理不尽な茶番劇
マンション管理組合の共通する悩みは、役員のなり手がいないこと。ややこしい仕事でありながら無報酬であることが最大の理由である。管理会社に任せておけば済むことだという考えもあり、だれかにやってほしいと考えるのは人情だ。
私が住むマンションも同様で、その悩みを解決するために輪番制が提案されていた。しかし、たまたま当マンションは築後20年を経過し、第2回の大規模修繕の時期を迎えていることに加えて、機械式駐車場とエレベーターが老朽化していることもあり、次期の理事はビジネス感覚がある人物でないと務まらないという事情がある。輪番制で能力を超える仕事を押しつけられる組合員は困るだろうし、中途半端な仕事をされては組合が迷惑する。また、多忙な現役の人よりも時間的余裕がある引退者の方が望ましい。先々はともかく、今年6月に始まる2年の任期に関するかぎり輪番制は不適切と判断し、私は自分が理事に立候補しようと考えた。
当マンションの理事の定員は3名だから、志を同じくする人があと2名必要。私は入居後まだ日が浅いからマンション内に知己がいないが、たまたまM氏とK氏が同じことを考えていることを知った。ところが、管理規約によれば、理事の資格要件は≪区分所有者≫となっており、M氏の場合はご子息が名義人で、私の場合は家内が名義人である。
そこで、3人の連名で理事の資格要件を緩和し、配偶者と親子の関係は認めるよう理事長に文書で提案した。他の組合の規約を調べても、配偶者と親子を理事に認めているケースはいくらでもあり、決して異例のことではない。M氏と私だけではなく、同じ状況にある居住者がいる可能性もあるが、やる気があるならその人が理事になる結果になっても構わない。そして、今年6月からの任期を務める理事選任に当たっては、輪番制でなく応募制を採用することも3人の連名で提案した(1月)。
これらの提案に対し理事長からなんの連絡もないまま、3月になって理事長から組合員宛てに次期理事の立候補者を募る案内が来た。われわれの提案の一つは受け入れられたことになる。そこで、資格要件を満たすK氏と私の家内が立候補した。立候補者がこの2名だけでは1名不足するが、6月の通常総会までにさらに立候補者が現れるかも知れないし、どうしても不足するならその1名は輪番制によって選任されても構わない。
という状況で6月の通常総会の日を迎えた。総会の案内に添付された資料には、K氏と私の家内が次期理事として立候補していることが≪第8号議案 役員選任の件≫として記されている。私は家内の委任状により出席し、家内には理事選任の議事が始まる時刻に会場の近辺で待機するよう頼んだ。立候補するからには出席者に挨拶ぐらいすべきだと考えたからである。議事が次期理事を選任する議案になった時、私は家内を会場に呼び入れた。ところが、出席者の一人(A女史としておく)が立候補しているK氏と家内を否認すると発言し、それが出席者では11対2の圧倒的多数の賛同を得て、第8号議案は否決された。なおM氏は所用で欠席しK氏に委任、ほかに私に委任する委任状が一通あったが、欠席者の委任状はこの2件以外は白紙だから結果は変わりない。
理事に立候補した人をなんの根拠も示さず否認するとは、多数決による暴力である。事態が呑み込めないまま大勢順応で賛成したと思われる人がいたが、それは多くても3人。明らかに事前に仕組まれていた茶番である。私の家内はともかく、K氏は従業員数百人の中堅企業のオーナー社長を長らく務めて引退した方で、識見といいビジネス経験といい、申し分ない。さらに、ほかのマンションにも区分を所有しその管理組合の理事長を務めたことがあり、マンション運営の経験も豊か。そして、M氏と私とともに当マンションの運営改善案を語りあい、そして連名で何件かの提案を文書で理事長宛てに提出するなど、意欲は十分だった。健康上も問題ない。すなわち、K氏は組合理事としてこれ以上ない適任者だった。
こういう人物を否認するとは暴挙としか言いようがない。I氏は留任をほのめかしたが、理事として留任を望むだけであれば3人目の立候補者として名乗りを上げればいいことだ。しかし、理事長は理事の互選で選出されるから、どうしても理事長として留任したいために、常軌を逸した茶番劇を仕組んだと推測できる。この茶番劇に加担した人たちは、自分で後ろめたく感じないのだろうか。
K氏は「もうこの組合にはかかわりたくない」と憤慨しており、K氏の心中は察するに余りある。私も家内にピエロのような役割を課す結果になり、申し訳ないことをしたと悔いている。
この理不尽な出来事に関して友人の弁護士に相談したところ、「このケースは明らかに人格権の侵害であり、K氏と奥さんはA女史とその意見に賛成した人たちを相手に名誉棄損で訴えることができる。弁護士費用はかかるが、それをはるかに上回る慰謝料が期待できるから、十分引き合う」と言う。弁護士費用は私が負担してもいいが、法的措置を講じると事態はさらに悪化するだけであり、組合の円満な運営という究極の目標とは相容れない。とりあえずは今後の推移を見守ることにした。今にして思えば、理事の資格要件を緩和する提案が無視されたのは、邪魔な人間が理事になっては困るからだったに違いない。
ではI理事長はなぜこんな陰険かつ姑息な手段を取ってまで理事長を続けたいのかと思いをめぐらすと、大規模修繕に行き着く。10年前の最初の大規模修繕を受注したのは、管理会社の大成有楽不動産(株)とI理事長が要職にある静岡県三島の某建設会社だった。I氏は以前にも理事長を務めたことがあり、今回の理事長になる前も理事会の顧問だった。端的に言って、当組合の中心的存在である。
当マンションの大規模修繕は5千万円ほどの工事であり、I氏としてはなんとしてでも第2回大規模修繕も受注したいのだろう。しかし、それが動機では不可解なことがある。今回の大規模修繕は有力な設計事務所をコンサルタントとして起用して組合の立場を代行してもらうことになっており、I氏にとって最大関心事であるはずの業者選定は入札によって行われるから、基本的には裏工作を行う余地はないはずなのである。ちなみに、私はI氏が勤務する某建設会社が大規模修繕を受注してもいいと考えている。但し、それは正々堂々と入札で受注することが条件だが。
もう一つ不可解なことは、なぜA女史を始めとする組合員が、あえて人倫に悖る茶番劇を演じたかである。これについては次の項で説明する。
続く (下へスクロールしてください)