頃、特選米は中粒米の2割から3割と聞いていたので、36万トン乃至55万トンと推定する。

 これを別の角度から検証してみる。特選米はカルローズ米よりも価格が高いので、そのほとんどが日系市場で消費される。その日系市場はジャパニーズ(日系人および在留邦人)の家庭用、日本食レストラン業界向けの業務用、および輸出(おもに欧州・中南米の日本食レストラン業界向け)から成り立っている。

 米国におけるジャパニーズの人口は現在約80万人程度だから、日本における人口と消費量の比率から考えて家庭用は5万トン程度だろう。そして、日本食レストラン業界(客はほとんどが非ジャパニーズである)の規模はその5倍として25万トン。これに輸出が10万トンとして合計40万トン。この数字は上述の推定36万トン~55万トンの中に収まるので、本稿では中粒米の1,817千トンのうちの400千トンを特選米とし、残りの1,417千トンをカルローズ米と仮定して論を進める。

 もう一度、全生産量を種類別に整理すると次のようになる。

インディカ米―長粒種:     4,780 千トン (71%)

ジャポニカ米―カルローズ米: 1,417千トン (21%)

          特選米:      400千トン (6%)

         超特選米:     107千トン (2%)

 全体像を次の円グラフで把握していただきたい。

 

では、関税ゼロで自由化された場合、日本が輸入できるのはどのくらいか。

生産者は売れる見込みがある数量しか作らないから、予想外の豊作でもないかぎり、生産物が余ることはない。7月(コメ年度の最終月)末の繰り越し在庫を調べてみると、少ない年で年間消費量(国内および輸出)の1.5ヵ月分、多い年で2.3ヵ月分で推移している。新米が実際に市場に出回るのは8月だから、7月末には最低1ヵ月の在庫が必要であり、繰り越し在庫が1.5ヵ月とは非常に低い水準である。要するに、需要と供給はほぼ均衡しており、注文生産に近い状況と考えていい。

 特選米の主たるユーザーは日本食業界だが、コメは日系食品問屋(JFC、共同貿易、西本貿易など)の主力商品であり、かれらはコメの生産者に強い発言力があるから、生産者が日本食業界への供給を削減することはできない。一方、日本の輸入業者は高値で集荷しようとするから、そこで相場の高騰が発生し、生産者は翌年の生産量を増やすだろう。問題はどれだけ増産できるかである。

 一方、カルローズ米の主たる用途はビールの副原料、日本酒の主原料、および一部の家庭用と業務用で、この業界も供給削減には応じられないが、生産量が特選米よりも格段に多いから、日本の輸入業者は一定の数量は集荷できるだろう。しかし、このコメの日本における市場性は未知数である。

 ㊟ 米国では月桂冠、大関、宝酒造など5社の清酒現地生産が行われており、国内販売だけでなく、欧州・中南米などに輸出されている。原料はもちろん米国産のコメである。 

 

 


米国コメ事情(4)

2013-08-28 14:21:39 | メモ帳

4)コメ増産の可能性

増産手段には、品種の転換、休耕地の利用、および新たな農地の造成がある。新たな農地の造成については次の章で論じるとして、ここでは品種の転換と休耕地の活用について論じる。

 品種の転換には、長粒種から特選米への転換とカルローズ米から特選米への転換が考えられる。

 (イ)  長粒種から特選米への転換

この問題を考察するには、それぞれのコメの産地を知っておく必要がある。米国における過去10年間の種類別生産量の推移を下のグラフに示す。この生産量は精米以前のものであり、これまで引用してきた精米後の数量とは違うが、傾向は把握できる。

 

グラフでわかるように、長粒種と中・短粒種の生産量の傾向は異なっている。その理由は生産地が異なることにある。

 長粒種の生産地は下記のような構成になっている。

アーカンソー州              60%

ルイジアナ州                 17%

ミズーリ州                     8%

その他の州                  15%   

 一方、中・短粒種が生産される州は次のようである。

カリフォルニア州            80%

アーカンソー州              16%

その他の州                   4%

 すなわち、長粒種はほとんどが中南部の州で生産され、中・短粒種は大部分がカリフォルニア州で生産される。そして、その生産地域はサンフランシスコの北にある州都サクラメント市の周辺に限られる。カリフォルニア州では長粒種も生産されるが、その数量はごく僅かで長粒種の全米生産量の0.3%にすぎない。

 こうした状況を踏まえて、インディカ米(長粒種)を作っている生産者が特選米(中粒種)に転向する可能性について考えてみる。

中粒種は長粒種より価格が2割から4割高いにもかかわらず、中南部の生産者がこれまでずっと長粒種を作り続けてきた理由は、長粒種は売値が安いが、生産コストも安く、利益率から見れば中粒種と違いはないからだ。加えて気候・土質の問題もある。おまけに、新興国の需要が増えており、販売に苦労はない。したがって、中南部の生産者があえて慣れない品種に挑戦する必要はないのである。

 (ロ)  カルローズ米から特選米への転換

「(1)日米のコメの価格差」で見たように、米国における小売り値で特選米は$12.98(15ポンド)であるのに対し、カルローズ米は$11.98だから8%ほど高い。しかし、この転換の誘因は価格差ではなく、日本のニーズに合わせることである。技術的な障害はあろうが、ここではそれを無視して考える。

問題は品種転換による増産可能量だが、品種転換による増産と休耕地の活用による増産が同時に起きる可能性があるので、増産可能量として総合的に検討する。

 史上最多となった年の生産量と直近の生産量の差を「増産可能量」としてみる。史上最多の2010/2011年度における全生産量は7,554,000トン(「(3)米国のコメの種類別内訳」参照)で、直近の2011/2012年度における全生産量6,001,000トンだから、その差は1,553,000トン。

この「増産可能量」がこれまで見てきたのと同じ種類別比率で生産されるとすれば、中粒種は特選米が6%として93,180トン、カルローズ米が21%として326,130トン、合計419,310トン。

 つまり、カルローズ米から特選米への転換がまったくない場合、特選米の「増産可能量」は円い数字で93千トン、カルローズ米の「増産可能量」は326千トン。カルローズ米の生産者が増産分を全部特選米に切り替えた場合は,特選米の「増産可能量」はその合計の419千トンになる。

 日本のユーザーの中には、「品質はこのままでいい。値段が安い方が有難い」とカルローズ米を選択する人もいるだろう。その場合でもトータルの419千トンは変わりない。

 ㊟ Rice Yearbook の種類別生産量は100 cwtすなわち100ポンドで示されているので、これをトンに換算して、棒グラフにまとめた。なお、短粒種の数量はあまりにも少ないので中粒種に加えた。


米国コメ事情(5)

2013-08-28 14:03:34 | メモ帳

 (5)米国生産者の対日戦略

米国の生産者が日本向けを念頭に、すぐさま新たに農地を造成して大増産することはないと予想する。その理由はリスクが大きすぎること。

①    関税ゼロになれば、米国産に対抗して日本の相場は下落する。なぜなら、作ったコメは消費されなくてはならないから。そして、その損失はだれかがなんらかの形で負担することになる。そうなると米国産は行き場を失う。

②    日本はこれまで生産の効率化を怠ってきたが、効率化を行う余地は十分ある。米国側は日本の動向を見定めてから、農地造成を含む総合的戦略を組み立てても遅くはない。

③    そもそも、需要が年々減少しているマーケットに対して、生産体制を増強するのは愚策である。

 米国生産者の戦略として、当面は生産量をあまり増やさずに品薄状況をつくって相場を上げることを優先するだろう。すなわち、日本に売ることは売るが、当初は少量にとどめ、従来からの顧客にも日本と同値で買うよう迫る。実際に2011年には現在よりも相場は3割ぐらい高かった。特選米の錦ブランド(15ポンド入り)の小売値は現在$12.98(「(1)日米のコメの価格差」参照)だが、2011年前半には$16.99だった。つまり、今よりも30%高い価格が市場に受け入れられていた。一方、特選米の主要顧客である日本食レストラン業界では、提供する料理の値段は日本並みで、コメのコストは日本の半分以下だから高値を受け入れる余力は十分ある。日本食レストランが世界中で増えるのは、人気もさることながら食材の原価が安く、儲かるからである。

 特選米は日本の小売値ベース(5キロ当たり)にして現在1,050円。日本の相場はその約2倍だから価格差は約1,000円。米国産特選米の品質は日本のコメにやや劣るので、仮にそのハンディキャップを200円として、日本の需要家(丼専門店など)と米国の生産者が残りの800円を分け合う形になれば、米国の生産者の取り分は400円。現在よりも売値が4割アップとなるが、これを日本食業界にも受け入れさせる。上に述べたように、過去に3割アップの実績があるので、4割アップは射程距離内だ。たとえ値上げ幅が4割以下であっても生産者としては万々歳である。さらに、特選米の相場が上がれば、その下のグレードであるカルローズ米の相場も引きずられて上がるはずだ。

 要は日本の需要増を梃子にして、ジャポニカ米全体の価格上昇を図ることがキモである。TPPは米国側にとって笑いが止まらぬ状況をもたらすが、その条件は日本の生産者が高値を維持すること。日本の生産者がパニックになって価格を下げたら米国側は困るのだ。

 米国生産者のとるべき戦略をまとめれば次のようになる。

(イ)      当面の増産は(4)で述べた特選米の増産分である93千トン。

(ロ)      一方、カルローズ米から特選米への転換を徐々に進める。この部分の数量は(4)で述べたように最大で326千トン。

(ハ)      最終的には中粒種はざっと419千トンが日本向けに輸出されることになる。ただし、高値を維持しつつ、何年もかけてじっくり増やす。すなわち、ボリューム重視よりも、利益重視。

(ニ)      基本戦略は日本のコメ生産者と共存共栄を図ることであり、それが米国側の利益を最大にする方策でもある。

(ホ)      最後が新しい農地の造成だが、前述のように大きなリスクがあり、実行すべきかいなか疑問がある。

 その結果、日本のコメ輸入量は年間どのくらいになるか。豪州産の短粒種の供給力は未知数だが、これまでのMA米の実績からして10万トンを超えることはないだろう。長粒種は米国またはベトナムからどのくらい輸入されるかわからないが、多く見積もって20万トン。これらを米国産中粒種の約42万トンと合わせて72万トン。すなわち、70~80万トンが関税ゼロで自由化した場合に増加するマキシマムである。

 一方、すでにMA制度によって輸入されている数量が年間60~70万トンあるが、これはすでに日本のコメ流通に組み込まれているので、新興国援助のマイナス20万トンも含め、ここではカウントしない。また、米国産短粒種約10万トンについても、すでにMA米に組み込まれているものとしてカウントしない。

 関税ゼロで自由化される場合の増加量がマキシマムで70~80万トンという結論になったが、この数量は現在の日本の需要量780万トンの10%。これが日本のコメ農業にとって打撃ではないとは言わぬが、崩壊させるような数字ではあるまい。

 だからといって、日本がなにもしなくていいということではない。TPPがあろうがなかろうが、今のままではコメ農業は早かれ晩かれ立ち行かなくなることは必至である。日本政府は既得権者の抵抗を押し切って、早急に農地の集約化などによる生産効率化を進めるべきである。

                                                                                                                                                                                                                                                         完

㊟ 2010年に相場が高かったため2011年に生産者は増産したが、その増産が行き過ぎて値崩れし、2012年の減産につながった。